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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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カヤの相談

 カヤの部屋は二階にあった。

 玄関にはいってすぐに、カヤの母親から質問攻めにあってしまった。こんな時間になんなんだ、と。カヤはそれを無視して、俺とアンリをさっさと部屋に案内し、また下へ降りていった。


「あんま、いい関係じゃないのかな」


 アンリはそうつぶやいてベッドに寝転がった。

 人のベッドによく勝手にのぼれるな。と思ったが、相手はアンリだ。そう考えれば、納得だ。


「関係?」

「お母さんと、よ。気づかなかったわけ?」


 母親……? 気づくって……何の話だ? さっきのやり取りか?

 正直、俺にはわからない。父親代わりの藤本さんは居たが、母親代わりはいなかった。母親がどういうものかなんて、ドラマのイメージしかない。


「ほんっと、鈍感よね」


 アンリは呆れたようにため息をついた。


「鈍感って……人の家庭に詮索する気はないしな」

「やーれやれ」

「? なんだよ?」

「分かってないわね、あんたは」

「分かってないって……」

「なんでもない」


 アンリは、そのまま黙ってしまった。その表情は、悪巧みをしているときの顔だ。


「……」


 あやしい。何を隠してるんだ?


「ごめんね、待たせちゃって」


 ガチャっと扉が開き、カヤが戻ってきた。


「ベッド、気持ちよすぎて寝そうだった」


 アンリは、そういいながら、ベッドから降りた。


「それで? 何があったの? 親子喧嘩?」


 俺は相変わらず、カヤと目を合わせずにいた。『災いの人形』の話が……カヤを見るたびに頭にめぐってくる。今は、そのときじゃない。俺だって、さっき聞いたばかりで、まだ整理がついていないんだ。こんな状態で、当の本人に会え、ていうほうが無理なはなしなんだよ。

 ええい。とにかく、『災いの人形』どーたらこーたらは、リストの管轄。今は、カヤの悩みを聞いてやるのが先だ。


 え?


 悩みを聞く? 俺、何様なんだ? だましてカヤに近づいてるんだよな。友達気取りか?

 それに……よく考えたら、俺は今、カヤの屋敷にはいっている。これって、任務完了だよな。トイレを借りるふりして、屋敷内をさぐって……あわよくば、人身売買の証拠を見つけ出せば、『おつかい』完了だ。そうなったら、どうなる? 俺はカヤに近づく必要はなくなる。カヤとは無関係になるのか? 『災いの人形』のことも、他人事になるんだよな。俺は巻き込まれただけなんだから。それでいいんだよな。オレは、カヤを騙しているんだよな。

 なんなんだ、このはっきりしない感じは?


「助けて」というカヤの声が頭に響いた。


 カヤは、俺を頼ってる。藤本さん以外の誰かに頼りにされている。それは、初めての感覚で、とても嬉しい気分だった。


***


 カヤの部屋の真ん中には、小さな白いテーブルがあった。自然と、三人はそれを囲むように座っていた。


「私ね……」


 カヤは、緊張していた。今から自分が話すことにおびえていた。今まで、人と深い関係を築いたことのないカヤにとって、相談をする機会もほとんどなかった。人を何かに巻き込むようなこともしたことがない。

 それを、今、初めてしようとしていた。

 ほとんど無理やり自分を皆の輪に引き込んだ、隣のクラスの生徒・近江アンリ。

 そして、今まで会ったことのないタイプの男子生徒・藤本和幸に。


「私ね、売られそうなの」

「……」


 突然の告白に、部屋は静まりかえった。


「え?」


 アンリは間抜けな声をだした。


「売られるって……何の話だよ?」


 和幸も続いた。何か大事な話をされることは予想できていたが、まさかそんな言葉がでるとは予想していなかった。


「母と父が……変な男と話しているの聞いちゃったの」


 カヤは言いながら、勉強机の上のラジオを指差した。


「盗聴した電話で……」

「え!?」


 和幸はまさか……と思った。そういえば、今朝、電話を盗聴したら、とアドバイスしたっけ、と思い出した。


「まさか、実行したのか?」


 カヤは恥ずかしそうにうなずいた。


「それで?」とアンリは、盗聴というキーワードに興味すら見せずに話を促した。


「うん……男がね、あの子を渡せ、て。事情が変わったから今日迎えに行くって」

「迎えに?」

「そう。変な雰囲気だったの。引き渡す、とか……なんとか」

「ねぇ」


 アンリは、手を挙げて和幸たちの注目をひいた。和幸は、つい「はい、近江さん」と指名しそうになった。


「カヤっちって養子なんだよね? 見るからに……」

「……うん」

「じゃあ……それ、普通じゃない?」

「は?」


 どこが普通だ!? と和幸は目を丸くした。いくら、アンリでも、そこまで非常識なのは問題だ、と怒鳴ろうかとさえ思った。

 だが、アンリは、まじめな表情で続ける。


「本当の親がかえしてくれ、て言ってるんじゃないの?」

「あ……なるほど」と和幸もうなずいた。それは、一つの可能性だ。


 だが……和幸は、ひとつ間をおいて、ハっとした。大きな疑問がうかんだのだ。

 カヤに実の親は存在するのか?

