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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
358/365

『裁き』の鍵

「神の裁き……?」


 全てを聞き終え、パンドラの恋人のオリジナルだという長谷川正義は床に座って項垂れた。

 あのまま、血まみれの部屋にいるわけにもいかず、私たちは長谷川の部屋へと移動して、そこで全てを打ち明けた。彼のクローンがいったい、何に巻き込まれ、()()愛していたのか。


「頭がおかしくなりそうだ。とても信じられない」


 重い溜息ついてそう言ってから、長谷川は向かいのソファに座る私とケット、そして窓際で佇んでいるユリィを見回した。


「でも……事実なんだな」わたしたちの血に流れる神の気配を本能的に感じ取っているのだろう、長谷川は諦めるように呟いてうつむいた。「神崎さんが……この世界を滅ぼす存在だなんて」

「その『収穫の日』を阻む方法は……ないんでしょうか」


 ふいに、口を挟んできたのは、まだ顔色の優れない青年だった。前田という彼は、ここに来てすぐシャワーを浴びて、長谷川のスウェットを借り、まだ濡れた髪を垂らしてじっと床に正座して私たちの話に聞き入っていた。

 何者なのかはよく分からないけど、彼もまた、パンドラと関係のあった人間らしい。


「ないよ」とユリィは冷たく言い放った。「神の裁きは始まった。もう止めることはできない。世界の終焉を止めたければ……」

「カヤさんを……殺すしかない、と」


 ぐっと今にも泣きそうなほどに顔を歪め、前田は正座した膝の上で拳を握りしめた。

 とりあえず、二人とも裁きについて理解はできたようだ。「そうです」とわたしが言いかけたとき、


「もしくは」ふいに、長谷川が口を開いた。「俺のクローンが止めるか」


 ハッとして視線を向けた先で、長谷川はじっと聡明そうな眼差しでわたしを見つめていた。


「『収穫の日』に神崎さんが『テマエの実』を口にしたら、あとは、君の剣で彼女を貫くか、彼女が『終焉の詩』を詠って世界は滅ぼすか。選択肢は二つだ。だが、あいつなら……和幸なら、その前に神崎さんを止められる。和幸さえいれば、神崎さんは『テマエの実』を口にしたりしないはずだ。――その結果、神崎さんが消えてしまうことになっても……『殺す』必要はなくなるはずだ」

「そうでしょうね」前田が暗い声で同意した。「カヤさんは……和幸くんがいる世界を滅ぼそうとはしないでしょう」

「つまり、だ」とまくしたてるように長谷川は言い添えた。「この世界を救うには、和幸が必要ってことになる」


 二人の視線は、何かを訴えかけるような熱を持ってわたしのほうへと注がれていた。

 たまらず、きゅっと唇を引き結び、わたしは視線を逸らしていた。

 分かってる。

 結局――そこに行き着くんだ。パンドラの恋人。

 裁きのルールが崩され、ただの神の人形であるべきだったパンドラが意志を持ってしまった今、彼こそが鍵なんだ。彼女が『終焉の詩』を詠い、この世界を滅ぼすかどうか。それは、パンドラの恋人にかかっている。

 わたしが……『聖域の剣』を持つわたしが、彼を救えるかどうか、にかかっているんだ。


「ナンシェ」


 ふと、隣でケットが口を開いた。


「分かってる」と言って、膝に置いた手で拳を握りしめる。「わたしだって、救いたいけど……」

「そうじゃない」低い声で言い、ケットはおもむろに立ち上がった。「気配がする。――お客さんだよ」


 客……?

 誰――と言いかけたとき、ケットが見つめる先に、黒い煙が突如として立ち上った。

 正座する前田の隣で竜巻のごとくトグロを巻いて現れたそれは、人の背丈ほどの高さまで立ち上ると、やがて、ふっと霧散した。そして、代わりにそこに姿を現したのは、


「すてきなお部屋ですわね」


 くねらせた腰に手をあてがい、ふっと紅い目を細めて妖しく笑む、浅黒い肌の女。いや……天使。


「バール!?」


 思わず、立ち上がったわたしをそっと右手で制し、バールは艶かしい声を響かせて言った。


「我が主、フォックス・エン・アトラハシスから提案があって、参りました」

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