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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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答え

「俺は『クローン』……それだけで十分、複雑じゃないか」


 夜空を見上げてそうつぶやいた。天国ってのは、空にあると思ってた。神様もそこにいて、死んだら『創られた』自分もいけるんだろうか、と小さい頃からぼんやりと考えていた。そしたら、そこで神さまに聞くんだ、と決めていたんだ。――僕のことを、知っていましたか? と。

 ガキのとき、寝る前にいつもそんなことを考えていた。

 まさか……その神さまが、宇宙を旅していて、その子孫が学校の後輩だとは。


「笑えるな」


 ロウヴァーの部屋を出て、家に向かうわけでもなく、ぶらぶらと歩いていた。

 落胆していた。一番大切な夢を奪われた気分だった。


「いや……」俺はつぶやいた。いや、よく考えてみれば、宇宙船さえ手にはいれば神さまに会えることがわかったんだ。これは前進だよ。


「そしたら、生きてる間に聞けるな」


 ははは、と声をあげて笑った。


「なにを聞けるの?」

「え?」


 ふと、人気のない路地で、後ろから子供の声がした。そして、背筋にあの感覚が襲った。畏怖だ。

 あわてて振り返ると、やはりそこにはあのガキがいた。ブロンドで、不思議な雰囲気のガキ。確か、名前は……


「けっと……」

「わー! 名前、覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ」


 きゃっきゃ、と飛び跳ねる姿は、ただの子供だ。


「お前……なんなんだ? いつもどっから湧いてくるんだ!?」


 すると、ケットはぴたっと止まり、にこっと微笑んだ。その笑顔は子供とは思えないほど、落ち着いていた。


「ケットは、『エンキ』のエミサリエス」

「エミ……なんだって?」


 そういえば、リストもそんな言葉を言っていた。たしか、あれは……俺の呪いの話のとき。


「エミサリエスっていうのはね、神さまの細胞でつくったバイオロボットだよ」

「……え!? ろぼっと?」

「そうだなぁ。神の遣い……天使、ていえば分かるのかな?」

「天使?」


 天使って……翼がはえて頭にわっかがあって……

 今夜はとことん、俺の固定観念が壊されるな。


「ケットは、『マルドゥク』家をサポートするために創られたんだ。

 『エンキ』様がエリドーを旅立つとき、『マルドゥク』家に聖域の剣とともにケットを授けていかれたの」

「『マルドゥク』家? つまり……ロウヴァーの実家か?」

「そうそう。飲み込みがはやいね、かずゆき」


 呼び捨て?! ええい、もうなんでもこいだ。


「じゃ、お前はロウヴァーの……」

「しもべ……ていうのかなぁ。守護天使?」


 ケットは、うーんうーん、と考え込んでしまった。自分でも自分の位置づけを把握していないのか。


「聖域のつるぎ、て……」

「かずゆきをさした、あの剣だよ。『ルル』を守るための剣。ちなみに……かずゆきにのろいをかけたのも、エミサリエスだよ」

「エミサリエス……お前だけじゃないのか?」

「いっぱいいるよ! エリドーにも……少なくとも、あと二人はいるかな」

「……もう、頭が狂いそうだ」


 俺は頭をかいてため息をついた。ケットも、どこか申し訳ないような表情で微笑んだ。


「で? ロウヴァーの守護天使とやらが、何の用だよ?」

「……君に、聞きたいことがあるんだ」

「俺に?」


 そういえば……俺の風呂場に現れたときも、そんなこと言ってたな。

 だが、俺に聞くことなんてなにがある?


「ケットは……リストに何て声をかければいいのか分からないんだ」

「え?」

「君は、なんていわれたら救われるの?」

「ちょっと、まてよ。何の話だ?」


 救われる? 急になにいいだすんだ?

 ロウヴァーのこと聞かれても、俺にわかるわけがないだろ。


「君はリストと同じ。『創られた子』だから……」

「!」


 ケットは、しょんぼりとうつむいていた。


「リストは、ずっと苦しんでる。神の騎士である自分が、『ルル』に『創られた』こと。

 恐れているんだ。自分の存在に。でも、ケットはなにもしてあげられない。なんていえばいいのかもわからない。だから、君なら……君なら、なんていえばいいのか、分かるかな、て」

「……」


 なるほど。

 もしかしたら……と、俺にある考えがうかんだ。


「俺とは特別、仲良くなりたい……」

「え?」


 そうだ。あいつ、言ってた。アンリに紹介されたとき、そんな変な誤解をよぶようなばかなことを。

 てっきり、挑発でもしてるのかと思ったが……もし、本心だったとしたら――


「神の一族でありながら、人間に『創られた』子供……さぞかし、立場が悪かっただろうな」

「ううん。リストを創ったリチャード以外は、その事実を知らなかったから」

「え?」

「リチャードは秘密にしてたんだ。愛人のイリーナにお金を払って、リストの母親のふりまでしてもらって……。だから、皆は、リストはリチャードの隠し子だ、て思ってたんだ」


 えらいことをするもんだな、神の一族のくせに。どっかの昼ドラでも見てる気分だ。


「じゃあ……ナンシェ、て子も?」

「!」


 ナンシェ、という名前に、ケットは一瞬、顔をこわばらせた。


「ナンシェも……なにも知らない」

「なあ……」俺は、ずっともっていた疑問を持ち出そうとしていた。「もしかして……ロウヴァーは、そのナンシェの……」

「違うよ!」


 ナンシェのクローンか、と続けるつもりだったが……ケットにさえぎられた。


「そうか……」


 どうも、ナンシェという存在、気になるな。ロウヴァーは、彼女を罪から守るために『創られた』と言っていた。ということは……少なくとも、一族の一人だ。てっきり、あいつは彼女のクローンだと思ったが……違うのなら、どういうことなんだ? 彼女を守るために『創られた』っていうのは……?

