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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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困惑

「……ばかばかしい」


 和幸は、やっとの思いでそう言った。わざとらしくため息をつき、立ち上がり、リストをにらむ。


「お前も『創られた子』だっつうからおとなしく聞いてたが……」

「同族愛?」


 リストはちゃかすようにクスっと笑って言った。

 こういう展開は予想していた。あんな話を聞いて、なるほど、と納得する人間がこの世にいるわけがない。


「お前が神の一族? 勝手に妄想ふくらますのはかまわないさ。それなりに楽しめたしな。

 ただ……他人を巻き込むのはやめろよ。カヤが土人形だ? ふざけんな」


 強気でリストにそうは言ったものの……和幸は、困惑していた。

 リストの話を聞いているときは、カヤがその『災いの人形』なのだろう、と予想していた。リストの口からそれが語られることも想像できた。だが、実際に言われると、素直に受け入れられなかった。素直に、そうか、といえるはずがなかった。

 和幸の表情とセリフはしっかりとあっていなかった。強い口調と泳いでいる目では、なんの説得力もない。無理しているのは一目瞭然だ。


「本当にオレの妄想だと思ってます?」


 リストは、落ち着いた様子でさらりと言った。


「……」


 答えられないなら、『じゃあな』と言ってその場を去ればいい。それは分かってはいても、和幸は足を動かせなかった。何かがひっかかっている。リストの話を、くだらない、と捨て去ることができない。あの話が全部でたらめだと言い切る確信がなかった。

 和幸は、ぐっと拳を握り締めた。


「妄想にきまってるだろ」


 しぼりだすようにそういった。それが精一杯だった。


「不思議だな」


 リストは、わざとらしくそうつぶやいた。


「?」

「さっきまではあんなに熱心に聞いてくれてたのに……いまさら、妄想だっていうの?

 どういう心境の変化?」

「……それは」

「信じられないというなら、鼻で笑って出てってくれてかまわないのに」

「……」


 和幸は、返す言葉がみつからなかった。いや、分からなかった。

 自分でも不思議だった。自分の行動が理解できない。なぜ、こんな奇想天外な話をおとなしく聞く気になったのか。それも、カヤを殺すと宣言している人間の話だ。

 自分のすべきことも分からない。和幸は、ただ呆然と突っ立っていた。激しく動いているのは、和幸の頭の中だけ。

 その様子をしばらく観察し、リストはいたずらが見つかった子供のような表情をうかべた。


「なんて……無理でしょうけどね」

「え」

「これで確信が持てたでしょ? オレが神の子孫であること」

「は?」

「こんなコピーでも、一応は神の血ってのは受け継いでるみたいだ」


 得意げににこっと微笑むリストに、和幸は、写真の少女の面影をみた気がした。ナンシェ、という名前が和幸の頭にうかんだ。


「『ルル』……つまり人は、神を恐れてきた。誰から教えられたわけでもない。それは本能なんだ。創造主である彼らへの畏怖はDNAにしっかりと刻まれ、子孫から子孫へと引き継がれていく。

 あなたがオレの話をおとなしく聞いてしまったのも、そのせいだよ。オレの話を聞かなくてはいけない。オレの話を信じなくてはならない。そんなプレッシャーみたいなものが『ルル』であるあなたにはかかってしまったんだ」

「……」

「神様は絶対。それは、『ルル』である限り、誰にも敗れないルールなんだよ」


 和幸はしばらく呆然として、力なくソファに腰を下ろした。妙な脱力感があった。


「そうか」という、なんとも気の抜けた言葉がでた。


 和幸の中で、リストの話が真実であるという確信が生まれた。

 理解はできない。だが、感じ取った。リストが言った『プレッシャー』。それは、確かに和幸がリストから感じていたものをぴたりといいあらわしていた。リストを信じなければならない使命感。リストと会うたびに感じていた妙に落ち着かない雰囲気。その正体が分かった。


