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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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条件

「提案……?」


 警戒もあらわに睨みつけた先で、バールはくねらせた腰に手をあてがい、どこか投げやりに言い放った。


「『パンドラの箱』をお渡ししますわ」


 思わぬ言葉に、え――と固まった。

 バールが何を言ったのか、一瞬理解できなかった。でも、すぐに「どういうこと?」と疑るようなケットの声が辺りに響いて、わたしは我に返った。


「あら、いりませんの?」とわざとらしく問いかけるバールに、「そういうことじゃないよ」とケットはムキになって反論した。


「アトラハシスは、裁きが始まり、『箱』が開いたあの日、『人形』とともに『箱』を持ち去り、ずっと身を潜めていた。トーキョーでもケットたちからも逃げ回っていたじゃないか。それがなぜ、今になってその『箱』を渡すって言うの?」


 興奮気味にそう畳み掛けるケットとは対照的に「バール」と冷静な声がして、


「提案、て言ったけど……何か条件がある、てこと?」


 ハッとしてわたしはユリィを振り返った。

 いつもは眠そうなとろんとした目を鋭くし、ユリィはどこか確信を持った眼差しでバールを見つめていた。

 思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 条件――。

 そうだ。今の今まで『箱』を手放すことのなかったアトラハシス。それが、『収穫の日』を目前にわたしたちに渡す、だなんて。不自然すぎる。何か裏があるんだ。無条件なわけがない。


「そうなのですか?」再び、バールへ視線を戻し、わたしは脅すような声色で訊ねた。「条件とは……アトラハシスの狙いはなんです?」

 

 すると、バールは肩を竦めて、どこか呆れたような笑みを浮かべて答えた。


「『お人形』の恋人――藤本和幸を救うこと、ですわ」


 その場にいた全員が息を呑むのが分かった。もちろん、わたしも……。

 藤本和幸? 彼を救えば、アトラハシスは『箱』をわたしたちに渡す?

 その条件の関係性が全く見えてこなくて、わたしは呆気にとられた。おそらく、皆、そうだったのだろう。しんと静まり返り、動揺だけが音もなく広がる中、


「どういうこと?」と最初にユリィが口を開いた。「確かに、彼はパンドラにとって特別な人間だ。でも……だからといって、アトラハシスが『箱』を賭けてまで救おうとする理由が分からない」

「あら。理由はそのままですわ。藤本和幸が我が主人の愛する『お人形』の大事なものだから」

「それが理由……?」


 さすがのユリィも困惑しているようだ。

 当然だ。

 『災いの人形』自ら、その条件を出してきたなら分かる。でも、相手はアトラハシス。彼は今や、『箱』も『人形』さえも手中に収め、実質、この世界の命運をその手にしたようなもの。あとは、『収穫の日』まで身を隠し続けて、『収穫の日』に『箱』の中に現れた『テマエの実』を『人形』に与えるかどうか、彼が決めるだけでこの『裁き』は終わるようなもの。そういう立場にいながら、なぜ、その『箱』を手放してまで藤本和幸を救おうとするの?

 パンドラが愛しているから、てそれだけの理由で……? そんな理由で世界の命運を手放すというの?

 そういえば、バールは言っていた。アトラハシスにとって、『人形』はたった一人の家族だ、て。まさか……本気で家族だと思っているの? だから、その『人形』のために『箱』まで手放そうというの?

 本当に……? それとも、他に何か狙いが……?

 分からない。アトラハシスの考えが読めない。

 ケットも不安げにちらりとこちらを見てきたけど、わたしは何も答えられなかった。ユリィもこの想定外の提案に黙考しているのだろう、また重い沈黙が降り立ったとき、


「つ、つまり……」バールの足元で正座していた前田が、緊張に強張った声で口火を切った。「和幸くんを救えば『パンドラの箱』が手に入る、ということですよね。何を悩むことがあるんでしょうか?」

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