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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
322/365

女子高生

 学生向けの賃貸マンションが連なる一角で、一台のセダンが停まっていた。暗がりで、チカチカとハザードランプが路地を照らしている。

 助手席のドアが開くと、すらっと長身の男が降りて、「じゃあな」と車の中に向かって言った。


「送ってもらって悪かったな、長谷川。大変なときに」

「帰り道だ。気にするな」


 つっけんどんにそう言ってから、正義は訝しそうに嵐を見上げた。


「それより、あっさりと帰ってくれるとは思わなかったな。てっきり、ついてくると駄々をこねるかと心配していたが」

「俺が行っても話が余計に進まなくなるだけだろう。邪魔になるだけなら、行かないさ」閉じかけたドアによりかかり、嵐は皮肉そうに苦笑した。「そりゃ、興味はあるけどねぇ」

「意外と物分かりのいい奴だったんだな」

「見直してくれた?」

「じゃ、また明日な」


 嵐の戯言をさらりと無視して、正義はハンドルを握った。嵐は面白がるようにくつくつ笑ってからかうように言う。


「本間のお嬢ちゃんから何か聞きだせたら、教えてくれよな」

「ああ、教えてやるよ」顔を前に向けたまま、正義は射るような眼差しを嵐に向けた。「お前のクローンのことを教えてくれるならな」


 その瞬間、嵐の顔色ががらりと変わった。目は見開かれ、へらへらしているだけだった口元はぎゅっと引き結ばれている。そんな彼の様子に何かを納得したように、正義は「やはりな」とつぶやいた。


「安心しろ。本気で知りたいとは思ってない」

「バレてたか」観念したのか、参ったな、と嵐は鼻で笑った。「これでお互いさま、てわけか」

「隠す気あったのか? 態度に出すぎだろう」

「それだけ、まだ引きずってんのかな」

 

 他人事のように嵐はつぶやいた。その目は暗い路地に向けられていた。哀愁を漂わせて……。


「お前に一つ、言っておくわ。経験者としてな」


 急に真面目な顔つきになり、嵐は姿勢を正してドアから一歩離れた。


「俺たちにとってはクローンでも、誰か他の奴にとってはかけがえのないたった一人の存在だってこと、忘れるなよ」

「なんだ、急にそんな……」


 正義の問いを全て聞くことなく、じゃあな、と嵐はドアを閉めた。一方的に会話を断たれてムッとした様子の正義に、窓越しに手を振る嵐。その顔には、彼らしい緊張感のない笑みが戻っていた。

 正義の車が走りだすのを見届けて、嵐は背後の六階建てのマンションへ体を向ける。ポケットに手をつっこみ、鍵を取り出すと、エントラスへと続く三段ほどの階段へと足をかけた。

 そのときだった。

 急に、嵐は後ろから腕をつかまれた。階段を踏み外しそうになりながらも、なんとか踏みとどまって、嵐は血相変えて振り返った。


「なに、するん──」

「すみません、追われてるんです」


 そこには、セーラー服姿の女子高生が立っていた。

 肩を上下させ、息を荒くし、嵐の腕をつかんだまま、じっと不安そうに嵐を見上げている。まるで、人形のような──そんな比喩がしっくりとくる少女だった。ハーフだろうか、ニホン人離れした彫りの深い顔立ち。薄茶色のくりっと大きな目。傷一つない白い肌。すっと通った鼻。その形も大きさも配置も全て計算しつくされているような、ぞっとするほどの洗練された美があった。

 その美しさに圧倒されたのか、嵐はぽかんとして固まっていた。


「あの」と少女は嵐の顔を覗き込んだ。「助けてもらえませんか?」

「え、あ、はいはい。なんでしたっけ?」


 ようやく我に返ったようで、嵐は慌てて訊ねた。


「追われてるんです」と、彼女はちらりと背後を一瞥して押し殺した声で言った。

「なるほど。お忍びで城を抜け出したお姫様が家来に追われているんですね」


 騎士でも気取っているのか、嵐は右手を胸に当ててぺこりと頭を下げた。


「いえ、ストーカーです」


 口説いているようにも取れる嵐の冗談を、少女は冷静にあしらった。


「ストーカー?」

「迷惑でなかったら、少しの間、匿ってもらえませんか? パパに電話して、迎えに来てもらおうと思ってるんです。その迎えが来るまででいいので」

「ああ、いいよ」


 考える間すらなく、あっさりと嵐は承諾した。


「いいんですか?」

「ストーカーに追われてる女の子、放っとけるわけないでしょ。それに、君みたいなかわいい女子高生が部屋に来てくれるって言って、断る男はいないよ」嵐はニッと得意げに笑った。「あの長谷川だって、断れなかったんだ」

「長谷川?」

「大学の同期でさ、そいつも超かわいい女子高生を預かってるんだよ」

「へえ」


 興味がないのだろう、少女は気のない返事をした。


「って、んなこと話してる場合じゃねぇよな。さっさと行こうか」


 慌ててあたりを見回し、嵐は少女の背中に手を回した。ふわりと少女のウェーブがかった黒髪が嵐の手に触れる。


「そういや」少女をエントランスへと案内しながら、嵐は思い出したように訊ねた。「俺、斎藤嵐ね。君は?」

「砺波」


 少女はぽつりと言った。


「となみ? 珍しい名前だね」

「いい名前でしょう」


 砺波はにこりと嵐に微笑みかけた。愛くるしいアヒル口をぱっと開いて。無垢な少女らしく、無邪気に──。

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