表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
346/365

同じ想い

 私はふらりと立ちくらみがして、椅子に寄りかかるように手をかけた。

 全てが繋がった気がした。


「全部、あなただったの? あなたが……ストーカーの正体?」


 目の前で涼しい顔で佇む男を、私は呆然と見つめた。

 そう。始まりは、久世先輩だったんだ。お祭りに二人ででかけた次の日、大やけどを負った、て学校で聞いた。病院にお見舞いに行ったら、もう関わらないでくれ、て怒鳴られて、そのときはわけも分からず、家に帰ったけど……それから、『呪い』が起きるようになった。私に関わった男の人は、皆、大怪我をするようになっていった。周りも勘付いて、避けられるようになって、私は孤独になった。そうして、何度も何度も転校を繰り返して、そしてーー和幸くんに出会ったんだ。


「でも、どうして?」と私は必死に自分を落ち着かせながら、フォックスと名乗る男に訊ねた。「どうして、急に何もしなくなったの? 和幸くんと……カインと何か関係があるの?」


 すると、くすりと傍で笑う声がした。


「あなたの恋人の彼にも、一応、呪いはかけたのですけれど。マルドゥクの坊やに『聖域の剣』であっさり解かれてしまったのですわ」

「聖域の剣……」


 ふっと脳裏をよぎったのは、聖女と呼ばれていた少女。名前は、たしか、ナンシェ。リストくんによく似た、『聖域の剣』を持つ人。

 ぎりっと拳に力がはいった。


「バールを通して、事情は把握している。今度のマルドゥクの王、ナンシェは彼を……君の愛するルルを救うことを拒んだようだね」


 心を読まれたようだった。ぎくりとしてフォックスに振り返ると、彼は気遣う風でもなく、落ち着いた面持ちで私を見つめていた。その事実に、なんの感情も抱いていない、とでも言いたげに……。

 思わず口を開いて、私は固まってしまった。

 出てこなかった。『和幸くんを助けて』という一言が。それを言うために、天使についてきたというのに。怖くてたまらない。また拒まれたら、と思うだけで絶望に体が竦む。この人にまで拒絶されたら、私にできることはもうなにもないのだから。

 私に残された『味方』は、目の前のこの人だけ。得体の知れない、私の『家族』。呪いという一方的な方法で私を守ってきたという彼。本来なら、警戒すべき相手なのかもしれない。こうして頼るなんて危険なことなのかもしれない。でも、もう彼にすがるしかない。もう、私には彼しかいない。

 もし、彼に拒まれたら終わりだ。

 和幸くんは明日、殺されてしまう。体の中身も空っぽにされて。それでも……それを分かっていても、私には何もできないーー。

 気が遠のくようだった。恐怖に身体が絡め取られていく。ガタガタと唇は震えるだけで、声もでない。

 そのときだった。


「君が望むなら、わたしがマルドゥクを説得しよう」


 思わぬ言葉だった。


「は」と驚いた声は、私ではなく、彼の天使のものだった。


「なにをおっしゃっているのですか? マルドゥクの聖女ははっきりと『できない』と言ったのですよ。お伝えしたはずですけれど」

「問題ありません。条件を出します。決してマルドゥクの拒めない条件を」

「条件……?」


 あたりに不穏な空気が漂った。ぴりっと肌に突き刺さるようなオーラが伝わって来る。緊張……というより、警戒? 明らかに、天使からだ。主の提案を快く思っていないのがはっきりと感じ取れた。ちらりとでも天使の様子を伺うのさえ、恐ろしいほどに。

 しばらく、沈黙があった。二人の間で無言のやり取りでもあったかのような間。そして、天使がハッと息を吞むのが聞こえた。


「フォックス……あなた、何を考えているの? あれを渡すというの!?」

「他に方法はありますか?」


 さらりとそう言って、フォックスは私をじっと見つめてきた。無垢とでもいえばいいんだろうか。なんの感情も伺えないかのような、まるで邪気のない潤み色の瞳が私を見据えていた。


