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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
354/365

ハセガワマコト

「ハセガワ……マサヨシ」


 曽良はぼんやりと呟いた。聞き覚えのある名前だった。どこで……と思い返して、すぐにハッとする。

 一ヶ月前――だっただろうか。和幸がカインを抜け、日向の世界でカヤとともに生きると決めた日。藤本マサルが心臓発作を起こして入院していた病院に、和幸は顔中痣だらけの男を抱えて現れた。その男の名前もハセガワマサヨシだったはずだ。

 そして、和幸が去った病院で、そのハセガワマサヨシを迎えにきたのは、五十代くらいだろうか、厳格そうな男。筒井医師が応対しているのを曽良は覗き見ていただけだが、それでもその顔ははっきりと覚えている。険しい表情を浮かべていたものの、その聡明そうな落ち着いた顔立ちは、やはりどことなく似ていたのだ。――和幸に。

 さすが、和幸のオリジナルの父親だ、と腹立たしくも負かされた気分になったものだ。

 同姓同名――なわけはないだろう。確信をもって、曽良はぎゅっと拳を握りしめ、耕作をねめつける。


「ハセガワマサヨシって……かっちゃん――藤本和幸のオリジナルだな? なんで、そいつを知っている?」

「長谷川正義は俺の大学の同期なんだ」と隣で嵐が答えた。「まあ……『藤本和幸』ってクローンがいることなんて、俺も今日知ったばっかだけど……」

「どうやって、お前は知ったんだ、嵐? 正義くんから直接、聞いたのか?」


 ハセガワマサヨシと和幸の関係を嵐が知っていたのがよほど意外だったようだ。我慢できなかった様子で口を挟んできた耕作に、嵐は肩を竦めた。唇の片端を上げ、「さあね」と不敵に笑う。


「ま、世間は狭い――てことだ」皮肉たっぷりにそう言ってから、嵐は意味ありげに続ける。「だからこそ、あんただって『藤本和幸』の正体に気づけたんだろ。クローンかどうかなんて()()()()()分かるもんな」


 すると、耕作はひとつため息ついて、「まあな」と観念したように答えた。


「本間の養女(むすめ)になった神崎カヤの恋人の写真が、椎名望から送られてきて……すぐに気づいた。嵐の級友である正義くんとそっくりだったからね。だから、望に探らせて、結果、確信が持てた。神崎カヤ……いや、本間カヤの恋人は正義くんのクローンで、カインだ、と」


 その瞬間、ぞわっと身の毛がよだつような――そんな悪寒を覚えて、曽良は顔をしかめた。

 そういえば……と、今更ながらに疑問を持った。なぜ、和幸は罠にはめられた?

 ()()()()、和幸はすでにカインを辞めていた。カヤが本間の養女になってから、和幸は普通の高校生として暮らしていた。怪しい動きなんて何もしていなかったはずだ。

 それなのに、本間秀実は和幸を疑い、罠まで仕掛けた。オークション会場で、今まさに売られそうな少女を装ったカナエを餌に、和幸を誘い出し、結果的にカインノイエを壊滅させた。

 カヤや留王は、カヤを疑っていた。『黒幕の娘』であるカヤが和幸を騙し、カインを陥れたのだ、とそう信じていた。だが、それはあり得ない、と曽良は知っている。カヤは本当に和幸を愛していて、自分の父親が『黒幕』だとも知らなかった。和幸共々、カヤも本間秀実に騙されていたのだ。

 じゃあ、なぜ? なぜ、本間秀実は和幸をカインじゃないか、と疑いだした――?


「まさか……あんたか?」


 見開いた瞳に禍々しい眼光を宿らせて、曽良は憎悪が滲んだ声で耕作に訊ねた。


「あんたが……椎名望を使って、本間に全部、バラしたのか? かっちゃんがカインだって……あいつに情報を流したのはあんたか?」

「――いや」一つ間を置き、耕作は静かに否定した。「望によれば、本間は藤本和幸と会う前から、彼が怪しいと睨んでいたようだ」

「会う前……?」

「藤本和幸と本間カヤが参加する予定だった文化祭の劇。カインを題材にしたものだったらしいな。その内容があまりにも()()に忠実で、本間の怒りを買ったようだよ」そこまで言って、耕作は思い出したようにくつくつと笑い出した。「秘書がその台本を盗み出して、本間に渡したそうだが……読むなり、本間は激昂して、それを床に叩きつけたらしい。見てみたかったな」

「その劇……冴子が言ってたやつか」嵐はハッとして、考え込むように顎に手を置いた。「『カイン』を題材にした高校生の『馬鹿げた劇』にわざわざ警察が出て行って、生徒を一人連行したって……その生徒はまだ行方不明で、『クチナシ』の一人なんじゃないか、てネットで噂になってるって話だったが――まさか、その生徒が藤本和幸か!?」


 ようやく合点がいったように声をあげ、嵐は動揺もあらわに耕作と曽良を交互に見やった。


「そのあと……どうなったんだ!? 藤本和幸に何があった!?」

「そのあと――」と沈んだ声で答えたのは、耕作だった。「望が彼から『自白』を取る手はずだった。裏社会の真実を……本間秀実の悪事や、クローンや人身売買の存在を、全て()()()()語ってもらう計画だった。それを、この名簿と一緒にネットに流し、あとは長谷川誠の耳に入るのを待つつもりだった」


