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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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救い

 もう誰も殺さなくていい――その言葉が水面に広がる波紋のごとく、曽良の心に沁み渡っていった。

 そうだった、と曽良は思い出していた。前にも、一度だけ、そう言われたことがあった。

 『無垢な殺し屋』じゃなくて、一人の人間として幸せに生きろ、と……それが父、藤本マサルの遺言だった、と苦しげな少女の声が電話越しに伝えてくれた。命がけで――。

 ぐっと心臓が掴まれるような、そんな苦しさを覚えて、曽良は表情を強張らせた。

 親父の遺言を忘れるな、と言うしゃがれた声がよぎる。生き残った家族カインとともに香港へと逃れた姉――もう懐かしいような静流の声だ。その姉が、別れる前に曽良を抱きしめ、懇願するように放った言葉だ。

 忘れていたわけではない。ただ、できるわけがない、と思っていた。今さら、誰も殺さず、何事もなかったかのように幸せに生きていくなんて、そんなことが許されるはずはない。

 人を殺さない生き方がある。幸せを選ぶ生き方がある。――それを証明しようとしていた兄弟(かずゆき)を、口封じのためにその手で殺しておいて。

 だから、その遺言は心の奥底に封じこんでいたのだ。今の今まで。

 それなのに……。


「俺にチャンスをくれ。必ず、俺がお前を救ってみせる」


 銃口を手のひらで塞いだまま、嵐は力強い眼差しで曽良を見つめて続けた。信じてくれ――そう必死に訴えかけるように。

 なぜ……と漠然とした疑問が曽良の頭に浮かぶ。

 会ったばかりの……それも、カインに縁があるわけでもない、表に生きる人間の言葉だ。本間秀実と同じ政治家を父に持つ、信用ならない相手だというのに。それなのに、なぜ――斎藤嵐の言葉に、こんなにも心が揺さぶられている? 信じてみたい……そう思っている自分がいることに気づいて、曽良は狼狽えていた。


「救う?」言葉を失くしている曽良に変わって、耕作が口を挟む。「『無垢な殺し屋』なんて呼び名は、ただの皮肉だ。彼はもう無垢ではない。洗脳されてたとはいえ、確かに、『殺し屋』となる道を選んだのは彼自身だ。もう彼を救う道はない。ならば、共に地獄に落ちてやるしかないだろう。『殺し屋』として、世のために()()()使ってやるのが、彼にとってせめてもの救済だ」

「ふざけんな!」かっと目を見開いて、嵐は怒号を上げた。「んなもん、その……そらを『殺し屋』にした藤本マサルとかいう奴と同じじゃねぇか! 偉そうなこと言っといて、結局、お前もそらを利用しようと――」

「そうだ。これは、かつての友人の尻拭いだ。彼が育てた『殺し屋』をわたしが導く。殺す相手を間違えないように、な」

「どういう意味だ……?」

「藤本曽良」耕作は声のトーンを低くし、再び、人差し指でトンと名簿を指す。「この名簿を一枚ずつ渡す。載っている者を殺し終われば、次のページを渡す。そうして、全員排除したときには、裏で人身売買を支えている権力者たちは綺麗さっぱり消え、人身売買そのものもそれに伴うクローン製造も、強力な後ろ盾を失って衰退していくはずだ。――どうだ? 君たちカインの悲願が叶うぞ。表も裏もない『より良い世界』が、そこにあるんだ」

「ふざけるな!」


 思わず――そんな勢いで嵐は曽良の銃口から手を離すと、思いっきり机に両手を叩きつけた。


「なんだ、そりゃ!? こんな子供に人を殺させて創った世界が、『より良い世界』だ!? そんな世界で、誰が幸せになれるっていうんだ!?」

「すぐに……とはいかんだろうな。世界を変えるには時間がかかる。まずはさら地にして、ゆっくりと種を植え、芽がなるのを待つしかない。この荒れ果てた土地が、やがて、緑豊かなものになることを願ってな」

「さら地……」ふっと曽良は口を開き、つぶやくように言った。「そのため……か」


 『より良い世界』――その言葉に、曽良の中でようやく全てが繋がった気がしていた。

 本間秀実の同期だという衆議院議員、斎藤耕作。その男が『クローンを救う会』で藤本マサルの同志であった事実。三神でも足取りがつかめないほど、慎重に身を隠して暮らしていた理由(わけ)。カインである自分が現れても平然と……いや、むしろ、待ち受けていたかのような態度で迎え、ご丁寧に暗殺リストまで用意していたこと。本間の側ではないと言いながらも、フィレンツの件を、和幸の名前も全て把握していたこと。――そして、口にした『より良い世界』という言葉。

 偶然であるはずはない。

 あの日、全てが狂ったあの日……盗聴器を通じて盗み聞きした和幸と()()()との会話が曽良の頭の中に今まさに聞いているかのように生々しく蘇っていた。

 自分たちと同じクローンでありながら、本間秀実の側につき、カヤのボディガードとして和幸に近づき、カインを陥れたあの男――椎名望。彼はあの日、捕えた和幸に言ったのだ。『先生』のもと、より良い世界を創るために協力してほしい、と……。

 その後の会話から、その『先生』が本間秀実を指していないことは和幸も曽良にも分かった。あの日、明らかに椎名望は本間秀実とは別の誰かの指示で動いていた。表も裏もない『より良い世界』を創るため、と言い、和幸から本間秀実に不利になるような『自白』を取ろうとしていた。

 曽良はゆっくりと銃を下ろし、冷静な眼差しで耕作を見つめた。


「かっちゃんを罠にはめて、俺たちカイン全員殺そうとしたのは……そのためだったのか? 全ては、『より良い世界』を創るための『掃除』だったの? そうして、俺たちカインを消したあと、その名簿に載ってる奴らを椎名望に『掃除』させる――それが、あんたの計画だったのか?」

「は?」と嵐はきょとんとして曽良に振り返る。「なんの話だ……? シイナノゾムって……」

「全部、あんたが裏で糸を引いていたんだな。お前が椎名望の『先生』か、斎藤耕作」

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