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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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天使の誓い

「救ってほしい、と言った手前、こう言うのもなんだが……どうやって救うんだ?」


 正義は表情を歪ませ、言いにくそうに切り出した。それに、「あら、そんなことですの」とでも言いたげにバールがあっさりと答える。


「『お人形』の恋人のところに向かい、『聖域の剣』で傷を癒し、連れ帰ってくるだけですわ」

「連れ帰ってくるだけ……て、簡単に言うが、俺のクローン――藤本和幸は本間の手の内にあるんだ。そもそも、藤本和幸のところにたどり着くことさえ、困難だろう。いったい、どうやって彼のところに行く?」


 すると、バールはしばらくきょとんとしてから、クスクスと笑いだした。


「あらあら。坊やのオリジナルは、まだ理解できていないようですわね。わたくしたちが何者か」

「何者って……」


 天使だろう――と言いかけ、その言葉を正義はぐっと呑み込んだ。

 やはり、まだ、違和感がある。それを口にすることも憚られるほどに現実味がない。

 目の前にいる彼女が……いや、彼女たちが天使である、ということ。そして、ソファに座る金色の髪の見目麗しい少女と、その傍らで床に膝をついて控える、まさに騎士と呼ぶに相応しいような端正な顔立ちの少年が、神の血を引く人間だということ。

 そして、確かに、と苦い思いを覚えながらも同意するほかなかった。

 確かに、そうだ――自分はまだ完全には理解できていないのだ。彼らが何者なのか。どんなことを成し得てしまえるような存在なのか。想像もつかないのだ。ほんの数時間前まで、神の存在なんて正義にとっては空想上のもので、希望の象徴とでも言うべき概念でしかなかったのだから。

 ぐっと口を噤んで黙り込んだ正義に、「大丈夫だよ」とユリィが抑揚のない口調で言う。


「オレたちに任せて。必ず、藤本和幸は連れ戻す」

「はい」と強張った声ながらも落ち着いた面持ちで続いたのは、ナンシェだった。「わたしたちには、神とその僕たる天使の加護があります。居場所さえ教えてくだされば、あとはわたしたちが救いに行きます」

「居場所……」


 言われてハッとして、正義は傍らで床に正座していた青年――本間秀実の秘書だという前田に視線をやる。

 すると、まるで待ち構えていたかのように、前田は神妙な面持ちでゆっくりと口を開き、「僕が案内します」とはっきりとした声色で言った。


「和幸くんが保護……いや、捕まっている病室まで、皆さんを連れて行きます」

「居場所さえ教えてくれれば、それで構わない。一緒に君が来る必要はないよ」


 決して突き放すようなそれではなく、慈愛に満ちた声でそう言ったユリィに、前田はすかさず、「いえ」と切り返す。青白い顔色で、しかし、はっきりと覚悟が滲む表情を浮かべて。


「僕も行かせてください。どうなろうと構いません。もう……傍観者のふりして逃げるのはもう厭なんです」

「そうは言っても……」


 身を乗り出し、食い下がろうとしたナンシェの声を、「いい漢だこと」とバールが遮り、ふっくらとした唇にねっとりと妖しい笑みを浮かべた。


「それなら、わたくしがあなたの力となりましょう」


 刹那、ぎょっとするナンシェと、怪訝そうに眉を顰めるユリィ。彼らの天使たちもまた、それぞれに驚いた様子でバールを見ている。その一方で、前田も正義も、バールが発したその言葉の意味することが分からず、ぽかんと惚けていた。

 ただ、その場の空気に一気に緊張が走って、二人にもバールのそれが何やらただならぬ申し出だということだけは分かった。


「力となるって……?」


 不穏な気配に顔色を曇らせる前田。そんな彼の前にバールはゆっくりと歩み取ってきて、床に膝をつく。そして、燃えるように紅い瞳をぎらりと輝かせながら、まっすぐに前田を見つめて言った。


「我が主、フォックス・エン・アトラハシスより、必要であれば、マルドゥクたちに力を貸すように、と仰せつかっていますの。そのために自由に力を使うことを許可する――とも」

「はあ……」 


 いまいち判然としない様子で目をパチクリとさせて生返事をする前田に、バールはクスリと微笑を浮かべから、そのふくよかな胸元に手を置き、大げさなほどに粛々と頭を垂れた。


「これから、藤本和幸を救い出すまで……わたくしはあなたの天使として、あなたにお仕えいたしましょう。マエダ」


 さすがに、そこまで言われては、前田にも……そして、正義にも、何が起きているのか理解できるというもの。


「仕えるって……」


 瞠目し、ばっと正義が振り返った先で、


「ぼ……僕の天使!?」


 前田も同じように目を見開いて、驚愕もあらわに裏返った声を辺りに響かせた。

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