自分だけのもの
「雨宿りしたとき……和幸くん、私に言ったでしょ?
見た目も全部、神様の贈り物なんだから大事にしろ、て」
「あ……ああ」
和幸くんは、照れくさそうに頭をかいた。
「ずっと劇を断り続けてたある日ね、アンリちゃん、ウチまで来たんだ。どうやってウチを調べだしたのか分からないけど……」
「それは、ほら……アンリだからな」
和幸くんは呆れて笑った。
本当に、二人は仲がいいのね。なんだか、せつなくなる。
「カヤ?」
「え? あ、そうそう。それでね……そのときに、アンリちゃん、同じこと言ったの。『どんなに嫌な目にあったとしても、与えられたものには感謝をしろ。せっかくの容姿なんだから有効活用しろ!』 て」
「え……」
「それは、アンリちゃんがある人に言われたことらしいの。その人は……カイン。アンリちゃんを『迎え』に来てくれたカインなんだって」
「なるほどな」
「それで……この劇は自分の過去なんだ、て教えてくれたの。ずっと、そのカインを探してるんだって。この劇も、その人に気づいてもらうため。だから、どうしても注目度をあげたいんだ、て」
「……らしいな」
らしい、か。やっぱり、二人は何でも知ってるんだ。アンリちゃんは、これは秘密だ、て言ってたんだけどな。和幸くんには話してるのか。
あ。てことは……和幸くんもアンリちゃんには全部話してるのかな?
「ねえ、和幸くん」
「ん?」
「アンリちゃんも知ってるの? 和幸くんがカインだ、てこと」
それを聞いて、和幸くんは、「え」と目を丸くした。しばらくして、笑い出した。
「まさか! そんなことしたら、あいつは発狂するよ」
「……それも、そうだよね」
なんだろ。ちょっとホッとしちゃった。
だめ、だよね。こんなこと考えるの。私、アンリちゃんと競おうとしてる。最低だ。
「信じてくれるんだな」
急に、和幸くんがまじめな表情でそう言った。
「信じる?」
「俺がカインだ、て……」
「あ……うん。まだ、現実味がないけど……」
だって、和幸くんがそういうなら……私は信じるしかないもの。
それに、アンリちゃんがカインから言われた言葉を、和幸くんも言った。和幸くんもカインだ、ていうなら納得できる。
あれ……? ちょっとまって。ソレって……
「そういえば! ってことは、和幸くんは、アンリちゃんを助けたカインを知ってるの?」
「ええ?」
「だって、同じセリフを言ったんだよ? 和幸くんも、その人から聞いたんじゃ……」
そうよ。私は、自分の推理に自信があった。
でも、和幸くんはせつない表情をうかべて首を横にふった。
「いや……そういうんじゃない。俺たちカインはな、皆、あこがれてるんだ」
「なにを?」
「全てさ。他の人は当たり前にもっているもの」
「……?」
「自分だけのもの、さ。見た目、性格、体、長所、短所……全て。だから、そのカインも俺も同じことを言った。
『どんなに嫌でも、自分しかもっていないものには価値がある。だから、大事にしろ』、てな」
和幸くんは笑顔をうかべていたけど……すごく、悲しそうだった。
「でも、それって変。自分だけのもの……そんなの誰でももってる。カインだろうがなんだろうが……皆、もってるでしょ。なのに、どうしてそれが羨ましいの?」
「……俺たちが、それをもってないからさ」
「どうして……?」
***
カヤは理解ができないようだった。
それもそうだよな。自分だけのものを持ってない。そういわれて、そうか、クローンか! なんて、分かるわけがない。
俺はぎゅっと拳を握り締めた。ここまで話したんだ。俺が『創られた』こと・・・隠す必要もないよな。
「俺はな……いや、俺たちは……」
「ん?」
「俺たちは『創られた』子供……」
「え? なに?」
「カインは、皆……クローンなんだ」
はっきりと俺は言った。ここまで、きっぱり言ったのは初めてだった。カインの中でも『クローン』という言葉は避けられていた。特に、藤本さんは使うことはなかった。俺たちが傷つくことを知っていたからだ。
