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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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俺はカイン

「カヤ」


 母親が部屋のドアをノックしたときには、カヤはベッドにはいっていた。不安と疑問……いろんなものがうずまいて、眠りたくても眠れずに、ただじっとベッドの中でうずくまっていた。


「カヤ、起きてる?」

「お母さん?」


 ドアの向こうから、困惑気味の母の声が聞こえる。カヤはむくりと起き上がった。

 しかし……うん、わかった、と出て行く気にはなれない。もしかしたら、自分を売るつもりかもしれない。その疑いは、カヤの中にまだしっかり残っている。


「なに?」


 ぎゅっとシーツを握り締めて答える。


「さっきの友達が来てるのよ」

「……え?」

「もう遅いから帰って、て言ったんだけど……大事なものを忘れた、ていうから」

「忘れ物?」


 カヤはベッドから降りてあたりを見回した。だが……二人は、特に手荷物もなかった。忘れ物とはなんだろうか?


「門の前に待たせてるんだけど……やっぱり、帰ってもらいましょうか」

「門の前……」


 カヤは床を見回すのをやめ、窓から門を見下ろした。


「……和幸くん」


 そこには、和幸がたっていた。


***


 玄関から誰かが出てきた。足音が聞こえ、和幸は石ころで遊んでいた足を止め、顔をあげた。


「和幸くん?」


 カーディガンを羽織ったカヤが門に小走りでかけよってくる。暗くて表情はよく見えないが、髪がみだれているのは分かった。


「寝てたか?」


 悪かったな、と和幸は微笑んだ。


「ううん……横になってただけだから」


 カヤは、ハッとしてあわてて髪を整えた。


「えっと……それで、忘れ物?」


 不自然な早口でそう尋ね、カヤは門を開けた。ギイっと耳に障る音が深夜の住宅街に響く。


「ああ」


 和幸は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 これは、初めて自分で決めた行動だ。これが正しいことなのか、どういう結果を生むのか・・・見当もつかない。だが、赤子が立ち上がるようなものだ、と和幸は思った。誰しも、はじめの一歩をふむ。それが何を意味するか、その先に何があるのか、そんなことを理解する前に、赤子は立ち上がる。そして、人は歩み始めるのだ。

 これもそんな一歩なんだ、と和幸は心の中で唱えた。

 神サマから、藤本さんから、独立して歩む一歩。

 自由とは、こんなに不安なものなのか、と和幸は思った。

 和幸は、カヤに手を差し伸べる。


「え?」


 急に差し出された手に、カヤは眉をひそめた。


「ごめん、忘れ物がなんなのか分からなくて……まだ見つけてないの」

「俺はカインだ」

「……え」


 和幸は、はっきりといった。あまりにいきなりで、カヤは理解できなかった。


「なにいってるの?」

「……」

「なにかの、いたずら?」

「君を迎えに来た」

「え……?」


 思わず、カヤは後ずさってしまった。

 和幸は、じっとカヤの目を見つめている。こんなことは今までなかった。いつも、ちらちら見られることはあったが……一緒にいても、目があうとそらされていたのだ。

 いつもと様子の違う和幸に、カヤは少しおびえていた。


「どうしたの? 和幸くん?」

「俺が連れ出してやる」

「え……」

「選ぶのは、カヤだ。

 俺はただ……迎えに来ただけだ」

「……」


 カヤの鼓動は早くなっていた。胸があつい。

 和幸がカイン? 本当かどうかは、まだ判断することもできない。でも、目の前に、手が差し出されている。それは、事実だ。

 不安だった。和幸とアンリが帰ってから、一人で部屋でおびえていた。何を信じればいいのか分からなくなっていた。アンリは実の親に返されるだけだ、と言ったが……それにしては、あまりに両親の口調や態度が不自然だった。それより、まるで別人だった。両親はカヤにいつも優しかった。そんな両親が大好きだった。でも、あの電話で話している両親は、まるで別人。カヤには、なによりそれが怖かった。

 カヤはずっと孤独だった。どこに転校しようと、誰かの反感を買ってしまう。自分はなにもしていない。たが、いつも誰かに恨まれていた。見た目、頭脳、才能……全てが妬みの対象だった。そして、ストーカー騒ぎが常につきまとった。よくしてくれていた男子も、急に態度を変えて、カヤを無視した。誰にも相談なんてできなかった。

 そんなカヤにとって、唯一の味方が両親だ。その両親まで……自分を裏切るかもしれない。いや、裏切っていたのかもしれない。

 そうだとしたら……誰に頼ればいいのか。誰を信じれば良いのか。カヤは、まるで暗い小さな箱の中に閉じ込められたような気分だった。

 逃げようと思ってもどこに逃げればいいのかも分からない。このまま、じっと待つしかないのかと思っていた。

 でも今、目の前に、手が差し出されている。自分を、連れ出してくれる、という救いの手。

 カヤは、差し出された手をじっと見つめた。期待と不信感。自分の中でうずまく感情は複雑に混ざり合って、それが何なのか自分でも分からない。ただ、この手をとれば、全てが変わる。それだけは確信していた。そして、確実に何かを失うことを彼女は知っていた。


「お願い……」


 カヤはうつむいてうめくように言った。


「連れて行って」


 カヤはそっと和幸の手をとった。

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