カヤの家出?
「家出!?」
俺は、思わず叫んだ。
「そう。さっき、電話かかってきてさ。
家出を手伝ってくれ、て言うの」
アンリは、腕を組みながら、難しい顔でうなずいた。
こんな話を、本人の自宅の前でするもんじゃないんだろうが……と、俺はカヤの自宅を見上げた。
「家出って……」
「これからこっそり家を抜け出したいらしいの。で、わたしにも手伝ってほしい、て」
こっそり抜け出す……て、おい。
カインノイエでさえ、この屋敷に潜入することに慎重になっているんだ。だからこそ、オレがカヤをだますようなことまでして情報収集してる。それを……アンリが手伝ったところで、成功するのか?
俺はアンリに振り返った。じっくり見てみるが……やはり、こいつにどうにかできるとは思えない。こいつの元気だけは一目置いているが、ただのお調子者だ。
どうしたものか。
「ま、そういうことだからさ。じゃ!」と言って、アンリは俺の心配も知らずに、さっさと門へ歩いていく。
「え、おい!?」
あわててアンリの腕をつかんだ。
「そういうこと、じゃねえよ。どうするつもりだ?」
「どうするもこうするも……」
アンリは、これっぽっちも躊躇することなく、インターホンを押した。
「なっ!!」
分かってる。アンリはただの女子高生なんだ。『カイン』のものさしで図ってはいけない、と。
だが、それにしても……軽率すぎるだろ!!
「なにしてんだよ!?」
「あんたのほうこそ、なにパニくってるわけ? いつの時代の頑固親父よ? 家出、ていっても、どうせ本気じゃないんだからさ」
「え」
「年頃の女の子なのよ? 親ともめるのも当たり前。とりあえず、話を聞いてあげるようと思って来ただけよ」
「……」
俺は、アンリの腕から手を離した。
あれ……こいつ、こんなに大人だったか? ギャーギャー騒いでいるアンリの姿しか俺の頭にはなかった。アンリには、こんなところがあったのか……と妙な気持ちになった。
「なによ? じろじろみて」
気がつくと、アンリは、気味悪そうに俺を見ていた。
「え? いや……」
「どちら様です?」
インターホンから、女性の声が聞こえた。カヤではない。メイドか……母親か?
「あ、カヤちゃんの友達でーす!」
アンリは、元気よく答えた。こいつ……緊張感なさすぎだ。
いや、まてよ。
そっか。当たり前だよな。俺は、気づいた。
アンリにとっては、カヤはただの友達なんだ。ここは、友達の家でしかない。初めて友人の家に招かれた、程度のことなんだ。
アンリは、カヤの親が人身売買にかかわってるかもしれないことも……カヤが『災いの人形』であることも……なにも知らないんだよな。
なんだろう。うらやましく思えた。
俺は全部知ってしまった。もしかして、知らなくてよかったことも知ってしまったのかもしれない。
「あ、カヤっち! 出てきた」
「!」
アンリが、おーい、と手をふった。
なぜか、俺の心臓がいつも以上に騒ぎ出していた。
「和幸、なにうつむいてるの? カヤっちだよ」
足音が聞こえてきた。サンダルだ。こっちに近づいてくる。
やべえ。顔、あげられねえ。なにしてんだ、俺? これじゃ、変に思われる。
ダメだ。どんな顔でカヤに会えばいいのか……
「アンリちゃん、呼び出してごめんね」
「いいよ~ん」
カヤがすぐ目の前にいる。
「和幸くん?」
「……!」
カヤの、柔らかい声が聞こえた。
「よ、よお」
俺は、頭をかきながら、ゆっくりと顔をあげた。なにかいじってないと、落ち着かない。
カヤは、キャミソールにジャージの長ズボン姿。きょとんとして、俺を見つめている。これが……部屋着ってやつなのか? なんだかよくわからないが、恥ずかしくなって、俺は結局、目をそらしてしまった。
「二人で……何かしてたの?」
カヤは、遠慮がちにそうたずねてきた。
「ごめん、アンリちゃん。もしかして、私、何か邪魔しちゃったんじゃ……」
「ぜーんぜん! そこで偶然、会っただけよ」
邪魔って……どういうことだ?
アンリは「どうぞ」と言われるのも待たずに、門を開けて入っていく。ずうずうしいというか、度胸あるというか……
「あ……そうだったんだ」
カヤは安堵したようにため息まじりにそういった。
一方の俺は……
「じゃ、じゃあ……俺、帰るから」
何か予定があるわけでもないのに、焦っていた。だしたこともないような声でそう言って、ぎこちなく後ろにさがった。
「また、明日な!」
おおげさなまでに高く挙げて手を振ると、俺は逃げ出すように背を向けた。
「待って!」
「……」
今にも、走り出そうか、と言うその瞬間、カヤの声が響いた。
あまりにも、せっぱつまった声だった。ゆっくりと振り返ると、カヤは今にも泣きそうな表情で立っている。
「和幸くんにも……いてほしい」
「……!」
「助けて、くれないかな?」
そのとき、はっきりと……これは年頃とは関係のないことだ、と確信した。