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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
328/365

自白

 和幸くんに会いたい。ただ、それだけのことだったんだ。救えるとか救えないとか、今は悩んでいる場合じゃない。彼のそばにいたい。もうこれ以上、一人になんてしたくない。迎えに行くんだ。彼は私を待っているんだから。

 

「分かってらっしゃいます?」


 間を置いてから、根津という本間家のガードマンが面倒そうに口を開いた。あの日……和幸くんが捕まった日、私を『監視』していたボディガードの一人だ。


「会えたとしても、明日には処分される身体です。本間先生は、アレを『臓器の容れ物』としか思ってませんよ。躊躇うことなく、明日の夜には、彼の臓器を売りさばくでしょう。もう諦めて、大人しくお家のほうへ……」

「おじさまに会って、説得します! 私はどんな条件でも呑む。なんでもする。だから、このまま、彼が目覚めるのを待ってほしい、て」


 ぐっと銃を握りしめる手に力がこもった。

 脳裏をよぎるのは、この銃を届けてくれた曽良くんのこと。和幸くんの『形見』だと言って、曽良くんはこの銃とともに彼の最期の願いを私に託してくれた。たった一つ、カインのリーダーとして私に頼み事をして。


 ──絶対に本間に捕まらないで。俺たちを本当に救いたいなら、逃げ切って。和幸の願いを叶えるためにも……


 私のせいで、曽良くんは大切な人をたくさん失った。

 何度、目蓋を閉じても、消えない画がある。たった今、見た画のように、目蓋を開けば、そこにはっきりと残っている。曽良くんの腕の中で、ぐったりとした砺波ちゃんの姿。血にまみれて、冷たくなった砺波ちゃんの躯……。

 あのとき、曽良くんはどんな気持ちで、砺波ちゃんを抱きかかえていたんだろう。想像もできない。それを想像することさえ、私には赦されない気がした。

 全て、私のせい。私さえいなかったら、砺波ちゃんは今もあの明るい声を弾ませて、曽良くんの隣にいたんだ。

 それなのに、曽良くんは私を責めなかった。ただ、本間に捕まるな、と……。それが、私がカインのためにできることだ、と教えてくれた。だから、その約束は絶対に守るつもりだった。

 でも……。


「だって、和幸くんはまだ生きてる。意識がなくても……ちゃんと生きてる。そうなんですよね!?」


 私は、根津さんに夢中で訊ねていた。

 ──そう、和幸くんは生きていた。生きていたんだよ、曽良くん。

 彼は殺されてなかった。まだ間に合う。彼を救い出すことはできないとしても、まだ彼を守ることはできる。私なら、できるかもしれない。それが本間と会うことだとするなら、私はそうする。曽良くんの約束を破ってでも……。曽良くんも、きっとそれを望んでいるはずだ。彼がカインを辞めたとき、和幸くんをよろしく、て曽良くんは言った。大事な兄弟の身を私に託してくれた。あのとき、日向こっちの世界で和幸くんを守る、て誓ったんだ。


「お願いします。和幸くんのところに連れて行ってください。彼の無事な姿を見たいんです。そのあと、ちゃんとおじさまに会いますから。だから……」


 すると、根津さんはふうっとため息ついて、目元を押さえた。


「やはり、何も分かってらっしゃらないようだ」

「え……?」


 ハッとしたのもつかの間、急に根津さんは長い手をびゅんっと伸ばし、銃を握る私の手首を掴んだ。銃口をこめかみに当てていたというのに、なんのためらいも慎重ささえもなかった。私が撃つわけない、と最初から高を括っていたような雑な動きだった。

 痛みは無いといっても、身体の造りは十七の少女のまま。そして、心も……。どんなに威勢を張っても、いくら覚悟を決めたつもりでも、引き金に置いた指は凍りついたように動かなかった。

 根津さんにいとも簡単に銃を奪い取られ、私は思いっきり突き飛ばされた。背後の鏡ばりの壁にぶつかり、よろめく私に、


「お嬢様が銃を持ち出したところで、何も恐くないんですよ」


 奪った私の銃と自分のそれをしまいながら、根津さんはそう言ってじりじりと歩み寄ってくる。

 逃げようにも、部屋には窓もなにもない。後退る私の背を、壁が無慈悲にぴたりと止めた。


「本間先生はあなたの言うことなんて耳も貸しませんよ。あなたは、藤本和幸を言いなりにするための人質だった。彼が使い物にならなくなった今、あなたにも利用価値はありません。あなたはただの『商品』でしかない」


 ずんずんと根津さんの大きな影が迫ってくるにつれ、まるで蜘蛛の糸に四肢を絡めとられていくような恐怖を覚えた。身動きも取れず、逃げることもできない。ただ、『そのとき』を待つだけ。止めを刺されることを分かっていても、どうすることもできない絶望感。

 ただ純粋に、こわい、と思った。死ぬことのない身体だというのに。何も恐れることなどないというのに。それでも、心はまだ人間らしさを残している。愛おしいような、疎ましいような、『弱さ』というものを……。


「もちろん、我々もあなたの『お願い』なんて聞く気はありません。藤本和幸には会わせませんよ」


 根津さんは私のすぐ目の前まで来て立ち止まると、蔑むような、同情するような笑みを浮かべた。


「会わないほうが、あなたのためでもある。良い思い出だけ残しておいたほうが幸せというものでしょう」

「なにを言ってるんです? 会わないほうがいいなんて……そんなことあるわけない! たとえ、彼がどんな状態だって、私は──」

「じゃあ、聞きますが……いつも首に提げておられた十字架のネックレス、ありましたよね? あれは、藤本和幸からのプレゼントだったんじゃないですか?」


 私はぽかんと口を開けて、固まってしまった。

 いきなり、なに? どうして、あのネックレスの話が出てくるの? 確かに、あれはプレゼントだ。でも、和幸くんからのではなくて、曽良くんからもらったもの。カインの皆からのお守りだ、て言われて……。

 でも、だから、なんだって言うの? 気を逸らそうとしているんだろうか。


「あのネックレスが、何の関係があるっていうんですか? 話を逸らさないでください」

「そうですね、言い方を変えましょう」憐れみの色を浮かべたまま、根津さんはじっと私を覗き込んできた。「爆弾と盗聴器付きのネックレスなんて、どこで手に入れられたのですか?」

「は……い……?」


 爆弾と盗聴器? なんのこと?


