ナンシェの選択
今年のクリスマスまでには完結を! と思っていたのですが、難航しまして間に合いませんでした。相変わらずのゆっくり更新で文字数も少なく、申し訳ありません。引き続き、不定期ですが更新していきますので、今後も読み続けていただければ嬉しいです。来年のクリスマスまでには、きっと……!
わたしも……一人のルル……?
それは、今まで抱いたことなんて無かった考えだった。だって、わたしはマルドゥクだから。偉大なるエンキ様の末裔。神の血を引くもの。ルルの世界を守る使命を負った神の子孫。この世界とルルを救う剣を継いだマルドゥクの王。――そうあるべきだと思っていた。
「この世界はルルのものだ。そして、オレも君もここに生きるルルなんだ。マルドゥクだろうと、ニヌルタだろうと、神の血を引いていようと、クローンだろうと関係ない。ここにいるオレたちは皆、同じだ。皆、この世界に生きる人間で……この世界を変える力がある。それは神に与えられたものじゃない。人間の意志だ。そうあるべきなんだ」
力強く言って、ユリィはわたしのほうへと歩み寄り、傍らで片膝をついた。「だから」とぼうっとした眼差しの奥に力強い眼光を宿し、わたしを見上げてくる。
「君も君の意志で選べばいい。神の意志や使命になんて縛られる必要はない。一人のルルとして、どうしたいのか選ぶんだ、ナンシェ。リスト・マルドゥクがそうしたように――」
リストちゃんの名前に思わず、ハッとした。脳裏をよぎったのは、優しげな笑みで。ぐっとこみあげてくるものがあって、涙がこぼれ落ちそうになった。
そうだ。リストちゃんは、ずっとクローンだということを隠し、神を欺くような真似をしてまで『聖域の剣』を継承し、マルドゥクの王として使命を全うしようとした。わたしの代わりに。きっと、わたしを『人形殺し』の罪から守るために。そして、わたしを救うため、自分の命を引き換えに、剣を継承してくれたんだ。
思えば、それはすべて神の意志や使命には関係ないことで。全部、リストちゃんの意志で決めたこと。一人の人間として、リストちゃんがわたしを救おうとしてくれたことだ。
わたしも――と、そのとき、初めて強く思った。
わたしも救いたい、と思った。神がどう思おうが、使命がなんだろうが。わたしがマルドゥクの王に相応しかろうが、なかろうが。そんな考えは全て忘れて、ただ自分の心の思うままに選んでいいというのなら……。
「救いたい」とわたしは力を込めて言って、ユリィを見つめ返した。「わたしは……パンドラの恋人を救いたい。リストちゃんと同じクローンの彼を救いたい」
すると、ユリィは「うん」と微笑を浮かべ、膝に置いたわたしの手を握りしめてきた。
「君が己の意志でそう望むなら、オレは力になる。たとえ、どんなに重い剣でも一緒に持とう」
「一緒に持つって……ニヌルタが『聖域の剣』を……!?」
動揺するケットの声が聞こえてきたけど、わたしは振り返りもせず、ユリィを見つめていた。不思議と落ち着いていて、安堵さえ覚えていた。
エンリルの末裔であり、ニヌルタの王の弟。宿敵である存在なのに。エンキ様からの贈り物である『聖域の剣』をその手に触れさせることなんて、あってはならないことだろうに。それでも、握りしめてくれるその手が頼もしくて……彼が居てくれば、大丈夫だ、てそんな気になってしまう。もしかしたら、これもまた、彼の血に宿る神の力のなせる術なのかもしれないけど……信じたい、と思ってしまうんだ。かすかに感じる胸の高鳴りとともに。
「決まりですわね」
ようやくか、と言わんばかりにバールがため息吐いて、妖しく光る赤い目をふっと細めた。
「それじゃあ、『お人形』の愛しの坊や――藤本和幸を救い出しに行きましょう」