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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
357/365

動揺

「和幸って……藤本和幸だよな!?」


 ホテルのロビーに躍り出てもなお、嵐は曽良を追いかけ、詰問を続けた。

 周りにはかっちりとした装いの宿泊客の姿がある。さすがは、トーキョーの一流ホテルだ。誰も彼も権力を見せびらかすかのように、高級そうな腕時計やら、華美な貴金属を身につけ、野心を伺わせるギラついた眼光を放ってこちらを見てくる。能面のような生気の感じられない微笑を浮かべて――。

 皆、このトーキョーで『金持ち』と言われる部類の裕福層。程度の差はあれ、裏世界とのつながりを持つ者たちだ。つまり、この場にいる誰かが本間とつながっていることも充分、あり得る。

 曽良は表情を引き締め、


「私、お腹空いちゃったな〜」


 さっと嵐の隣に並ぶと腕を組み、にこりと愛らしい笑顔を浮かべてそんな呑気な声を響かせた。

 え、と戸惑う嵐に、


「声を抑えろ。誰かに聞かれる」


 脅すようにそう言って、曽良は嵐の腕を引っ張るようにして足早にロビーを出て行った。


「お前が殺したって……どういうことなんだ?」


 ホテルを出ても、曽良は嵐と腕を組んだまま、顔には可憐な笑みを貼り付け、その意識だけは鋭く研ぎ澄ませながら歩いていた。

 誰も尾行してこないか、怪しい動きをしている者がいないか。暗がりの中、レーダーのごとく、辺りに注意を張り巡らせ、警戒しながら進む曽良――の隣で、嵐は構わず、質問を投げかけてくる。触れられたくもない傷を、しつこく抉ってくるように……。


「そのままの意味だよ」と曽良は苛立ちの滲む押し殺した声で答えた。「口封じに爆弾を使って『片付けた』」

「爆弾って……」

「もういいだろ。あんたには関係ないことだ」

「関係なくねぇよ」


 嵐は急に立ち止まると、きっと鋭い眼差しで曽良を睨みつけた。夜のトーキョーを彩る禍々しいほどの無遠慮なネオンが、その苦しげな表情を照らし出してた。

 その顔を見上げながら、なんで――と曽良は理解に苦しんだ。

 そこに浮かぶ感情は、曽良が懐かしいとすら感じるもので……。憎しみでもない。怒りでもない。同情とも違う。それは、曽良の苦悩を我が事のように思っているような……そんな家族が浮かべるような、慈しみに満ちたものだった。

 だからなんだろう。次の暗殺リストを受け取りに耕作のもとに向かうときまで、嵐に用などないのに。その傍を離れずに、答えたくもない質問の相手をいつまでも付き合っているのは――。


「言っただろ。俺はお前を救いたいんだ。だから、そんなつらそうな顔で……幸せになろうなんて思わない、なんて言うなよ」


 その瞬間、曽良ははっと目を見開き、息を呑んだ。

 夜陰に佇む嵐。その姿と、ある少年が重なって見えた。『父親』に散々痛ぶられ、死の淵にいたとき、手を差し伸べてくれた少年――光矢というカイン。

 あのときのように、光矢が『迎え』に来てくれたときのように、また自分に救いの手が差し伸べられている。

 曽良は笑みを取り繕うことすらできないほどに動揺し、そんな自分に狼狽えていた。こんなにも嵐の言葉に心が揺らぐほどに――まさか自分が救いを求めていたなんて、気づいてもいなかったから。


「ちょっと付き合え」


 低い声でそう言って、嵐は歩道から身を乗り出すようにして、通りがかるタクシーに手を挙げた。


「会わせたい人がいるんだ」

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