「前田さんが病院を抜け出されたあと、椎名望が少しですが言葉を発せられるようになったんですよ。それで、徐々に爆発の顛末が分かってきたんです。藤本和幸がどうやって爆発物を持ち込んだのか、もね」

「何を……おっしゃろうとしているのか……」


 身体が震えていた。

 おかしいと思ってた。どうして、彼が爆弾なんて持っていたのか。彼はあのとき、カインじゃないはずだった。ただの高校生のはずだった。そんな彼が、爆弾なんて持っているはずない。

 でも、まさか……まさか、そんなわけない。


「もうお分かりですよね?」根津さんはフッと笑み、その大きな手を私の肩に乗せた。「あの日、あなたが藤本和幸に預けたあのネックレス。あれには、盗聴器と爆弾が仕掛けてあったそうです。彼はアレを使って、他のカインと連絡を取り、頃合いを見計らって椎名望もろとも死のうとしたんです」

「そんなわけない!」


 思わず、私は声を張り上げ、根津さんの手を払いのけていた。


「あのネックレスは、お守り……いつも、身につけてて、て言われた。お守り、だから……カインの皆が……私に贈ってくれた大事なお守り……だから……」


 すっかり、動揺していた。うまく言葉が出てこない。

 違う、違う、と心の中で必死に言い聞かせても、その声に説得力はなかった。どこかで納得してしまっていた。筋が通ってしまう。なぜ、私を嫌っていたカインの皆が、急に私にお守りなんて渡してくれたのか。てっきり、私の気持ちが通じたんだ、と思っていた。でも、あれは──あの十字架は、私を裁くためのものだったんだ。カインの皆は、私を信じてなんてくれていなかったんだ。曽良くんは……私を殺そうとしていたんだ。


「違う!」


 勝手に納得していく心を止めたくて、私は悲鳴をあげていた。

 そんなわけない。曽良くんは友達なんだ。爆弾なんておそろしいものを私に渡すはずがない。カインの皆だって、いくら『無垢な殺し屋』と呼ばれていても、皆、家族想いで優しい人たち。皆、私を信じてパーティーにも集まってくれた。私を和幸くんの恋人として認めてくれたんだ。疑うなんて失礼だ。カインが、大切な家族の──和幸くんの恋人を殺そうとするはずない。

 そうだ、全部嘘だ。私を惑わして、また利用しようとしているんだ。騙されちゃだめ。私は和幸くんを信じる。和幸くんだけ信じていればいい。


「ショックなのは分かりますが、残念ながら事実です。受け止めて……」


 まるで慰めるような根津さんの言葉を、私は「嘘です」とすっぱりと遮った。


「もし、仮に……あのネックレスに爆弾が仕掛けられていたとして、和幸くんがそれを使って死のうとしたなんてあり得ません! だって、和幸くんが爆弾のことを知っていたはずはないんですから。もし、知っていたなら、そんなものを私につけさせておくはずない。彼がそんなこと赦すはずがない。

 だから、あなたの話は嘘です。あのネックレスは、カインの皆が、家族の証として贈ってくれた大事なお守りです! 盗聴器も爆弾も、そんなもの仕掛けられてなんかいない」


 早口でそう言い切り、睨みつける私に、根津さんは臆するどころか面倒そうにため息吐いた。


「カインからもらったんですね」なるほど、と言いたげにつぶやいてから、根津さんはスーツの上着の内ポケットへと手を伸ばした。「あなたが暴れるようなことがあれば、これを聞かせればいい、と本間先生に言われて預かってきたんですが……ここまで熱く彼への想いを語られてしまうと、躊躇っちゃいますね」


 躊躇いなんて感じさせない軽い口調でそう言って、根津さんが取り出したのは、ICレコーダーだった。


「これは前田さんにも伏せていたことなのですが……爆発現場から、このICレコーダーが見つかったんですよ。どうやら、椎名のものらしいのですが、なぜ、こんなものを録音していたのか」

「望さんのレコーダー? それが、私となんの関係が……」

「まぁ、聞いてみてください。ご自身の耳でちゃんと聞かれたら、受け止められるでしょう」


 根津さんは憫笑を浮かべ、ICレコーダーのボタンを押した。

 ザザッと雑音が流れ出したと思ったら、すぐに声が聞こえてきた。どこか緊張しているような固い声。いつもと感じは違うけど、それでも私にはすぐ分かった。よく知っている声だから。すぐ耳元で聞いたことさえある声だから。

 久しぶりに耳にしたその声に、愛おしさが胸の中から溢れ出るようだった。


「和幸く──」

『本間カヤに近づいたのは、国家公安委員会委員長である本間秀実を殺すためだ』


 私の心は一瞬にして凍り付いた。まぎれも無い和幸くんの声で語られたその言葉によって。

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