「君の愛するルルを救えるのは『聖域の剣』だけなのでしょう?」


 焦りと興奮に突き動かされるように、私はただ夢中で何度も頷いた。


「では、決まりですね。バール、マルドゥクのもとにもう一度赴いていただけますか」

「本気……ですの?」

「必要であれば、マルドゥクたちに力を貸してやりなさい。そのために自由に()を使うことを許可します」

「そこまでするというのですか?」


 呆れ果てたような声でそう言ってから、バールという天使は観念したようにため息ついた。


「もう……分かりましたわ! わたくしはあなたの僕。あなたの意のままに。どうなっても知りませんわよ」


 本当に……? 本当に、救ってくれる? 和幸くんを助けてくれるというの? 信じられなかった。目の前で起きている出来事に実感が湧かない。なんと言えばいいかも分からず、呆然としていると、「パンドラ」とバールの呼ぶ声が聞こえた。

 ハッとして振り返ると、バールは腰に手をあてがい、不敵に微笑んだ。


「ねぇ、言ったでしょう。フォックスはあなたの味方だ、て。あなたのためなら、あの方はなんでもしますわよ」


 茶化すようにそう言ってから、バールはどこからともなく立ち上ってきた黒い煙に包まれていった。


「パンドラ。安心なさいな。あなたの愛する坊やは必ず、救ってさしあげますわ。それが我が主の望みのようだから」


 そんな声だけ残し、煙とともに風にさらわれるようにバールの姿は消えた。

 本当に……向かったんだ。ナンシェというあの子のもとに。和幸くんを救うために。


「どうして……」


 ぽつりとそんな言葉がもれていた。


「どうして、ここまでしてくれるの?」


 私はフォックスを見つめ、そう訊ねていた。

 訊ねずにはいられなかった。そうでないと、また不安に取り憑かれそうだったから。この人にも裏切られて、また和幸くんを失うことになるんじゃないか、て。今はもう彼にすがり、信じるしか道はないのは分かってる。でも……でも……。

 これが疑心暗鬼というのだろう。恐ろしくてたまらないんだ。信じるということが、もう苦痛でしかない。誰かを信じることが、どれだけの代償を伴うものなのか、私はもう知ってしまったから。


「和幸くんを助けても、あなたにはなんの得もないはず。失敗したとはいえ、あなたは一度、和幸くんにも呪いをかけていた。あなたにとっては、和幸くんも邪魔な存在だった、てことなんでしょう?」

「たしかに、そうだ」とフォックスはためらいもなく答えた。「わたしはあのルルになんの思い入れもない。だが、君は彼を愛している。彼は君には必要な存在だ。彼を救えば君が喜ぶ。だから、助ける。それだけだ」


 淡々と、当然のように語られたその理由に、私はあっけに取られてしまった。

 なんて単純な……。嘘だとすれば、なんと稚拙な嘘だろう。疑うことすら、躊躇われるほどに。


「私が喜ぶから……それだけ?」

「それだけでわたしには充分だ」


 ふっとフォックスの口元に浮かんだそれは、紛れもなく笑みだった。朗らかで、優しげなその笑みに、私は胸が熱くなるのを感じた。

 なんだろう、これ。するりと体の緊張が解けていく。不思議な安堵感に包まれる。親しみが込み上げてくる。懐かしい心地がするーー。


「君より大事なものは、わたしには何もない。この世界すら、わたしにはどうでもいい。君が望むなら、わたしはなんでも叶えよう」

 

 その言葉にぞくりとしてしまった。

 知ってる、と思った。その気持ちを私には手に取るように理解できる。それは……私が和幸くんに抱いている想いと同じだ。

 私もそうなんだ。私にはもう和幸くんしかいない。この世界で大切なものは和幸くんだけ。和幸くんが望むなら、私はこの世界だって滅ぼせる。

 彼も一緒なんだ。この世界で、他に大切なものは何もないんだ。


「だから」と、フォックスは私にバスタオルを差し出してきた。「君は風呂に浸かって、少し休みなさい。あとは、わたしとバールに任せて待てばいい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