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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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テマエの実

 藤本和幸。おもしろい人だな。

 目の前で混乱している人を観察して、興味深い、なんて思ってるオレは、冷たい人間なんだろうか。

 でも、本当に興味深い人だ。

 さっき、オレは「少なくとも『収穫の日』までは、オレは彼女を見守るつもりです」と告げた。その上で、「せめて、『収穫の日』まで神崎カヤに幸せを味合わせてほしい」と続けるつもりだった。

 『人形』がこの人に惚れてるのは一目瞭然だったからね。藤本和幸に、あわよくばあと四ヶ月間だけでも付き合ってくれないか、と頼むつもりだった。

 オレなりの、罪滅ぼしなんだろうな。ほんの少しでも……『人形』に幸せでいてほしいんだ。裏工作をしてでも……。

 オレは、本当に自己中心的な人間だよ。そんなことしても結局は自己満足だろうにな。

 だが、この男は、アレが生き残る方法を探ろうとしている。神に創られた人形だと知ってなお、救おうとしてる。オレの話を信じてないわけじゃないだろう。話を受け止めて、その上で、変えようとしている。使命……運命……理……そんな、決められたルールを変えようとしている。

 神にあらがう本能……そんなものを生まれ持ってるんだろうか。それがもし、『創られた子』であるさがだとしたら、オレもそれがあるのか? 神の子孫であり、『ルル』に『創られた』オレにも?


「問題はね、『テマエの実』がどこにあるか分からないことなんだ」


 気づくと、話すつもりもなかったことをオレは切り出していた。

 見たくなったのかもしれない。『創られた子』が何をしでかしてくれるのか。


「『テマエの実』は『パンドラの箱』の中に現れる。『収穫の日』――つまり、『災いの人形』が十七歳になる誕生日にね。

 本来ならば、それまで『パンドラの箱』はある神殿で大切に保管されるものなんだ。そして『収穫の日』、『マルドゥク』と『ニヌルタ』の王が決闘し、『テマエの実』を奪い合う。それがしきたりだった。

 オレもそのつもりで――『ニヌルタ』の王を討ち、『テマエの実』を得るために、ずっと鍛えられてきた。

 だが……ある人物が、それを破った。彼は『パンドラの箱』をどこかに持ち去ったんだ。今も、どこにあるか分からない。だから、こうしてオレは『災いの人形』を探し出した。『パンドラの箱』がどこにあるか分からない今、『災いの人形』を見守り、『テマエの実』を食べるのを防ぐほかないからね」


 藤本和幸はオレの話をじっと聞いていた。なにも言ってこない。

 なんだ、もうあきらめたのか?


「『ニヌルタ』……て、なんだ?」

「え?」

 

 仕方ない……かな。あれだけ、一気に話して全部覚えろなんて無理な話だ。

 オレも、小さい頃からリチャードに毎晩のように聞かされたんだ。そこらの童話よりもずっとよく聞いた。


「『ニヌルタ』は、『ルル』を嫌う神『エンリル』の子孫だよ。オレの一族『マルドゥク』は『ルル』を守るためにエリドーに残った。だが……『ニヌルタ』の一族は違う。『ルル』を滅ぼすことを使命としている。『災いの人形』に『テマエの実』を与え、『終焉の詩』を唱えさせ、『ルル』を滅ぼす。それが彼らの使命」

「じゃあ……『パンドラの箱』もそいつらが持ってるんじゃないのか?」

「いい考え方だね。でも、違う。彼らも必死に探しているはずだよ」


 そう、オレは知ってる。誰がそれを持っているのか……。

 藤本和幸もそれに感づいたのだろう。疑うような視線でこちらを見ている。


「どうやら……そっから先は俺が首をつっこむべきじゃないみたいだな」


 さすがは、裏世界で生きる『カイン』。引き際も良く分かってるな。

 藤本和幸は肩をすくめてため息をついた。


「ロウヴァー」


 しばらく間をおいて、藤本和幸は急に深刻な表情になって言った。


「俺には『おつかい』がある。『カイン』である俺には、『おつかい』は何よりも優先される」

「かまわないよ。あなたが神崎カヤの傍にいてくれるのは、オレも助かるから」


 本心だ。こうして全部話してしまったのだから、なおさらだ。彼女の正体を知っている人間に彼女の傍にいてもらえれば、心強い。


「正直言って、あの呪いは厄介だ。そっちは、なんとかしてくれるんだよな」

「もちろん」

「わかった」


 藤本和幸はすっかり冷静になっていた。さっきまで取り乱したり、興奮したり、と不安定だったけど……生まれた瞬間から複雑な世界で生きてきた人だ。適応能力は人並み以上なのかな。


「正直、まだ混乱してる」藤本和幸はそう言って立ち上がった。「とりあえず、今日一日復習してみて……考えることは考えてみるよ」


 考えることは考えてみる?