俺は……カヤの反応を聞くのがこわかった。
カヤはしばらくあっけにとられていた。そうだよな。それが普通の反応だよ。
「でも……」と、カヤは眉をひそめた。「クローンは……もう、禁止されているはずじゃ……」
「ああ。表向きにはな。でも……ほら、この通り、クローンは今でも創られているわけさ」
俺は鼻で笑って自分を指差した。
そう、教科書ではクローン研究はこの国の黒歴史とされている。そして、それは過去のものだ、としっかり書かれてある。
「……誰の?」と、カヤは遠慮がちに聞いた。俺は誰のクローンか、ということか。
「さあ。誰も知らない。多分、俺を『創った』奴も知らないだろ」
「そっか」
カヤはうつむいた。
やっぱ……気味悪い、かな。カヤみたいなお嬢様にとっては、クローンなんて……。
「だからな」と、俺はこの重い空気を取り払うように、明るい口調で言った。「俺たちカインには、自分だけのもの、てのがないんだ。全部、誰かのコピーだからさ」
これ以上、この話をしたくはなかった。だから、話を無理やりまとめようとしていた。カヤに……軽蔑されたくなかったんだ。
「そんなこと、ないよ」
「え?」
急に、カヤが切り出した。いつのまにか、カヤは顔を上げて俺を見ていた。
「和幸くんだけのもの、たくさんあるじゃない」
「?」
「生まれたときは、コピーだったかもしれない。でも……それからは? それから起きたこと。それから会った人。それから感じたこと。全部、和幸くんだけのものだよ」
「……!」
「ね」と、慰めるようにカヤは微笑んだ。「言ったでしょ。始まりはどうでもいい。大事なのは、今の気持ちだ、て」
俺は、なにも答えられずに、カヤを見つめていた。
月明かりに照らされたカヤの顔は、いつも以上に魅力的だった。
「人は欲深いから。与えられたものだけじゃ満足できない。だから、生きるんだよ。自分だけの……大切なものを創るために。つらくても苦しくても、生きたい、て思うんだよ」
「カヤ……」
どこから、そんな考えが生まれてくるんだ?
俺は思った。カヤの魅力は、見た目だけじゃないんだ。もっと、奥深く……彼女の思い出や願い、苦しみ……それが心の中で混ざりあって、魅力となってあふれているんだ、と。神に与えられた魅力だけじゃない。彼女はそれ以上の美しさをもっている。
「それに……」と、カヤは声のトーンを高くして言った。
「今夜、私が和幸くんの部屋に泊まったことだって……和幸くんしか知らないんだから」
「へ?」
な……なんの話だ、急に?
カヤはいたずらっぽく微笑むと、人差し指を口の前でたてた。
「こんな美人を部屋に泊めたなんて……皆にバレたらねたまれるよ」
「あ……」
「なんちゃって」と、カヤは肩をすくめた。
俺は、つい、笑ってしまった。
「そうだな」
リストは言っていた。彼女は神に創られた、と。きっと、この地球で一番美しい女性なんだろう。そんなカヤと一夜を過ごすとは……。全人類にブーイングをくらいそうだ。
思えば、これも……俺だけのものなんだな。俺のオリジナルは、カヤと知り合ってもいないんだ。カヤとの出会いも、俺だけのものだったんだ。
「カヤの言うとおりかもしれない」
俺は、カヤを見つめた。
それにしても、カヤがあんな冗談を言う奴だとは知らなかったな。それに、カヤにとっては、自分を美人だと表現するのはつらいはずなのに。
「ありがとな、カヤ」
自然と、そんな言葉が俺の口からこぼれていた。カヤは安心したように微笑んだ。
「ううん、ありがとう」
「え?」
「今ね、初めて自分の容姿に感謝したの。少しは……和幸くんの自慢になるかな、て思って」
「へ?」
カヤは、髪を耳にかけながらそう言って、真っ赤な顔を隠すようにうつむいた。
「あ……うん」
それが、俺にできる精一杯の返事だった。
こんな状況……初めてなんだ。気の利いたことがいえるわけがない!
俺の頭の中では、『『災いの人形』はあなたに恋をしています』というリストの言葉が無限リピートしていた。