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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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助けて

「なあ、曽良……」ジャリッと土を踏み、嵐は凛々しい顔つきで曽良と向き合った。「お前だってたった一人の人間だ。誰かにとっての唯一無二の存在なんだ。そこにクローンだのなんだの、なんて無いだろ」

「は……?」


 何を言い出した? と曽良はギョッと目を丸くする。


「だから……もう辞めろ。クローンとして生きるのは辞めて……一人の人間として、幸せになる道を選べ。これ以上、望まないことはするな」

 

 またか、と思った。この男はさっきも、そんな理想論を語ってきた。

 思わず、嘲笑が漏れる。


「まだそんなこと言ってるわけ? 結局、あんたは何も分かってない。俺たちがこの世界で『幸せになる』生き方なんてないんだ。あんたが言ったんだろ。俺たちクローンは……この世界に存在してない。法でも裁けないし、守られもしない存在だ。存在しちゃいけない存在。世界にも神様にも……否定される存在だ。――それでどうやって幸せになれ、て言うんだ」

「その世界を俺が変える」と嵐はガシッと曽良の両肩を掴んで力強く言った。「お前たちが……クローンもちゃんと幸せに生きれる――そういう世界にしてみせる」

「世界を……変える……?」

「チャンスをくれ、曽良。必ず、お前やお前の兄弟が人を殺さなくていい世界にしてやる!」

「!」


 なぜ……なんだろう? 馬鹿げた理想論だ。叶いっこない。ただの……表の世界に生きるお坊ちゃんの戯言じゃないか。何も知らない。何も見てきていない。ただ、自分のクローンとちょっと関わって、その不遇を垣間見てしまっただけ。それで何を分かった気になっている? 結局、嵐は表層しか見ていないのだ。だから、そんな夢物語を堂々と口にできる。

 嵐は分かっていない。

 このトーキョーにはもっとひどい扱いを受けているクローンは五万といて……その数はカインでさえも分からない。そして、まだ、きっとどこかで『創られている』。

 結局、その全てを救うには……この世界を一度、滅ぼすしかないんだ。カヤに滅ぼしてもらうしかない。それが唯一の救済だ。

 だからこそ、カヤに嘘まで吐いた。和幸の最期の願いも裏切り、『この世界を滅ぼしてほしい』と偽りの遺言を伝えた。


 それなのに、なぜ……? なぜ、こんなにも嵐の言葉に胸を打たれている自分がいる?


「さっき……言ってたよな。お前に幸せになる権利はない、て……。幸せになろうとした兄弟を――藤本和幸を殺したから」


 ギクリとする。

 ああ、そうだった――と思い出す。さっきも感情的になって、つい、そんなことまで嵐に口走ってしまった。余計なことを言った。なぜ、そんな不利になるようなことまで嵐に吐いてしまったのか。


「あんたには……関係ない」


 視線を逸らし、曽良はボソッと苦し紛れに言った、そのときだった。


「藤本和幸は生きてる」


 低く、落ち着いた声だった。

 曽良はハッと目を見開き、固まった。嵐の言葉の意味が、一瞬、理解できなかった。


「ここに来るタクシーの中で……長谷川正義に一応、連絡してみたんだ。藤本和幸の死を伝えておこうと思ってな。あいつにも知る権利はあると思ったから」言って、嵐は曽良の肩から手を離し、スマホを取り出した。「藤本和幸は死んだらしい――てメールした。そしたら、『生きてる』、て返事が来た。『詳しいことはメールでは言えないが、和幸は生きているという確証は取れた。今、助け出す方向で動いている』ってさ」


 生きてる……? 和幸が生きてる――?

 ドクン、ドクン、と鼓動が熱く鳴り響いているのを感じた。はっ、はっ、と浅く早まる呼吸が自分のものとは思えなかった。

 味わったことのない激しい感情の波が込み上げてくる。


「曽良。よかったな」と嵐はふっと微笑み、曽良の頭にポンと優しく手を置いた。「お前は殺してなかったぞ」


 その瞬間、鼻の奥がつんとして、目頭が熱くなった。そして、ぽろりと頬に零れ落ちてくるものがあった。次から次へと、それは力なく流れ落ちていく。曽良の意志とは関係なく。

 もしかしたら……自分の改造されたこの肉体の中で、それだけはコントロールの効かない機能かもしれない、と不意に思った。

 

 いったい、いつぶりだろうか。

 いったい、いつから堪えていただろうか。

 

 一度流れ出したそれを止める術も分からず、「うっ」と嗚咽を漏らして曽良は子供のように泣いた。

 そんな曽良を嵐は抱き寄せ、「大丈夫だ、曽良」と優しく囁く。


「お前の兄弟はちゃんと生きてる。助け出そうとしている人たちがいる。――お前はもう一人じゃない。あとは俺たち大人に任せろ」


 だから――と嵐はまるで願うように続けた。


「だから……もうお前は誰も殺さなくていい」


 嵐の胸の中で、曽良は息を呑んだ。

 全身を縛り付けていた何かがするりと解けていくような……そんな感覚を覚えた。身体中の力が抜けて、ホッとしている自分がいて――ようやく、気づく。


 幼く、無力だったあの頃の自分が、まだ己の中に残っていたこと。


 『ビスケドール』として売られたあの屋敷で、来る日も来る日も痛めつけられ、何度も死の淵を彷徨っていたあの日々。

 助けて――とずっと訴え続け、ずっと無視され続けた。

 表の大人たちはクローンである自分に、誰も救いの手を差し伸べようとはしてくれなかった。やがて、光矢が『迎え』に来てくれて、カインになり、他のクローンや盗まれた子供達を救うため、その手を血に染めた。その生き方を疑問に思ったこともないし、今も後悔はしてない。カインノイエは――、藤本マサルは――、正しかった、と信じている。


 でも、今……嵐の胸の中で気づいてしまった。


 ああ、そっか……と曽良は力無く苦笑を漏らす。――自分はずっと誰かに助けてもらいたかったんだ。

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