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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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残酷な真実

 和幸くんが、明日殺される——それが分かっても、私には何もできない。

 立つ気力も湧かず、座り込んだまま、私は呆然としていた。


 「和幸くんを助けたい気持ちは分かりますし、手助けもしたいと心から思います」傍らでしゃがみながら、前田さんが言いづらそうに切り出した。「でも、彼は今、食事も自力でできません。点滴で栄養を取っているような状態です。もし、万が一、彼を助け出せたとして、カヤさんだけで彼を匿うなんて無理です。そもそも、病院から連れ出したことで、彼の容態が悪化することだって考えられます。本間の手から逃れられても、和幸くんの命を危険に晒すことに……」

 「分かってます!」


 思わず、声を荒らげていた。

 一生懸命、私を説得しようとしてくれているのは分かる。でも、これ以上聞いてはいられなかった。前田さんの言っていることが正論すぎて……。

 そう、私に和幸くんは救えない。たとえ、和幸くんを病院から連れ出せたとしても、私に和幸くんの意識を戻すことはできない。そんな奇跡を起こす力は私にはない。そもそも、意識のない彼をどうやって病院から連れ出すの? 一人で彼を担いで、監視の目をかいくぐる? 仮にそれができたとして、どこに逃げるの? 私には頼れる人もいない。帰る場所もない。私には世界を滅ぼす力しかない。そんな私がどうやって和幸くんを救えるというの?

 無謀なんてものじゃない。不可能だ。私に、和幸くんは救えない。


 「どうして……どうして、こんなことに……」


 たまらず、私は顔を手で覆った。


 「いったい、なぜ……なぜ、和幸くんが? どうして彼が爆弾なんか……誰が彼にそんなものを持たせたんですか!?」


 それを聞いてどうするつもりなのか、自分でも分からなかった。でも、どうしてもはっきりしたかった。知っておきたかった。誰が和幸くんの命を狙ったのか。

 でも、答えはすぐには返ってこなかった。不審に思って顔を上げると、前田さんがこちらを不思議そうに見ていた。


 「誰がって……どういうことですか?」

 「誰かが、和幸くんの命を狙ったんでしょう!? それが誰だったのか、知りたいんです」

 「和幸くんの命を……?」と、前田さんは顔をしかめた。「なんで、そう思うんですか?」

 「他に何があるんです? 誰かが和幸くんを殺すため、彼に爆弾をしかけたんです。そうでもなきゃ、和幸くんが爆弾なんて持っているはずがない!」


 前田さんは黙り込んでしまった。なぜ答えに詰まっているのか、私には全く分からなかった。何かを隠しているんだろうか。

 ざわっと胸騒ぎがして、私は前田さんに詰め寄っていた。


 「教えてください! 誰が和幸くんを傷つけたんです!?」

 「和幸くんです……」


 前田さんはぽつりとつぶやくように言った。


 「はい?」と私は聞き返した。「和幸くんが……なんですか?」

 「爆弾は、和幸くん自身が持ち込んで、彼の意志で起爆したんです。その場にいた椎名望もまだ喋れる状態じゃなくて、詳しいことは分かっていませんが……状況から見て、間違いないそうです」

 「なに……言ってるんですか? それじゃ、まるで……」


 違う。そんなわけがない。

 私は口にしそうになった言葉を飲み込んだ。


 「嘘を吐かないでください!」

 「嘘じゃありません」

 「和幸くんが爆弾なんて持っているはずがないんです!」


 和幸くんはカインを辞めた。銃も手放し、家族とも別れ、私と日向の世界で生きることを決意してくれた。本間秀実の罠にはまり、拘束されたあのとき、彼はただの高校生だった。そんな彼が、なぜ爆弾なんて持っていたというの?

 納得できない。

 

 「誰かが、和幸くんを騙したんです! 罠だったのかもしれない! だから……」

 「カヤさん!」取り乱す私の腕を掴み、前田さんは力のこもった眼差しで私を見つめた。「和幸くんは自殺を——」

 「やめて!」


 悲鳴のような声が飛び出していた。

 全身からすうっと力が抜けた。


 「違う……そんなはずない……そんなはずない……」


 頭を垂らし、うわ言のように私はそう繰り返していた。


 「カヤさん」


 心配そうな前田さんの声がした。私は顔を上げることもできなかった。ただ、絨毯が敷かれた床を見つめていた。

 果てしない虚無感に襲われていた。光のない真っ暗な世界に、たった一人だけ残されてしまったようだった。


 「とりあえず、今は逃げましょう。もう他に、できることなんて……」


 申し訳無さそうに、前田さんがそう言いかけたときだった。

 部屋の入り口の向こうから「きゃあ」と悲鳴のようなものが聞こえた。「危ないわね」と怒鳴る声が聞こえて、複数の足音が迫ってくるのが分かった。

 嫌な予感がした。


 「まさか……」


 前田さんが立ち上がり、そうつぶやいた。その顔は青ざめ、緊張の色が浮かんでいる。


 「カヤさん、どこかに隠れていてください」

 「隠れる?」

 「すみません」と、前田さんは自嘲気味に苦笑した。「僕がつけられていたようです」


 次の瞬間、扉を打ち破らん勢いでノックする音が聞こえて来た。「前田さーん」とどこかからかうように呼ぶ男の声が続く。


 「勝手に病院出ちゃダメですよ。まだ完治されてないんですから」


 緊張感のない声だった。この状況をおもしろがっているような感じすらする。


 「僕を連れ戻しにきたんでしょう」前田さんは小声で言った。「カヤさんがここにいることはまだ知られていないかもしれません。とにかく、隠れてください」

 「でも……前田さんは?」

 

 前田さんはにこりと微笑んだ。緊張は隠せていなかったけど、なんとか私を安心させようという優しさが見て取れた。


 「和幸くんのこと、伝えられてよかったです。罪滅ぼしにもなりませんが……」


 きっと表情を引き締め、前田さんは扉のほうを睨みつけた。


 「出世のために媚びを売ることしかしてこなかったんです。最後くらい、格好つけさせてください」

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