答え
「俺は『クローン』……それだけで十分、複雑じゃないか」
夜空を見上げてそうつぶやいた。天国ってのは、空にあると思ってた。神様もそこにいて、死んだら『創られた』自分もいけるんだろうか、と小さい頃からぼんやりと考えていた。そしたら、そこで神さまに聞くんだ、と決めていたんだ。――僕のことを、知っていましたか? と。
ガキのとき、寝る前にいつもそんなことを考えていた。
まさか……その神さまが、宇宙を旅していて、その子孫が学校の後輩だとは。
「笑えるな」
ロウヴァーの部屋を出て、家に向かうわけでもなく、ぶらぶらと歩いていた。
落胆していた。一番大切な夢を奪われた気分だった。
「いや……」俺はつぶやいた。いや、よく考えてみれば、宇宙船さえ手にはいれば神さまに会えることがわかったんだ。これは前進だよ。
「そしたら、生きてる間に聞けるな」
ははは、と声をあげて笑った。
「なにを聞けるの?」
「え?」
ふと、人気のない路地で、後ろから子供の声がした。そして、背筋にあの感覚が襲った。畏怖だ。
あわてて振り返ると、やはりそこにはあのガキがいた。ブロンドで、不思議な雰囲気のガキ。確か、名前は……
「けっと……」
「わー! 名前、覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ」
きゃっきゃ、と飛び跳ねる姿は、ただの子供だ。
「お前……なんなんだ? いつもどっから湧いてくるんだ!?」
すると、ケットはぴたっと止まり、にこっと微笑んだ。その笑顔は子供とは思えないほど、落ち着いていた。
「ケットは、『エンキ』のエミサリエス」
「エミ……なんだって?」
そういえば、リストもそんな言葉を言っていた。たしか、あれは……俺の呪いの話のとき。
「エミサリエスっていうのはね、神さまの細胞でつくったバイオロボットだよ」
「……え!? ろぼっと?」
「そうだなぁ。神の遣い……天使、ていえば分かるのかな?」
「天使?」
天使って……翼がはえて頭にわっかがあって……
今夜はとことん、俺の固定観念が壊されるな。
「ケットは、『マルドゥク』家をサポートするために創られたんだ。
『エンキ』様がエリドーを旅立つとき、『マルドゥク』家に聖域の剣とともにケットを授けていかれたの」
「『マルドゥク』家? つまり……ロウヴァーの実家か?」
「そうそう。飲み込みがはやいね、かずゆき」
呼び捨て?! ええい、もうなんでもこいだ。
「じゃ、お前はロウヴァーの……」
「しもべ……ていうのかなぁ。守護天使?」
ケットは、うーんうーん、と考え込んでしまった。自分でも自分の位置づけを把握していないのか。
「聖域のつるぎ、て……」
「かずゆきをさした、あの剣だよ。『ルル』を守るための剣。ちなみに……かずゆきにのろいをかけたのも、エミサリエスだよ」
「エミサリエス……お前だけじゃないのか?」
「いっぱいいるよ! エリドーにも……少なくとも、あと二人はいるかな」
「……もう、頭が狂いそうだ」
俺は頭をかいてため息をついた。ケットも、どこか申し訳ないような表情で微笑んだ。
「で? ロウヴァーの守護天使とやらが、何の用だよ?」
「……君に、聞きたいことがあるんだ」
「俺に?」
そういえば……俺の風呂場に現れたときも、そんなこと言ってたな。
だが、俺に聞くことなんてなにがある?
「ケットは……リストに何て声をかければいいのか分からないんだ」
「え?」
「君は、なんていわれたら救われるの?」
「ちょっと、まてよ。何の話だ?」
救われる? 急になにいいだすんだ?
ロウヴァーのこと聞かれても、俺にわかるわけがないだろ。
「君はリストと同じ。『創られた子』だから……」
「!」
ケットは、しょんぼりとうつむいていた。
「リストは、ずっと苦しんでる。神の騎士である自分が、『ルル』に『創られた』こと。
恐れているんだ。自分の存在に。でも、ケットはなにもしてあげられない。なんていえばいいのかもわからない。だから、君なら……君なら、なんていえばいいのか、分かるかな、て」
「……」
なるほど。
もしかしたら……と、俺にある考えがうかんだ。
「俺とは特別、仲良くなりたい……」
「え?」
そうだ。あいつ、言ってた。アンリに紹介されたとき、そんな変な誤解をよぶようなばかなことを。
てっきり、挑発でもしてるのかと思ったが……もし、本心だったとしたら――
「神の一族でありながら、人間に『創られた』子供……さぞかし、立場が悪かっただろうな」
「ううん。リストを創ったリチャード以外は、その事実を知らなかったから」
「え?」
「リチャードは秘密にしてたんだ。愛人のイリーナにお金を払って、リストの母親のふりまでしてもらって……。だから、皆は、リストはリチャードの隠し子だ、て思ってたんだ」
えらいことをするもんだな、神の一族のくせに。どっかの昼ドラでも見てる気分だ。
「じゃあ……ナンシェ、て子も?」
「!」
ナンシェ、という名前に、ケットは一瞬、顔をこわばらせた。
「ナンシェも……なにも知らない」
「なあ……」俺は、ずっともっていた疑問を持ち出そうとしていた。「もしかして……ロウヴァーは、そのナンシェの……」
「違うよ!」
ナンシェのクローンか、と続けるつもりだったが……ケットにさえぎられた。
「そうか……」
どうも、ナンシェという存在、気になるな。ロウヴァーは、彼女を罪から守るために『創られた』と言っていた。ということは……少なくとも、一族の一人だ。てっきり、あいつは彼女のクローンだと思ったが……違うのなら、どういうことなんだ? 彼女を守るために『創られた』っていうのは……?
