表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
342/365

契約の始まり⑤

 「息抜きでもしてきたらどうです?」


 きっかけは、そんな天使の気まぐれのような一言だった。

 いつものように仕事を終えて、生活感も温かみもないガランとした部屋に帰るやいなや、カヤの様子を『守護者の鏡』で伺おうとした時だった。フォックスの手からするりと鏡を抜き取り、「『お人形』はもう寝ていますわ。ご心配なく。何かあれば、わたくしが知らせますから」とバールが有無を言わせぬ満面の笑みで畳み掛けてきた。


 「そういえば、さっき、近くの神社でお祭りをしていましたわね」と、わざとらしく切り出すと、しぶるフォックスを「さあ、さあ」と玄関まで追い立てる。「金魚でも連れ帰ってきてくださいませ。このまま、こんな辛気臭い部屋であなたと二人きりでは息が詰まりますわ」


 さらりとそう言い捨て、バールはフォックスを部屋から追い出し、容赦なく扉を閉めた。

 主へのものとは思えぬひどい言いようだ。およそ天使らしからぬ言動だが、フォックスにとっては日常のことなのだろう。またか、とでも言いたげにため息つくと、踵を返して、フォックスは素直にエレベーターのほうへ向かった。

 バールの真意は分からないまでも、彼女に悪意がないのは分かるのだろう。それだけの信頼を築くには充分な苦難を彼らはともにしてきた。フォックスが何も言い返さず、バールの突拍子のない助言に従うのも、その証に違いなかった。

 マンションを出て、下町の風情が残る住宅街をしばらく歩くと、浴衣姿の若者たちがちらほら見受けられるようになった。遠くから、わいわいと人の賑わう声とおそらく録音されたものであろうお囃子が聞こえてくる。仕事以外で部屋を出ることもほとんどなく、部屋にいても何かするわけでもなくぼうっとしているだけ。そんな、バールの言うところの『辛気臭い部屋』で引きこもるだけのフォックスにとって、光が満ち、人が集まる、煌びやかな祭りの雰囲気は新鮮だった。

 小ぢんまりとした神社の境内を、ずらりと並んだ提灯が照らし、様々な出店から混ざり合った食べ物の香りがあたりに漂っている。浴衣を身にまとった少女たちのはしゃぐ声。履きなれぬ下駄のぎこちない音。ここぞとばかりにハメを外して騒ぐ少年たち。——そこは、心地よいほどに平和だった。

 フォックスはいつの間にか足を止めていた。

 

 「だめだ……ここは、だめだ」

 

 思いつめた表情でぽつりとそうひとりごちて、フォックスは境内をあとにしようと身を翻した。

 そのときだった。

 フォックスはハッと目を見開き、固まった。

 提灯と屋台の明かりが照らす中、藍色の浴衣に身を包んだ彼女がそこにいた。長い黒髪を結い、滑らかなうなじを惜しげなく見せる姿は、知性漂うその顔立ちも相まって、まだ十四歳とは思えぬ艶やかさがある。しかし、笑みを浮かべれば、たちまちそこには愛くるしい少女が姿をあらわす。無邪気で幼く、穢れのない――フォックスが望んだ彼女そのもの。

 フォックスの肩からふっと力が抜け、こわばった表情がみるみるうちにほころんでいった。

 彼女の成長はずっと見守ってきた。彼女が物心つくまでは、夜中にこっそりと彼女の部屋に忍び込んで、心細くならないように、と寝ている彼女に昔話を聞かせたものだ。だが、それだけだ。その後、彼女と接触したことはただの一度もなかった。『守護者の鏡』を通して彼女の様子を伺うだけで、その目で彼女を見ることはなかった。

 十年ぶりくらいになるだろうか。久しぶりに直接、目にした彼女の姿に、フォックスは安堵したように微笑んでいた。


 「カヤ……」


 フォックスは、ぽつりとその名を呼んだ。誰にも聞こえぬよう小さく、そして、愛おしそうに……。

 こんなところで会うなど、偶然ならば奇跡だが。そんな奇跡を起こせる存在をフォックスは知っていた。「バールか」と呆れたようにため息ついて、フォックスは苦笑した。『守護者の鏡』で、カヤがここにいることを知ったのか。それとも、帰り道に通りがかったこの神社の前で、浴衣姿のカヤを見かけていたのか。どちらにしろ、これが天使のイタズラ・・・・が起こした必然的な『奇跡』だったことは明らかだ。

 しばらく、フォックスはカヤの姿を目に焼き付けるように見守っていた。人ごみの中にいても、彼女は異彩を放って、どれほど距離を置いても決して見失うようなことはなかった。周りの視線も自然と彼女に集まり、彼女の美しさを称える声がどこからともなく聞こえて来る。祭りの活気と喧騒の中、彼女の周りだけ、緊張感と高揚の混じり合った異様な空気が漂っていた。彼女の放つオーラはそれだけ神々しく、異質で、そして圧倒的だった。

 そんな彼女の隣には、一人の少年がいた。

短くてすみません。更新頻度を優先しているのですが、短いと意味ないでしょうかね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