「神……か」


 和幸は、皮肉が混じったトーンでそうはき捨てた。


    *     *     *


「で……なんで、俺にこんな話をした?」

「成り行きだよ。話すつもりはなかった。でも、君が呪われちゃったから。助けるついで、というか……」

「呪われる……そうだ。あれは一体なんだったんだ?」


 あまりに多くを聞きすぎて、肝心なことを忘れていた。そうだ、俺はさっき襲われたんだった。目の前に神の子孫がいる以上……呪い、という言葉は不思議と現実味をおびている。


「なんで先輩が狙われたのか……については、オレも分からない。でも、誰の仕業か、と聞かれたら……心当たりはある、と答えるよ」

「……」


 まだ俺を、先輩、と呼ぶのか。馬鹿にされている気さえした。

 こいつの日本語は流暢だが……敬語とタメ口の使い分けは全然できていない。まだマスターしきれていないのか? それとも、単に礼儀ってものに慣れていないだけか?

 しばらくロウヴァーを見つめていると、ロウヴァーは首をかしげた。


「誰だ? てきかないの?」


 まるで、無邪気な子供だ。ロウヴァーは、時々そんな顔をする。俺はため息まじりに苦笑した。


「聞いたほうがいいのか?」


 今までべらべらと、頼んでもいないのにしゃべり続けていたこいつだ。自分から言ってこない情報ってのは、言いたくないことにきまってる。

 さっきの言い方は、もったいぶっているようで、それでいて『聞いてくるな』という無言の警鐘に聞こえた。

 ロウヴァーは、俺の答えに満足したように微笑んでみせた。


「話がわかる人ですね。そう……聞く必要はないよ。今夜にでも対処するから。心配しないで」

「……」


 しかし……俺はうつむいて、手を組んだ。まだ気持ちの整理がつかない。目の前にいるこのガキが、『神』の子孫? そして、カヤが世界を滅ぼす土人形? 

 俺は、自分が『創られた』ことにだってまだ開き直れてないんだ。それで、こんな話をおしつけられても……どうしろっていうんだよ?

 俺はもう一度、神の子孫だという少年の顔を見つめた。確かに、不思議な雰囲気のあるガキだ。南国の海のような碧眼には、吸い込まれるような力がある。ずっと見つめていると、今まで俺が犯してきた罪を全部うちあけてしまいそうだ。

 俺は目をそらした。ひとつ深呼吸をして、もう一度確認する。


「で、お前は本気でカヤを……」

「はい。殺します。使命だから」


 ロウヴァーはすんなりと答えた。


「その使命ってのはなんなんだ? 神サマが人殺しをするのか?」

「人じゃない。彼女は、人形なんだよ。何度も言ってるけどな」

「……」


 カヤが人形……カヤが?

 ダメだ。頭が狂いそうだ。

 カヤの笑顔が脳裏をよぎった。あれが、ただの粘土だっていうのかよ? それも……この世界を滅ぼすために創られた人形。


「どうして……こんな話、俺にしたんだよ? ついで、でこんなこと話すかよ」


 俺は低い声でつぶやいた。

 知らなければ……また明日も、カヤに会って普通に話せたんだ。


「ついで、て言ったのは半分うそなんだ」


 ふいに、ロウヴァーがそう切り出した。


「藤本先輩が『カイン』とかいう殺し屋だってことも、『おつかい』で『人形』に近づいているのも知っている。

 でも、どんな『おつかい』なのかは分からなかった。だから、確認したかったんだ。彼女が『災いの人形』だって知った上での『おつかい』なのかどうか……」

「カヤが土人形だなんて、誰がどうやったらわかるっていうんだよ!?」


 思った以上に声がでた。ロウヴァーはなにも言わずに俺をじっと見ている。特に、驚いた様子もない。

 俺が取り乱していることに驚いたのは、俺のほうだった。理解できない事実を急に押し付けられるってのは、結構イラつくもんだな。

 俺は深呼吸した。いらついても意味はないんだ。俺は経験してしまったんだ。呪いや、傷も与えずに体を貫通した剣。そして、どこからかわいてくる妙な使命感。

 とにかく、理解しなくてはならない。こうなっては受け入れるしかない。


「カインノイエは……人身売買にしか興味はない。それ以外のことで俺たちが動くことはない。誰も『人形』だなんだ、て話はしらない。だから……『おつかい』はまったく関係ないことだ」