 そんなことを考えていると、ゴトッと物音がして、電柱の陰から老人があらわれた。気配すら感じなかったが、どうやら、そこで寝ていたらしい。ケットの声で目を覚ましたんだろう。

 誰からも気づかれない日陰の人生。その老人を見ていて、ふと頭に浮かんできた。

 そういえば、俺はよくコフィンタワーに行って、自分という存在を考えていた。そこで、『死』を待つだけの人間に自分を重ねていた。

 コフィンタワーは、このトーキョーで、一番、あの世に近い気がしていた。神サマに……ずっと会いたかったんだ。


「俺は、神サマってやつに答えを求めていた」

「え?」

「俺の存在が一体なんなのか……神サマに聞くつもりだった。天国で……神サマに会ったら、俺のことを知っていたか、聞くつもりだったんだ。子供だ、といわれるかもしれないけど……天国に行くために、人を殺さずに生きてきた。最後の意地だったんだ。人を殺さない、という行為は……俺の意地だった」


 まわりの『カイン』は口をそろえて言っていた。

 俺たちは人に『創られた』。神サマは俺たちの存在すら把握していない。だから、天国とか地獄とかは関係ないんだ、と。世の中の倫理とか、正義とか、そんなものは俺たちには当てはまらない。俺たちは、生まれたときからはみでた存在なのだから。

 だけど、俺は……この世のルールの中にいたかった。俺が、ルールの外にいる人間だと認めたくなかった。人を殺せば、それを自分で証明することになる、と思っていた。だから……それだけは嫌だった。


「なにより……俺は、神サマに望みをかけてた。神サマさえいれば、俺はいつか答えを得られるんだ、と」

「かずゆき……神様はいるよ」


 ケットは、情けに満ちた声で言った。


「そうだな。いるみたいだな。でも……」と、俺はケットを見つめた。


 急に見つめられて、ケットは目を丸くした。この子供が、神の遣いってのは意外性があってパンチがきいてるよ。俺は、苦笑した。


「その神様の遣いとやらが、こうして俺に答えを求めてきたんだ」

「!」

「やっと、分かった。神様も答えを知らないんだ、てな。

 俺は……俺たち、『創られた』人間は……答えも『創る』しかないんだ」


 神サマは、答えを知らない。それが、答えだったんだ。


「そうだな。俺はなんていわれたら救われるかな……」


 俺の中で、何かが消えた気がした。ずっと俺を縛り付けていた何かがほどけて、俺にのしかかっていた何かが離れた。そんな感覚だった。

 初めて自転車の補助輪をはずして走ったときを思い出した。藤本さんの手助けもなしに、補助輪のない自転車のペダルを一回、一回、しっかりとこいだ。それは、不安と高揚が交じり合って・・・そして、自由を感じた。独り立ちしたような気分にさえなった。

 あの自転車は、誰か年下の『カイン』に譲ったっけ。俺は、それが誰だかは忘れてしまったが、あの自転車がとても懐かしくなった。

 なぜか、こんなときに、そんな思い出が頭にうかんだ。


「かずゆき?」


 ケットが、はやく続きを聞きたい、というせがむような視線をむけてきた。

 俺は、フッと微笑した。


「お前は予想外だった、と言われたいかな。神サマに」

「……へ?」


 その答えこそ予想外だったのだろう。ケットは目を点にしていた。


「じゃあな、守護天使」

「そ、それだけ? どういうこと??」


 俺はケットに背を向け、歩き出した。

 なにが、神の子孫だ。ロウヴァーの奴。あいつも……結局、俺と同じじゃねぇか。救われることをずっと求めて、答えを探してるんだ。

 神の子孫の前に……ただのクローン、か。

 俺は月を見上げた。

 しかし……ケットは言っていた。一族は誰も知らなかった、と。


「誰にも弱音さえはけなかったのか」


 俺は、自然とつぶやいていた。

 悩みを打ち明けることも許されなかった。それは、ひどい孤独だ。

 それに比べて、俺は仲間がいた。同じ『創られた』人間が回りにいた。『カイン』という家族が。そして……藤本さんという理解者がいた。

 ふと、俺の脳裏に、リストが自己紹介で言った言葉が浮かんだ。


『藤本先輩とは特に仲良くなりたいな、て思ってます。似たもの同士みたいなんで』


 あれは、やっぱ本心だ。俺は確信した。

 俺とちがって、嘘しか言えない環境にいたあいつは……ああやって、本音を皮肉や冗談で隠して表にだしてきたんだろう。

 俺は頭をかいた。


「……リスト、て呼んでやるか」


 クローンの前に、あいつは学校の後輩だ。

 俺は、先輩と呼ぶな、といったのを後悔した。

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