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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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ホンモノ

 ハッとする。


「クローン……」


 そうだ――。嵐にもクローンがいた、とさっき、耕作との口論の際に明らかになったのだ。

 改めて、墓に視線をやる。

 なんの名前も刻まれていない、名無しの墓……。

 グッと曽良は堪えるように顔を顰めた。脳裏をよぎったのだ。その目の前の墓が重なった。自分の家族の――カインの墓と……。


「ずっと……俺はその存在を知らなかった。何も知らずに、つまんねぇことに不満垂れながら、のうのうと生きてたわけだ」


 独りごちるように言って、嵐は墓の前に膝をついた。

 知らなかった? 秘密裏に『創られた』ということか? じゃあ、商業用のクローン? DNAを盗まれて、勝手に創られた――ということだろうか。


「どうやって知ったの?」


 ぶっきらぼうに曽良が訊ねると、嵐はこちらに振り返り、どこか寂しげな笑みを浮かべた。


「見つけたんだ」

「見つけた……?」

「うちの親……俺が小さいときに離婚したんだけどさ。母親のことは全然覚えてなかった。二人の間で何があったのかは知らねぇけど、よっぽど恨んでるのか……母親のことは名前も何もかもアイツは俺に教えてくれなくて。ずっと、自分の中にぽっかり穴が開いてるような……何かが抜け落ちているような虚しさがあった」


 アイツ、というのは当然、父親の耕作のことだろう。

 なるほど。かなり昔から二人の間には確執があった、ということか。しかし、曽良にとっては、だからなんだ、という話だ。


「で……?」と曽良は冷めた眼差しを向け、腕を組む。「あんたの生い立ちには興味ないんだけど」

「ああ、そうだよな」


 はは、と嵐は笑って、立ち上がる。


「高校に上がった頃、自分で母親を探そうと思ったんだ。それで……何か見つかる気がした。自分の中で欠けている何か――それが何か分かる気がしたんだ。で、アイツの金を盗んでこっそり探偵雇って、とうとう母親の居場所を突き止めた。

 トーキョーのハズレのスラム街で、ひどい暮らしをしてた。絵に描いたようなボロアパートで……生活保護を受けて、なんとか暮らしてる、て感じでさ。ショック……だったよな。何一つ覚えてなくても母親は母親だから。

 探偵から住所を教えてもらって、すぐに向かったよ。すげぇドキドキした。感動の再会――てのを期待してた。でも、アパートに行って見つけたのは母親じゃなくて……『自分』だった」


 懐かしむ、というには痛々しい沈んだ声で言って、嵐は再び、墓へと顔を向けた。


「俺とそっくりな奴がアパートから出てきたんだ。俺よりずっと痩せてて、髪も長かったけど……それでも、まるで鏡でも見てるみたいに瓜二つだった。最初は双子だと思った。兄弟がいたんだ、て呑気に浮かれた。だから……なんの考えもなしに、俺は声をかけた」


 曽良は息を呑む。

 ああ、なんてことを――と思った。なんて酷いことを……。

 そのあと、どうなったか、など聞かずとも分かる。話していけば、当然、綻びはでてくる。話は食い違い、矛盾に気づき、違和感を覚える。そして自ずと導かれていったのだろう。それは双子などではなく、クローンだ、と。


「向こうも驚いたし、最初は喜んでたみたいだった。でも、話していったら……歳も違って、誕生日も違って、すぐに双子じゃない、て分かった。でも、双子じゃないにしては俺たちは似すぎてた。顔つきとかだけじゃない。ホクロの位置も一緒で……なんとなく気づいた。クローンじゃないか、て……。凪も口には出さなかったけど、察したようだった。そもそも、凪が生まれたのは、両親が離婚して十ヶ月後。母親がどんなルートでどうやったかなんて分からねぇけど、多分、離婚してすぐに凪を『創った』んじゃないか、と思う。多分、アイツに俺の親権を取られて……」

「あんたの父親……斎藤耕作は本間秀実とも同期の参議院議員だ。その妻だったんなら、ツテがあったとしても不思議じゃないよ。ただ、ツテがあっても金が無きゃ、クローンには手は出せないはずだけど……」

「ああ、それな」とどこか皮肉そうに嵐は吐き捨てるように言って、「探偵に聞いてたんだ。相当な借金を抱えてる、て。結構ヤバイところから借りてて、母親は実家からも勘当されてオンボロアパート暮らし。凪を育てながら身を粉にして働いて……俺が見つけたときには、すっかり身も心も病んでた。だから、凪にも今は会わない方がいい、て言われて凪としか会ってなかった」