「……そう。じゃあ、彼女は、人身売買になにか関係してるってこと?」

「『おつかい』の内容は誰にもいえない。どんな事情であれ、な」

「……だろうね」


 ロウヴァーから、へらへらとした表情が消えていた。


「カヤは知らないんだよな。なにも」

「まだ、ね」

「カヤは言ってた。天気をあてることができるって」


 雨宿りをした日、カヤは才能のようなものだ、と俺にはなしてくれた。雨がふる、雪がふる、ということを『分かる』ことができる、と。思えば……彼女は完璧だ。容姿も、才能も、全てもっている。何をやらせても人並み以上だった。

 神様に創られた人形だというなら……納得できる。


「何度もいうけど、オレは彼女を殺す」


 唐突に、ロウヴァーはそういった。今までみたことがないほど、真剣な表情だった。


「それが、『ルル』を生み出した、我らが主、『エンキ』の望み。『ルル』を救うことがオレの使命。そのためには、彼女を殺さなくてはならない。分かりますよね? 彼女が使命を思い出し、詩を唱えてしまえば……洪水で、『ルル』は今度こそ滅びてしまう」


 俺に、なんでこんなことを言うんだ。俺には関係ない……はずなんだ。カヤに近づいているのは『おつかい』のためだ。あいつの父親が人身売買にかかわっているかどうか。俺にとって重要なのはそれだけなんだ。あいつが人形だったとしても、それが『おつかい』に支障をきたさないなら、俺にはどうでもいいことだ。

 なのに、なんでだ? どうして……


「先輩に、お願いがあります」


 急に、ロウヴァーがまた敬語に戻ってそう切り出した。


「『災いの人形』は、あなたに恋をしています」

「!?」


 頭が真っ白になった。一体、何を言い出すんだ?

 ロウヴァーは、俺の返事を待つこともなく、真剣な表情のまま続ける。


「彼女は、『テマエの実』さえ食べなければ普通の人間として生きることができる」

「え?」


 ちょっと待てよ。それ、すごい大事なことじゃないのか?

 俺はロウヴァーの話をさえぎろうと口をあけたが、言葉をはさむ間もなくロウヴァーは話を続ける。


「オレの(つるぎ)……『聖域の(つるぎ)』は、『ルル』を傷つけることはできない。『テマエの実』を食べていない限り、彼女は『人形』ではなく『ルル』とされる。

 つまり、彼女が『テマエの実』を食べない限り、危害を加えられません。だから、少なくとも『収穫の日』までは、オレは彼女を見守るつもりです」

「整理させれくれ!」


 俺はロウヴァーに手のひらを出して制した。


「カヤは、『災いの人形』。神サマに創られた、世界を滅ぼす人形、なんだよな。だが、あいつはそれを知らない。で、今は一応……人間、てことになってる。でも……『収穫の日』に『テマエの実』ってのが現れて、もし、カヤがそれを食べるとあいつは使命を思い出し、世界を滅ぼす暗号を知る。そしたら、もうあいつは人間じゃなくて『人形』とされる」

「暗号じゃなく『終焉の詩』、だけど。大体、合ってるよ」

「ってことは……だ。もし、あいつがその実を食べなかったら……使命もその詩も思い出すことはない。あいつは殺されずにすむ、てことか?」


 手のひらが汗でじんわりとしめっているのがわかった。この感覚……難しい数学の問題がもう少しで解けそうな興奮に似ている。

 ロウヴァーは、冷静にじっと俺を見つめていた。その視線は、どこか冷たい。なにを考えてるんだ?


 しばらくして、「フッ」とロウヴァーが微笑した。


「そうなるね。『テマエの実』を食べなければ、彼女はただの女の子。何の脅威でもない。オレが殺すこともない」

「……」


 やっぱり、そうか。じゃあ、あいつが『テマエの実』を食べるのを阻止さえすれば……あいつを助けられる。でも……なんで、俺がそんなこと考えてるんだ?

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