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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
360/365

一人の人間

「俺も……同意見だ」


 おもむろに、長谷川が重々しく口を開く。ぎらりと鋭い眼光を宿らせた瞳でわたしを見つめ、


「『パンドラの箱』の中に『テマエの実』が現れて、それを神崎さんが食べると『終焉の詩』を思い出し、世界を滅ぼす……だったな。じゃあ、その『箱』さえ手に入れば、終焉を止められる、てことだ。これを拒む理由が俺には思い当たらない」

「それに」と前田が青白い顔に必死な形相を浮かべて、まくし立てるように続けた。「和幸くんを救えれば……そもそも、カヤさんはこの世界を滅ぼそうとはしないはず。一石二鳥というか……こちらに得しかない話です」

「あらあら。ルルのほうがよく話を分かっているようですわよ」


 ふふ、とバールはふっくらとした唇を妖しく笑ませて、挑発するような目でわたしを見てきた。


「それで? 神の子孫のご意見は?」


 わたしはバールを鋭く睨み返しながら、きゅっと唇を引き結んだ。

 神の子孫としての意見? そんなものは決まっている。神の子孫として――マルドゥクの王としての答えは一つしかない。パンドラの恋人を救えば『パンドラの箱』が手に入る、というのだ。これを拒む理由は、長谷川や前田の言う通り、何も無い。

 でも……。でも――と、膝の上に置いた手に力がこもり、スカートをぎゅっと握りしめていた。

 ――怖い。やっぱり、怖くてたまらない。自信が無い。確信が持てない。わたしがマルドゥクの王として相応しいのか。わたしに、この世界を背負う資格があるのか。『聖域の剣』がわたしの呼びかけに応えてくれるのか。それを試すことさえ、恐ろしくて……身が竦む。

 そうして黙り込んでいると、


「ミス・マルドゥク……と言えばいいのかな」と、長谷川は遠慮がちに口火を切って、どこか自信無げにも見える――救いを求めるような、実に人間らしい眼差しでわたしを見てきた。「俺のクローンが……藤本和幸という存在が、神の立場から見て、救う価値があるかどうか俺には分からない。でも……やはり、救ってほしいと思う。世界や神の裁きを抜きにしても、だ。一人の人間として、救ってほしい」

「一人の……人間として……」


 なぜか、その言葉は胸に重々しく響いて、無意識に繰り返していた。

 ローテーブルを挟んだ向かいで、長谷川は正座をして居住まいを正すと、葛藤のようなものが窺える険しい表情で続けた。

 

「クローンは間違った存在だと思う。だが……俺にとって、やはり他人ではない。救いたい、と思ってしまう。だから――改めて、頼みたい。藤本和幸を……救ってくれ」


 静かに……でも、力強く言って頭を下げる長谷川に続いて、「マルドゥク」とぼんやりとした声が横から流れてきた。


「あとは君の選択だ」と、窓際に佇むユリィが冷静な眼差しで私を見下ろしながら言った。「神も使命も気にする必要なんてない。君が彼を救いたいか、どうかだ。マルドゥクの王としてじゃなく、君も一人のルルとして、決めればいい」

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