 そこにどんな表情が浮かんでいるのか。墓に向かい合いながら、淡々と語る嵐の背中は無防備で寂しげで。さすがに同情を覚えた。だからといって何かが変わるわけでもないが……。


「どうにか助けたい、と思った」


 しばらく間を置き、嵐はぽつりと言った。

 曽良は不穏なその言葉に眉根を寄せた。


「『助けたい』……?」

「ああ。母親と凪を助けたい、と思った。凪なんてずっと働いてて……義務教育さえまともに受けてない、て言うし。だから……凪にまた会いに行って、父親(アイツ)のことを話した。政治家で金もコネもある、て。会わせる、て約束した」


 雲行きが怪しくなるのを感じて、曽良は表情を曇らせて押し黙った。


「凪は笑ってた。ありがとう、て……。でも、アイツは会おうとしなかった。クローンと繋がりなんて持ちたくない、てはっきり言いやがった。関係ない、てその一言で済ませやがった。

 だから、俺のクレジットカードを渡しちまおう、て思ったんだ。いくらでも使っていいから、て渡そうと思った。それで凪のアパートに戻ったら……アイツが出てくるところだった。怪しげな奴ら連れてアパートから出てきて、車に乗りこんでどっか行った」


 そのとき、曽良の脳裏をよぎったのは、嵐が耕作に吐いた言葉。


 ――凪を殺して、何の罰も受けずにのうのうと踏ん反り返ってるあんたを、これ以上黙って見てるなんて耐えられねぇんだ。


 ああ、そうか、と曽良は表情を険しくする。


「そのとき、殺されたんだ」


 すると、嵐は何も答えなかった。

 さあっと冷たい風が墓地を駆け抜けていった。

 図星か、と思いつつ……腑に落ちなかった。嵐の父親――斎藤耕作という男は目的のためには手段を選ばない冷徹な人間に思えた。理想のためには犠牲も厭わない。そして、自らが犠牲になる覚悟もある。本当に必要ならば、我が子のクローンといえど、命を奪うことに躊躇はしないだろう。だが……わざわざ、自ら赴く意味はなんだ? 今回のやり口もそうだが……あくまで、裏で糸を引き、自らの手を汚さずにことを済ます――よくある政治家タイプに思えた。わざわざ、たった一人のクローンを殺す場に立ち会うメリットなんてないはず。なぜ……と曽良が考え込んでいるうちに、嵐が再び口を開いた。


「結局、会いにきたのかよ、て思いながら、凪のアパートに行ったら……誰も出てこなくて。留守だったのかと思って帰ろうとしたら、変な車が来た」

「変な……車?」

「黒塗りのバンで……見るからに怪しかったよ」と嵐は皮肉っぽく言った。「胸騒ぎがして、物陰から隠れて見てたら……数人の男が凪の部屋に入っていって、何か大きな荷物を運び出してた」


 『何か』――か。聞かずとも分かる。


「死体……?」

「ああ。あとからアイツに問い詰めたら吐いたよ。凪を殺したことも、この墓の場所も……」

「そう……」

「凪は……存在しない人間だった」と嵐は悔しげに呟く。「戸籍もなくて……学校にも行ってなくて……結局、凪が消えても誰も気づかなかった。国さえも気づかない。だから、凪を殺したアイツを裁く法もない。凪こそ……その法を破って生まれた存在だから。この国に存在してはいけない存在だから」

「クローンだから……ね」


 ふ、と曽良が冷笑を浮かべて、皮肉っぽく言うと、


「でも――」と急に力強く言って、嵐は立ち上がった。「母さんは今でも凪を待ってる」

「へ……?」

「凪が殺されたあのときには、もう母さんは施設に入ってた。凪が殺されてから、それを知って……会いに行ったんだ」

「それが、何……」

「母さんはな、俺を『凪』て呼ぶんだ、曽良」


 清々しくそう言って、嵐はくるりとこちらに振り返った。


「母さんにとって『凪』こそ、唯一無二のホンモノで……俺が偽物なんだよ」


 ニカッと笑う嵐の笑みに、無理しているような翳はなかった。本当に……嬉しそうに嵐は言った。曽良が全く予想していなかったような言葉を――。

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