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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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父親

「違う!」と曽良は悲鳴をあげるように叫んだ。「そんなのはデタラメだ!」


 ざあっと曽良の脳裏に浮んだのは、痛ましそうに自分を見て去っていく大人たちだった。声も出ず、動けないほどに衰弱しながら、何度も、その背中を見送った。『かわいそうに』と言いたげな眼差しだけ残し、後ろめたそうに去っていく大人たちの背中を……。

 もう忘れたと思っていた痛みが……自分を買った男から受けた『愛情』が、全身に蘇ってくるのを感じた。地獄というにふさわしい日々が、ありありと蘇り、曽良は我を忘れるように叫んでいた。


「皆、見て見ぬフリだった! 誰も……誰も助けてくれなかった! 父さんだけが、俺たちを救おうと――」


 すると、相変わらずの冷静な眼差しを浮かべて、耕作は頷いた。


「そう……信じたいんだな。己の『不運』を認めたくないから」

「不運……?」と、思わぬ言葉に曽良はたじろぐ。


 クローンである自分の境遇を呪いこそすれ、それを『不運』だなんて……そんな言葉を今まで一度たりとも曽良は口にしたことなどなかった。単なる『運』の問題だったと考えたことなんてなかったのだ。

 クローンに生まれたから、人に買われて、死にそうになるまで痛めつけられた。それは、曽良にとっては必然だった。クローンは皆、そういう運命なのだと思っていたのだ。

 ――そう、この世界には藤本マサル以外に……カインになる以外に、クローンが救われるすべなんてないはずだったから。


「誰も君たちを助けようとしなかったわけじゃない。誰も()()助けようとしなかったんだ――それは『不運』以外の何物でもない。同情はする。君の周りに手を差し伸べる大人がいなかったことは、遺憾に思う。藤本マサルのような外道でなく、真っ当な人間と出会っていれば、と……」

「やめろ」と、必死に曽良は言葉を絞り出した。「これ以上、父さんを侮辱するな!」

「父さん……か。君はまだあの男をそう呼ぶのか。君を利用していた男を、いつまで慕うつもりだ?」

「黙れ……!」

「藤本マサルだけが君たちを救おうとしてくれた――と、そう言うのならば、聞かせてもらおう。君は――幸せだったのか? ()()()生き方を心から望んでいたのだと……そう言うのか?」


 ぐっと曽良の口元がこわばる。息遣いが荒々しくなり、その揺れる瞳は、ふいにちらりと机の上へと落ちた。そこにある、静かに横たわる十字架に――。


「殺したくて……殺してきたんじゃない」まるでその十字架に懺悔でもするように、曽良は弱々しくつぶやいた。「でも、そうするしかなかった。家族を守るためには……脅威を取り除くしか……。俺たちには、他に選択肢なんて……」


 選択肢はない。そう思い込みたかった。そうでもしなければ、耐えられるわけもない。救いたかった存在……『殺し屋』になってでも守ろうとした存在である家族を――和幸をその手で殺してしまったこと。

 曽良は「仕方なかったんだ」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。そのとき、


「そんなわけがない」


 力のこもった声で、耕作は一喝するようにはっきりと言い切った。


「君は選べたんだ。選択肢はあったはずだ」


 ぎりっと曽良は唇を噛み締めた。

 やめて……やめて……と心の奥で誰かが悲鳴を上げている声が聞こえてくるようだった。その声をかき消したくて、「うるさい!」と曽良は叫んでいた。


「知ったような口を利くな!」

「知っているさ」すかさず、耕作は語気を強めて言う。「私も親だ」


 自ら銃に眉間を近づけるように身を乗り出して、耕作はしぼんだ風船のようなシワだらけの瞼の下で禍々しい眼光を曽良へと向けた。


「クローンだろうが、なんだろうが関係ない。親は子の幸せを願うものだ。そのためなら、なんだってする。子を守るためなら、手を汚すことすら厭わない――それが親というものだ。だが……」


 急に声を低くすると、耕作はぐっと眉根を寄せ、苦しげに曽良に見上げた。


「『殺し屋』として生きるしかないのだ、と……人を殺める生き方しかないのだ、と子に思わせるような親は親ではない。――いいか、曽良くん。藤本マサルは君の父親なんかじゃない。君たち無垢な子供を『殺し屋』に変えたテロリストだ」


 その瞬間、曽良は自分の中で何かが崩れ落ちたような、そんな気がした。

 ふざけるな――と一蹴する声も出ない。引き金に置いた指は震えて、すっかり力が入らない。いつからか氷のように閉ざした心はぐらつき、今にも何かが溢れ出してしまいそうだった。

 すっと銃を握る手すら緩みかけた、その瞬間、


「勝手なこと言うな!」


 そんな怒号が背後でして、曽良はハッと我に返った。

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