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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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墓場の誓い

 時計は十二時をまわっていた。和幸は、こんな時間にもっともそぐわない場所に来ていた。

 そこは、トーキョーの都心のはずれ。時代においていかれた廃墟がたちならぶ一角。そこには、藤本が買った土地がある。若くして命をおとした彼の子供たちが眠る場所だ。


「広幸さん」


 和幸は、ある墓の前でつぶやいた。


「こんな時間にきてすみません。命日でもないのに……」


 不自然に微笑み、その場に座り込んだ。湿った土の冷たさが尻に伝わってくる。このトーキョーで土の上に座れるのは、墓地くらいだろう。和幸は思った。


「広幸さんに……話したいことがあって」


***


 いくつのころだったか。よく覚えてない。多分、五歳くらい。実際、本当の誕生日も分からない。

 俺は、自分で誕生日を決めた。その日は、俺が……人間になった日。広幸さんに助けられた日だ。

 物心ついたときから、周りには気味の悪い器具や医者がいた。俺は、カインの中でも特殊だった。商業用に『創られた』子供だ。つまり、売ることを最初から目的にされてた。

 普通は違う。誰かが、誰かの代わりに『創る』んだ。たとえば、失った子供とか恋人とか……もう一度、愛するために『創る』んだ。もしくは、自分。かりそめの永遠の命を手に入れるために、自分を『創る』。

 でも、俺は違う。実験台……奴隷……愛玩具。そんなものを必要とする連中に売るために『創られた』。こういうとき、クローンってのは便利だ。誰も探したりしないから。

 俺たちは、生まれたときから独りだ。何をされても、たとえ死んでも、誰も気にしない。誰も困らない。法律だって、俺たちに適応されるか分かったもんじゃない。だって……法は、俺たちが生まれるのを禁止しているんだ。いないことになっているモノを、法律が守ってくれるとは思えない。

 俺も『創られた』んだから、誰かしらのコピーなんだろう。オリジナルは、どこかにいる。死んでるかもしれないけど……。ただ、そいつが俺のことを知っているのかは分からない。商業用に『創られた』子供のDNAは、大体盗まれたものだと聞いた。どこかから入手したDNAで本人の了解も得ずに勝手に『創る』そうだ。

 ただ、商業用に『創られる』と、一つだけ得をする。特殊能力だ。

 俺の場合、体が異常に丈夫に『創られた』。人間本来の能力を半分以下に抑える、脳の『リミッター』ってのも、はずれてるらしく……いつでも『火事場のバカ力』がつかえる。要は、怪力ってことだ。これも、一種の遺伝子操作の実験らしい。売る前に、あいつらは『創った』子供たちを改造する。失敗作は安く売り、成功した子供は高く売る。人体実験のリスクってのは、あいつらにとってはその程度の問題なんだ。

 俺は、あの日……まさに売られるところだった。光栄なことに、成功作として高値で売られるはずだった。骨董品やアンティークが競られるオークションで、最後の目玉商品として出品された。

 状況を把握してはいなかった。俺は外の世界を知らなかったから。知っているのは、『創られた』子供としての人生だけ。毎日、実験を受け、訓練を受け、体を掃除される。それが普通だと思ってた。

 でも、あの日、外の世界からある人が侵入してきたんだ。


『よお、坊主。外にでよう』


 と、その人は言った。どこからか投げ込まれた煙幕であたりは白く、夢の世界のようだった。


『くそ! カインか!』と、ディーラーがむせながら叫ぶのが聞こえた。


 会場は、パニック状態だった。煙の中、ステージの上で、その人は俺の前で膝をついた。


『俺は広幸。君を迎えに来たんだ』


 広幸さんはそう言って、俺に手を差し伸べた。

 わざわざオークションの最中に俺をさらう必要もなかったはずだが……広幸さんは派手なことが好きな人だった。それを考えると、あの派手な救出劇もうなずける。


「広幸さん……俺は、迷ってる。どう生きればいいのか……分からなくなってきた」


 俺は、土をにぎりしめた。ひんやりと冷たい。


「藤本さんが言ったんだ。俺は、『おつかい』を断っていいんだ、て。そんな選択肢、考えたことがなかった。俺にとって、藤本さんは指針だったんだ。藤本さんに従ってさえいればいいって思ってた」


 俺は、広幸さんの墓を見つめた。


「それが……楽だったからだ」


 なんのために生きればいいのか。

 ずっと、考えてきた。――いや、それは嘘かな。

 考えても分からなくて、いつのまにか考えるのをやめていた。そして……藤本さんに全て責任を押し付けていたんだ。藤本さんの『おつかい』さえこなしていれば、俺は存在を許される気がしていたから。

 使命がない命は罪なのだ、と……思ってた。だから怖かった。

 俺の命に意味がほしかった。


「カインとして生きること。『おつかい』を忠実にこなすこと。俺にできるのはそれだけだと思ってた。

 でも……分からなくなってきた」


 藤本さんは言った。幸せか? と。

 カヤは言った。助けて、と。俺にいてほしい、と。

 そして……


「アンリが……カインに救われた友達が言ったんだ。助けてもらった命だから、幸せにならなきゃいけない、て」


 あのとき、俺は思い出していた。

 俺も……カインに助けられた子供の一人であること。いつのまにか、助ける側に徹していて、助けられたことを忘れていた。とんだ思い上がりだな。

 俺は広幸さんの墓に手をふれた。


「……俺も……そんなことで、広幸さんに恩返しができるのか。俺の幸せに、そんな意味があるのかな」


 考えたこともなかった。幸せなんて、俺に望む権利はない、て思ってた。


「広幸さん。俺、選んでいいのかな」


 俺の幸せに価値があるなら……


「『おつかい』以外の自分の生き方を……自分で」


 クローンである俺が――神の掟を破って『創られた』俺が、神の創った世界で幸せを望むのは、許されないことかもしれない。

 でも、それなら……それでいい。そんな気持ちが生まれてきたんだ。

 用意された幸せがないなら、自分で創ればいい。

 俺には、自分で……自分の意思で守りたい、と思える奴がいる。カインとしてじゃない。俺自身、『和幸』として助けたい、と思う奴ができた。そういう奴に会ったんだ。

 そして、そいつは今、助けを求めてる。


 神を恐れる生き方は、もう終わらせよう。

 俺の命は、神ではなく、藤本さんと広幸さんに助けられたものなんだから。

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