そんなことを考えていると、ゴトッと物音がして、電柱の陰から老人があらわれた。気配すら感じなかったが、どうやら、そこで寝ていたらしい。ケットの声で目を覚ましたんだろう。
誰からも気づかれない日陰の人生。その老人を見ていて、ふと頭に浮かんできた。
そういえば、俺はよくコフィンタワーに行って、自分という存在を考えていた。そこで、『死』を待つだけの人間に自分を重ねていた。
コフィンタワーは、このトーキョーで、一番、あの世に近い気がしていた。神サマに……ずっと会いたかったんだ。
「俺は、神サマってやつに答えを求めていた」
「え?」
「俺の存在が一体なんなのか……神サマに聞くつもりだった。天国で……神サマに会ったら、俺のことを知っていたか、聞くつもりだったんだ。子供だ、といわれるかもしれないけど……天国に行くために、人を殺さずに生きてきた。最後の意地だったんだ。人を殺さない、という行為は……俺の意地だった」
まわりの『カイン』は口をそろえて言っていた。
俺たちは人に『創られた』。神サマは俺たちの存在すら把握していない。だから、天国とか地獄とかは関係ないんだ、と。世の中の倫理とか、正義とか、そんなものは俺たちには当てはまらない。俺たちは、生まれたときからはみでた存在なのだから。
だけど、俺は……この世のルールの中にいたかった。俺が、ルールの外にいる人間だと認めたくなかった。人を殺せば、それを自分で証明することになる、と思っていた。だから……それだけは嫌だった。
「なにより……俺は、神サマに望みをかけてた。神サマさえいれば、俺はいつか答えを得られるんだ、と」
「かずゆき……神様はいるよ」
ケットは、情けに満ちた声で言った。
「そうだな。いるみたいだな。でも……」と、俺はケットを見つめた。
急に見つめられて、ケットは目を丸くした。この子供が、神の遣いってのは意外性があってパンチがきいてるよ。俺は、苦笑した。
「その神様の遣いとやらが、こうして俺に答えを求めてきたんだ」
「!」
「やっと、分かった。神様も答えを知らないんだ、てな。
俺は……俺たち、『創られた』人間は……答えも『創る』しかないんだ」
神サマは、答えを知らない。それが、答えだったんだ。
「そうだな。俺はなんていわれたら救われるかな……」
俺の中で、何かが消えた気がした。ずっと俺を縛り付けていた何かがほどけて、俺にのしかかっていた何かが離れた。そんな感覚だった。
初めて自転車の補助輪をはずして走ったときを思い出した。藤本さんの手助けもなしに、補助輪のない自転車のペダルを一回、一回、しっかりとこいだ。それは、不安と高揚が交じり合って・・・そして、自由を感じた。独り立ちしたような気分にさえなった。
あの自転車は、誰か年下の『カイン』に譲ったっけ。俺は、それが誰だかは忘れてしまったが、あの自転車がとても懐かしくなった。
なぜか、こんなときに、そんな思い出が頭にうかんだ。
「かずゆき?」
ケットが、はやく続きを聞きたい、というせがむような視線をむけてきた。
俺は、フッと微笑した。
「お前は予想外だった、と言われたいかな。神サマに」
「……へ?」
その答えこそ予想外だったのだろう。ケットは目を点にしていた。
「じゃあな、守護天使」
「そ、それだけ? どういうこと??」
俺はケットに背を向け、歩き出した。
なにが、神の子孫だ。ロウヴァーの奴。あいつも……結局、俺と同じじゃねぇか。救われることをずっと求めて、答えを探してるんだ。
神の子孫の前に……ただのクローン、か。
俺は月を見上げた。
しかし……ケットは言っていた。一族は誰も知らなかった、と。
「誰にも弱音さえはけなかったのか」
俺は、自然とつぶやいていた。
悩みを打ち明けることも許されなかった。それは、ひどい孤独だ。
それに比べて、俺は仲間がいた。同じ『創られた』人間が回りにいた。『カイン』という家族が。そして……藤本さんという理解者がいた。
ふと、俺の脳裏に、リストが自己紹介で言った言葉が浮かんだ。
『藤本先輩とは特に仲良くなりたいな、て思ってます。似たもの同士みたいなんで』
あれは、やっぱ本心だ。俺は確信した。
俺とちがって、嘘しか言えない環境にいたあいつは……ああやって、本音を皮肉や冗談で隠して表にだしてきたんだろう。
俺は頭をかいた。
「……リスト、て呼んでやるか」
クローンの前に、あいつは学校の後輩だ。
俺は、先輩と呼ぶな、といったのを後悔した。