 神の遺伝子をもつオレには、言語の壁はない。生まれつき、全ての言語をマスターしているといっていい。だが……『考えることは考えてみる』という言葉は理解できなかった。


「どういう意味?」と聞くと、藤本和幸はフッと笑った。

「今後の身の振り方を決める、てことかな。今は、何を考えればいいのかさえ分からない。俺が考えるべきことなのかも分からない。神サマは……こんなに身近じゃいけない存在だからな」

「?」


 結局、返答も理解できなかった。


「あ、そうだ」


 玄関に向かう背中をオレは呼び止めた。


「ロウヴァーって呼ばれるの慣れてないんだ。リスト、て呼んでくださいよ。先輩」


 先輩は振り返りもせずに鼻で笑った。


「お前も、先輩、なんて使うなよ。寒気がする」


***

 

 和幸が去った部屋で、リストはナンシェの写真を手にしていた。


「ロウヴァー――オレが『創られた』ことを隠すためにでっちあげた苗字。マルドゥク家で呼ばれることなんてなかったからな。こんなに呼ばれて嫌な気分になるとは知らなかった」


 ナンシェの写真を見ていると、リストは鏡を見ている気分になることがあった。見た目が似ているとはよく言われたが、そういうものとは違う。


 ナンシェの人生は、リストがもし『創られた子』でなかったら歩むはずのもの。

 そして、リストの人生は――。


 ナンシェは、リストにとって、自分のもう一つの人生の可能性を映す鏡のようだった。

 もちろん、ありえないことだとは分かっている。だが、ナンシェを見ていて、リストはそんな空想を描いていた。


「リスト」


 ふと、キラキラと星のくずのような光とともに、ケットが後方に現れた。

 リストは、ナンシェの写真を棚に戻し、ため息をついて振り返る。


「また勝手に現れて……。本来、オレが名前を呼んだときにしか現れちゃいけないんだよ、ケット」


 わがままな弟をたしなめるように優しくしかると、リストはケットの頭をなでた。


「ごめん」

「勝手に藤本和幸のあとをつけたりして……。結果的に、いい展開になってるからいいけど、なんのつもりだったの?」


 リストはそう言いながら、テーブルのティーカップを片付け始めた。

 ふと、コップいっぱいに残った紅茶が目に止まり、リストははたりと動きを止めた。――和幸は一口も口をつけなかったのか。リストはどこか寂しさを感じた。


「友達に、なりたくて!」

「え!?」


 いきなり叫んだケットにぎょっとして、リストはケットに振り返った。


「ちょっと、話がしてみたかったんだ。かずゆきと……」

「……あぁ、そう」


 リストは変に自分が緊張しているのに気づいた。明らかに自分は動揺している。それが不思議だった。

 その様子にケットも気づいていた。


「どうしたの?」


 ケットは心配そうにリストの顔を覗き込む。


「なんでもないよ」と言うと、リストはティーカップを持って台所へと向かった。


 その様子に、ケットは悲しく微笑んだ。


「やっぱり……友達になりたいのは、リストのほうなんだね」


 リストが『創られた子』であることは、最大の秘密。神の一族が、クローンに関わるなど、絶対にあってはならない。だから、リストは自分の正体を誰にも言わずに生きてきた。ずっと、一人で背負ってきた。ナンシェにも言えずに、ずっと一人で。

 しかし、今は……。

 ケットは、さっきまで和幸が座っていたソファに手をかけた。


「やっと話せる相手を見つけたんだね」


 台所から水が流れる音が聞こえてきた。

 ケットの周りにまた光の粒があらわれ、ケットは姿を消した。

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