 リストの話だと『災いの人形』は『アプスの粘土』から創られる。つまり、カヤは人間ではなく、土人形なのだ。土人形に親などいるのだろうか?

 和幸は一人で考え込み始めていた。

 そんな彼をよそに、カヤとアンリは『実の親』説で話を進める。


「でも……両親は、必死にお金を要求してた」

「そうでしょうよ。だって、今までの養育費もあるじゃない。

 それを無視して、すぐ返せ、なんてむしがよすぎるもの」

「……」


 アンリのいうことは一理ある。だが、カヤは、どうも納得できずにいた。

 電話での両親の態度があまりにも不自然だったからだ。母も父も、いつもの優しい両親ではなかった。それに……と、カヤはおそるおそる口を開く。


「『わたしのような人間』てどういうことなのかな」

「え?」


 アンリと和幸は声をそろえていった。


「父が言ったの。

 警察は汚職の巣窟だけど……『わたしのような人間』にとっては、強力な味方なんだ、て」

「!!」


 その言葉に、一番、反応したのは和幸だ。

 『わたしのような人間』。和幸には、それがどういう人間のことか、安易に予想がついた。それは、カインである和幸と最も関わりのある連中だ。

 カインノイエの読みはあっていた。この瞬間、和幸は確信した。やはり、神崎は人身売買にかかわっている。警察が味方だ、というからには、それほどの力をもっている。神崎は、このあたりの人身売買を牛耳っている黒幕に違いない。和幸は、ぎゅっと拳をにぎりしめた。心の中で、興奮と憎悪がうずまいた。

 しかし……と、和幸はカヤを見つめた。

 彼女は、一体どういう星の下に生まれてきたのだろうか。和幸は、胸が苦しくなるほどせつなくなった。カヤは、人類を裁く『災いの人形』。そして、その育ての父は人身売買を斡旋している悪魔のような男。

 だが、和幸は分かっていた。自分に、それを同情する権利はないことを。カヤを騙している『友人A』は、他でもない……自分なのだから。


「よく、わかんないけど……カヤっちのお父さん、お金持ちだからじゃない?」


 もちろん、そんなことアンリが想像つくはずもない。アンリはカヤの広い部屋を見回して言った。


「そう、なのかな」


 カヤはうつむいた。到底、納得できるはずはない。彼女は疑心暗鬼になっていた。全ては、二ヶ月前から始まっていたような気がした。『ストーカーということにしている』と電話で誰かに怒鳴っていた母の姿を見たあの朝から。あのとき、問い詰めるべきだったのかもしれない。もっと早く、あの電話の真相を直接聞き出すべきだったのかもしれない。いや……聞かなくて正解だったのかもしれない。聞いていたら、何をされていたか分からない。カヤには、もう何を信じればいいのか分からなくなっていた。


「とにかくさ……その電話って、今さっきの話でしょ。

 今すぐ家出するのはどうなのかな」


 アンリは、カヤの顔をのぞきこみながら優しく言った。


「今日は寝て、冷静になって、明日また学校で話し合おうさ」


 そうだそうだ、それが一番だ、とアンリははしゃいでみせた。


「そうかもな」と、和幸も遠慮がちに続いた。「一度、冷静になったほうがいいかもしれない」


 それは、カヤではなく、自分へ向けた言葉だった。もう、この家を探る必要もなくなっていた。さっきのカヤの証言で、神崎が人身売買を斡旋している、という確信はもてたからだ。あとはこれをカインノイエに行って藤本に報告すればいい。

 しかし……和幸には気になることがあった。もし、神崎が人身売買にかかわっていて、カヤを誰かに金と引き換えに渡そうとしているなら……カヤの『売られる』という表現は適切だろう。問題は、誰に、そして、何のために、だ。

 リストは、和幸の『おつかい』が『災いの人形』にかかわるものなのか気にしていた。ということは……神崎が、カヤを『災いの人形』と知って売ろうとしている可能性も考えたほうがいいのだろう。それに、『災いの人形』といえど、実の親、というものがいるのかもしれない。

 とりあえず、明日、リストに聞いてからだ、と和幸は自分を落ち着かせた。


「うん、そうだね」


 カヤはうつむいたまま言った。その表情は、まだ納得していなかった。

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