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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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契約の始まり⑥

 カヤより少し年上だろうか、落ち着いた印象の少年だ。 賢そうな鋭い目つき、すっと通った鼻筋に、無駄な肉付きのないすっきりとした輪郭。よく整った顔立ちで、彼もまたカヤと同じく目を引く容姿をしていた。少し長めの黒髪もよく似合って、無造作に乱れたように見える髪型も、技巧がこらされたものであることは容易に想像がつく。神の最高傑作といえるカヤの浮世離れした魅力に気後れする様子もなく、堂々と彼女と並んで歩く姿からは、彼の自信が伺えた。

 彼の名前は知らない。だが、フォックスにとって、そして、バールにとっても、彼は見慣れた・・・・少年だった。カヤが彼と学校で一緒にいるところをよく見かけていたからだ。もちろん、『守護者の鏡』を通して、であって、直接見たのは初めてだが。

 おそらく、親しい友人、もしくは親しい先輩。

 『守護者の鏡』は常にカヤの様子を見守ることはできるが、『見る』ことしかできないのが難点だった。音や声までは伝わってこない。カヤが彼と一緒にいるところは何度も見てはいるものの、二人の会話までは聞いたことがない。二人の関係性は、一緒にいる様子から推測することしかできなかった。その上でいえることは、 少なくとも、一線を越えるような関係ではない、ということだった。

 だから、カヤが彼と一緒に祭りに来ていても、フォックスは動揺も警戒する様子も見せなかった。浴衣を着て、楽しそうに祭りを回るカヤを微笑ましいとさえ思っているのだろう。フォックスは柔らかな表情を浮かべ、優しげな眼差しでカヤを見守っていた。——ふいに、祭りの喧騒の中、不穏な会話がフォックスの耳に流れ込んでくるまでは。

 

 「神崎、マジで来るとはな。久世のやつ、どうやって誘いだしたんだ?」

 「あいつ、外面いいし、口はうまいからな。昔から」


 神崎——よくある苗字ではあるが、他人事だろうと聞き流すには、フォックスには馴染みのある苗字だった。

 フォックスはカヤと少年の背を追いながらも、背後から聞こえてきたその会話に聞き耳を立てた。


 「マジで今夜やる気かよ」

 「皆の前でフラれたからな。あいつ、今まで、女にフラれたことなんてなかっただろ。プライドずたずただよ。このまま、おとなしく引きさがれねぇんだろ」

 「それで、力づく、てわけか? 久世もえげつねぇな」


 かわいそうに、と言って笑い合う少年たちの声に同情の色なんてなく、それは言葉とは裏腹に嘲笑じみていた。


 「神崎もよ、フった男に誘われて、フツー、馬鹿正直に来るか? 夜に二人きりだぜ? しっかり浴衣まで着てきて。実は、期待してんじゃねぇの」

 

 そして、一人の少年が結論づけるようにこう言った。


 「ま、騙される奴も悪いってことだろ」


 その瞬間、フォックスの足がぴたりと止まる。


 「ああ、そうだった」


 ぽつりとそうひとりごちるフォックスの顔からは先刻までの嬉々とした赤みはひいて、その表情は凍りついたように冷めきって固まっていた。

 フォックスが急に止まったせいで、背後を歩いていた二人の少年はドンとフォックスの背中にぶつかった。


 「んだよ?」

 「邪魔だよ」


 口々に悪態付いて、二人はフォックスを押しのけ、カヤと少年——久世、というらしい——のあとをつけて、去っていく。

 フォックスは立ち止まったまま、人混みの中に溶け込んでいく彼らの後ろ姿を無表情で見つめていた。


 「騙される奴が悪い——そう、そういう世界でした」皮肉そうにつぶやいて、フォックスはふうっと自分を落ち着かせるように息を吐いた。「また、わたしは騙されるところでした」


 フォックスが立ち止まっても、人波はフォックスを避けるようにして流れ続け、祭りは続く。そこには相変わらず、煌びやかな光が満ち溢れ、人々の笑い声がこだましている。ついさっき、フォックスが耳にしたおぞましい会話など、まるでなかったかのように。

 そんな中、フォックスは、ひとり、自嘲するように冷笑した。


 「この世界は……穢く醜い。どんなに見せかけの平和でごまかそうとしても、根本は変わることなどない。この世界に……人類ルルに、カヤがその身を犠牲にしてまで守る価値などない」

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