 耕作はそこまで言ってから、曽良の様子を伺うようにちらりと見やり、


「長谷川誠は参議院議員でね」


 そうもったいぶった言い方で切り出した。


「長谷川の家は代々政治家で、政界に太いパイプを持ち、コネも金もある。だが……気質なんだか、こだわりなのか知らないが、クリーンな政治を好む家柄でね。賄賂や闇献金といった類を一切受け取らず、裏社会にも全く手を出してこなかった。当然、このご時世、そんなやり方では出世はできん。おかげで、いつまでも鳴かず飛ばず。だが、彼にそれを気にする様子もなく、コツコツと職務を果たしている。野心も出世欲も感じられない稀有な政治家だよ。――まあ、そんな彼だからね……正義くんのクローンがいたのは驚いた。おそらく、彼の知らないところで創られたクローンなのだろう。だからこそ、息子のクローンが秘密裏に創られ、不条理に殺されたと知れば、彼なら動くだろう、と確信できた。裏社会に無関係な彼は、本間に後ろ暗いこともない。弱みを握られることもなく、正々堂々と表舞台で本間秀実と渡り合える数少ない政治家だ。彼なら、『さら地』になったこの世界を、あるべき姿へと導いてくれるだろう、とわたしはそう踏んで……」

「つまり」と、嵐は饒舌に語る耕作の言葉をぶつりと断ち切り、「長谷川のクローンを使って、長谷川の親父さんを動かそうとしたっていうことか……? そんな理由で……長谷川のクローンを犠牲に……!?」


 わなわなと怒りに震える拳を思いっきり机に叩きつけ、嵐は「ふざけんな!」と怒号を上げた。


「クローンをなんだと思ってんだ!? 俺たちと変わらない――同じ命なんだぞ!?」

「何度も言わせるな、嵐」冷静な眼差しで嵐を見据え、耕作は落ち着いた声で諭すように言う。「彼らカインは自ら進んで人の道を外れた。決して、無垢な子供ではない。何の疑問も持たずに、言われるがままに人を殺す……そういう『殺し屋』として生きる道を選んだ。もう救うべき存在ではない」

「そんなの、あんたが決めることじゃ――」


 激情にかられるままに言いかけた嵐の言葉を、「そうだね」と曽良の冷淡な声が遮った。


「俺たちカインは、ただの人殺しだ。今更、救われたいなんて思ってないし……この世界で幸せを望んだことだってない」


 淡々と言って、曽良は机の上に手を伸ばし、耕作の手元にある一枚の紙をするりと掠め取った。そこにびっしりと並んだ名前を――これから、自分が『お片づけ』していく標的を――一通り眺めてから、くしゃりとそれを握り潰すように丸めた。


「あんたを信用するつもりはないけど……あんたの話には一貫性がある。あんたが俺にこの人たちを殺させたい動機も納得できた。要は、かっちゃんが死んだ今、ハセガワマサヨシの父親を動かす術がなくなった。椎名望とあんたの計画は台無し。だから、カインも本間秀実も、本間に与する奴らも、皆、この世界から消してしまおうってことだね」

「まあ……そういうことだ」と耕作は嘲笑のようなものを浮かべて頷く。「そのあとのことは、世界の流れに……人々の意志に任せようじゃないか」

「大丈夫だよ」


 思わず、そんな穏やかな声が、笑みとともにこぼれ出ていた。

 曽良は分かっていた。()()()()の世界に、憂いも希望も抱くことは無意味だ、と。人々の意志なんて関係なく、この世界は救われるのだから。


「もうすぐ、神の救済がある。表も裏も、クローンもオリジナルも、何もかもが消え、これまでの罪は……兄弟殺しも全て、洗い流される。だから、その前に俺は、家族との約束を……復讐を果たすだけだ」

「神の……救済?」


 眉間に皺を寄せ、訝しそうにこちらを見上げる耕作に、「すぐに理解できる日がくるよ」と曽良は憫笑のようなものを浮かべた。


「とりあえず、あんたの話に乗る。あと三週間しかないからね。この名簿が本物かどうかは、本人に聞いていけばいい。さっそく、一人ずつ『お片づけ』していくよ」

「おい、そら……!?」思い出したように嵐はぎょっとして、曽良に詰め寄った。「こいつ……お前の仲間を餌にしようとしたんだぞ!? 殺されることを前提に計画を立ててたんだ! つまり、見殺しにしたってことだ! んなもん、本間秀実と一緒に『クチナシ』を殺したのと同じだ! そんな奴の言いなりになるのか!?」

「分かってるよ」


 くすっと笑ってから、曽良はその姿を目に焼き付けるように耕作を睨みつけた。


「だから、もちろん……全ての名簿を受け取ったら、あんたも『片付ける』よ、『先生』」

「構わん、好きにしろ。もとより、そのつもりだ」


 痩せた顔に不敵な笑みを浮かべ、耕作は躊躇なくそう答えた。曽良の発言を、あたかも予測していたかのように。


「また、次の名簿を受け取りに来るヨ。そのときは、炭酸でも用意しておいて」


 くしゃくしゃになった名簿をひらひら振って、エレベーターへと向かう曽良の背中を、嵐は「待て、そら」と追いかけた。


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