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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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契約の始まり⑧

 祭りで賑わう神社から少し離れた小さな公園に、三つの人影があった。ベンチに座る影が一つ。その前に佇む影が二つ。やがて、暗がりにぽっと明かりが灯り、ベンチに座る少年の顔を照らした。身だしなみというには過度に抜かれた眉に、つり上がった目。それでも、その顔立ちには十代半ばの幼さが残り、口元に咥えたタバコは滑稽にさえ見える。


 「ったく、期待させやがって。わざわざ手伝ってやろうと、跡つけてたのによ」


 少年は慣れた手つきでタバコを指に挟むと、煙を吐きながら、呆れたように切り出した。


 「まんまと逃げられてんじゃねぇよ、久世」


 あーあ、とわざとらしく落胆のため息をつき、ベンチの前で佇む影の一つが続ける。


 「勝手についてきといて、文句言うなよ。いきなり親から電話きて、血相変えて帰ってったんだよ。引き止める暇もなかったっての」


 久世と呼ばれた人影は、苛立ちもあらわにそう反論すると、タバコを吸う少年の隣にどかりと座った。


 「ま、今夜の埋め合わせはする、て言ってたし。またチャンスはあるだろ」

 「面倒見のいい先輩だねぇ」

 「まあな。 卒業する前に、しっかり後輩に教えといてやらねぇとさ。男を信用すると痛い目にあう、てよ」

 「うぜー」

 「てかよ、向田。近くでタバコ吸うのやめてくれって。匂いがうつったらどうすんだよ」

 「お前が隣に座ったんだろが。夏休みの間ぐらい、自由に吸わせろよ。学校始まったらまた吸えなくなんだからよ」

 「早死にするぞ」

 「お前らも道連れだ」と、向田はわざと煙を他の二人に吹きかけた。 


 暗がりで、ゲラゲラと少年たちの品のない笑い声が響く。

 そのときだった。


 「お子様が火遊びなんてするものじゃありませんわよ」


 突然、辺りに響いたその声に、三人はぎょっとして固まった。静まり帰った公園を生暖かい風が吹き抜け、揺れる木々の葉が囁く声がさらさらとこだまする。

 

 「なんだ、今の……」


 言いかけた向田の言葉を「ひいっ」と立っていた少年の悲鳴が遮った。ひょろっと痩身の痩せこけた彼の顔が一瞬にして青ざめ、久世も向田も彼のただならぬ様子に何かを悟ったように同時に振り返った。そして――。


 「うわぁ……!?」


 二人はベンチから飛び上がるように立ち上がると、それぞれ戦慄の声をあげた。

 彼らの視線の先――ベンチの背後にあったもの。それは、暗闇に浮かぶ数多もの紅い光だった。


 「女遊びも男の甲斐性……というものなのかもしれませんが、あなたがた、品が無さすぎますわよ。王の怒りを買ってしまいましたわ。女遊びも、火遊びも、もっと身を弁えなさい」


 艶っぽい声色で紡がれた『判決』が、果たして、慄く彼らの耳に届いたのかは定かではないが、そのあとに続いた『忠告』はしっかりとその胸に刻みつけられたことだろう。


 「二度と、神崎カヤに近づかないこと。そして、これから起きることは誰にも言わないこと。よろしいかしら?」

 「神崎……!?」


 ハッと我に返ったように久世がそう口にしたときだった。ごおっと辺りが一気に明るくなり、獣の雄叫びのような悲鳴が響き渡った。

 久世が振り返ると、タバコを持っていた向田の手が轟々と燃えていた。タバコの火が引火した――にしては、不自然なほど、それは勢いよく燃え上がり、取り乱した向田の手は火の粉を振りまき、両脇にいた二人にも飛び火した。

 炎を纏って逃げ惑う三人は、松明さながらに公園を明るく照らし、暗闇の中に潜む天使の姿を暴き出していた。

 豊満な胸に、ほっそりとしたくびれ。ゆるやかなカーブを描くくねられた腰。その姿を見て、見惚れない男などいるはずはないだろう。

  ()を発するときに光る紅い瞳は、今は、そのおぞましい輝きを潜め、叡智漂う神秘的な輝きを放っている。彼女とともに瞳を紅く光らせ、少年たちを睨みつけていた蛇たちは、いくつにも束ねられた艶やかな黒髪へと変わっていた。

 やがて、地面に転げまわる三人の身体から炎がふっと消えるのを見届けて、妖艶な天使はどこからともなく立ち上った黒い煙に紛れて姿を消した。

 そうして、彼女が次に姿を現したのは、薄暗く寂しげなマンションの一室だった。どこかどんよりとした空気が漂う『辛気臭い』部屋で、ベランダに青年が立っていた。じっとベランダから夜景を眺めるその後ろ姿に、彼女――バールは、呆れと憐れみの混じったような苦笑を浮かべて、声をかけた。

 

 「フォックス。済みましたわよ」

 「ありがとう、バール。ご苦労様でした」

 「苦労なんて、天使にはありませんけれど」


 冗談めかしてそう答え、ほっそりとした脚を滑らかに交差させるようにして、バールはフォックスに歩み寄った。


 「こんなはずではありませんでしたのに」と、演技じみた口調でバールは物憂げに口火を切った。「わたくしはご褒美のつもりだったのです。あのお人形のために、散々苦汁を味わっているのですもの。一目見るくらいのご褒美があっても良いというものですわ。だから、わたくしはあなたをあの祭りに出向かせたのです。あの神社にいるお人形の姿を『鏡』で見ていたから、近いしちょうど良いと思って」

 「懺悔ならいりませんよ」

 「懺悔などではなく、愚痴ですわ」


 不機嫌そうにつんと唇を尖がらせるバールに背を向けたまま、フォックスは皮肉そうに鼻で笑った。


 「感謝しています、バール」


 さすがに、意外な返しだったのか、バールは「え」と目を丸くした。


 「おかげで、再確認できました。この世界で守るべきものはカヤだけだ、と」

 「そう……でございますか」


 バールはしばらくきょとんとしてから、 諦めたようにため息ついた。


 「あなたがそうおっしゃるなら、わたくしは構いませんけれど。でも……」そこまで言って、バールは表情を険しくした。「でも……こんなことをこの先続けていけば、いつかはあのお人形も気づくときが来ますわよ。周りで起きる奇怪な現象と、あなたという存在に。そのとき……お人形は、どう思うかしら。きっと、良くは思いませんわよ」

 「構いません」


 厳しくも憐れみのこもった天使の忠告に、フォックスは澄んだ声で即答した。


 「わたしはカヤに好かれたくてしているわけではありません。ただ、あの子を守りたいだけです」


 危なっかしいほど、ただただ、まっすぐな主人(あるじ)の言葉に、バールは困ったように苦笑した。


 「それを一途と呼ぶべきか、身勝手と呼ぶべきか。難儀なことですわね」

長くなってしまいましたが、これで回想は終わりです。次話から戻ります。

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