証拠
「どういう……意味だ?」
「そのままの意味だよ。君が……いや、君たちがずっと追い求めていた名前が全てここにある。トーキョーの闇オークションの顧客リスト。すなわち、人身売買に関わってきた者たちの名前だよ」
つうっと砺波の頰に汗が伝っていく。握りしめる銃はガタガタと震え、もはや脅しの道具としての役目は果たしてはいなかった。それまでの冷たい表情が嘘のように、そこには動揺の色が浮かび、迷いといえるものがはっきりと見て取れた。
その様子に手応えでも覚えたのか、耕作はふっと唇に笑みを浮かべる。
「コーヒーか紅茶、どちらが好きだい?」
「は……?」
「ゆっくり交渉と行こうじゃないか、『友人A』――いや、藤本曽良くん?」
その名前にハッとしたのは、砺波だけではなく、その背後で佇む嵐もだった。嵐は「そらくん……」と口の中でつぶやくと、茫然としてセーラー服の少女の背中を見つめた。「ハーフの……美少年」
「俺のことも……全部、お見通しってわけ」しばらく黙り込んでから、砺波――いや、曽良は銃を握り直して、再び照準を耕作の眉間に合わせた。「それなら、なおさら信用できない。あんたの名前が、そこのリストにない保証はないよね? あんたが本間側の人間でない証拠は?」
すると耕作は、仕方ないな、とでも言いたげに口元を歪め、おもむろに引き出しから何かを取り出し、それを机の上に置いた。
「君にはこれで十分かと思うが、どうだね?」
暗がりにキラリと光るそれに、曽良は目を剥き、息を呑んだ。そこに置かれていたのは、重々しいチェーンに繋がれた銀色の十字架――。
その瞬間、曽良はふらりと後じさり、たちまち顔色を変えた。まるで亡霊でも目にしたような……そんな青白い顔で明らかに狼狽る彼を、耕作は訝しそうにじいっと見つめてから、
「とりあえず、見覚えはある……ようだね。――そう。私は藤本マサルの元同志。『クローンを救う会』の元会員だ」
「クローンを……救う会?」
そう呟いたのは、嵐だった。
「なん……なんだ、それは?」
「その名の通りだ」とぶっきらぼうに耕作は答える。「クローンを救うために、藤本マサルという男が二十年も前に立ち上げた組織だ」
「救うって……どういうことだよ? お前は……クローンなんてこの世の災いでしかない、て……消えるべき存在だ、てずっと言ってたじゃねぇか」
すると、耕作は暗く冷たい眼差しで曽良をまっすぐに見上げた。十字架を見つめ、怯えたような表情で固まっている少年を――。
「そうだ。クローンは、こうして災いしかもたらさない。だからこそ、クローンを救うとは――その製造工場を破壊し、これ以上、彼らがこの世に生み出されないようにする、ということだった。藤本マサルが、『カイン』なんていう憐れな子供達を創り始める前まではな」
「創る……?」
ぴりっとその場に緊張が走る。すっかり沈んでいた曽良の目に火花でも散ったかのように生気が灯り、鋭さを取り戻した眼差しがぎろりと耕作をねめつけた。
「俺たちは憐れでも、創られてもいない。父さんは俺たちを我が子同然に育ててくれた」
「いや、違う」と耕作は冷静に否定する。「藤本マサルは、この世に身寄りも頼れる者もいない君たちの弱みにつけこみ、いいように利用していただけだ。君たちを洗脳し、なんの考えも持たず、己の言うことだけを聞く『無垢な殺し屋』に創り上げた」
「洗脳……?」
ふざけるな、と可憐なその姿には似合わぬ怒号が辺りに響き渡った。
一度は後退った間を勇ましい足取りで詰めると、曽良は再び耕作の眉間に銃口を突きつけた。
「俺たちは自分たちの意思で、父さんの力になろうとしたんだ! 他の『創られた子供』たちを救う手伝いをしたくて……! 父さんしか、俺たちを救おうとしてくれる人はいなかった。だから、少しでも父さんの役に立ちたくて――」
「それも違う」と耕作は首をゆっくりと横に振る。「君たちクローンを救おうとしている人々は他にもいる。『クローンを救う会』ではなくて、な。クローンの存在を知り、心を痛め、オークションで大金を払って競り落とし、我が子のように愛情を注いで育てようとしていた『金持ち』だっていたんだ」
「そんなのいるわけ……」
「いるわけない、か? 藤本マサルがそう言ったからか? だから……」くっと耕作は笑みをこぼした。それは、これまでとは違い、感情的な――激しい怒りが滲む冷笑だった。「藤本マサルと違い、『殺し屋』ではなく『実の子供』としてクローンを育てようとした――そういう『親』たちさえも、その手で殺してきたんだな」
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