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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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災いの人形

「なにいってんだ、お前?」


 ここに来て、こいつにのこのこついてきたのは間違いだったのではないか、と思い始めた。あの妙な剣のせいで、変な好奇心でここまで来てしまったが、あれがトリックでこいつがただのキレた野郎だとしたら……。

 ふと、ある考えがうかんで、俺は思わず立ち上がった。


「お前がカヤのストーカーか!」

「はあ?」


 そうだ。あの騒ぎのあと現れたのはロウヴァーだった。あの大掛かりなイタズラがこいつがしかけたものだったとしたら、剣のトリックだって前から仕込めたはずだ。


「初めて会ったときから怪しいとは思ってたんだよ」

「ちょっと待って。ストーカー? 何の話?」


 ロウヴァーは半笑いで言った。


「とぼけるな! あの呪いまがいのイタズラも、全部お前がしかけたんだろ」

「オレじゃないよ。それは、エミサリエスの仕業」

「……エミサ? なに?」

「ちなみに、イタズラじゃない。ほんとうの呪い、さ」


 ロウヴァーは得意げに言って、落ち着いた様子で紅茶を飲んだ。


「……本当に、お前はストーカーじゃないのか?」

「違うよ。オレはそんなに暇人じゃないし」

「……」

「それに……ただのストーカーが、自分の『生い立ち』をわざわざあなたに話すと思うの?」


 そこをつかれると、弱いな。

 実際、こいつが俺と同じ『創られた子』であるかどうかは定かじゃない。俺を味方にひきこむための作戦かもしれない。

 だが……ロウヴァーの落ち着きようといったら、興奮して立ち上がった俺がアホみたいにうつるほどだ。これで嘘をついているのだとしたら、こいつは超一流の詐欺師だ。

 確かに、殺気も感じられないし、もう少し話を聞いてみるか。俺はまたソファに座った。


「じゃあ、カヤを殺すってなんなんだよ?」

「オレの運命さ。言ったでしょ。オレは『ルル』の味方だ、て」

「ルル、てなんだ?」

「君たち、人類のこと。神は、『ルル』と呼んでいる」

「……」


 なんなんだ、こいつの話は? やっぱり、まじめに相手にするのが間違いなのか? 神だなんだ、と……狂信者か? それに、『君たち、人類』って……その言い方だと、まるで——。


「まるで、自分は人間じゃない、て言っているようだな」


 ロウヴァーはクスっと笑った。


「オレは、神の血をひいている……といったら、笑う?」

「……は?」


 返す言葉が見つからない。こいつ、頭が狂ってるとしか思えない。


「神の血だと?」

「ちょっと、昔話をさせてもらっていいですか?」ころっとロウヴァーは微笑んだ。「長くなりますけど、聞いてみてください」

「……わかった」

「遠い昔……あなたたちが『神』と呼ぶものたちは、『ニビル』という名の宇宙船に乗ってこの地球に来ました。そのときは、地球には生物は存在してなかった。『神』はこの星を気に入り、暮らし始めた。

 彼らには『メ』と呼ばれる特別な力があった。『神』の力、てやつだね。彼らはその偉大な力で、ここに世界を創り始めることにしたんだ。

 そんなとき、エンキという『神』が、新しい種族を創った。それが、君たち人間……『神』はこれに『ルル』と名づけた。

 だが、『ルル』は繁殖を続けていくうちに、だんだんと神々の邪魔になっていった。神々の中には、『ルル』を忌み嫌うものも現れ、ついに、『エンリル』という神が『ルル』を滅ぼそうとし始めた。

 飢餓や病気、そして最後には……『エンリル』は大洪水までおこした。それは、地球全てをのみこむほどの大きなもので、今度こそ『ルル』は滅びたと思われた。

 だが、『ルル』は絶滅しなかった」


 いつのまにか聞き入っていた。馬鹿馬鹿しいと思いながらも、ロウヴァーの話しに引き込まれていた。

 ロウヴァーの目は真剣そのもの。そして、目の奥に不思議な輝きがあった。

 気のせいかもしれない。だが……俺の心の中に、こいつを信じなければいけない、という使命感がどこからか生まれていた。それは、不思議な感覚だった。

 ロウヴァーは俺の様子を伺うことなく、続きを語り始める。


「なぜ『ルル』は生き延びたのか——『ルル』を創った『エンキ』が、『エンリル』のたくらみを知り、お気に入りの人間に知恵を与えて助けていたからさ。つまりは、チクってた、てことだね。

 その人間の名は『アトラハシス』。彼とその家族は、最後の洪水も生き残った。『エンキ』のおかげでね。だが……これに怒ったのが『エンリル』。『エンキ』と『エンリル』は腹違いの兄弟だが、人間に関しての意見の相違で仲が悪かった。

 『エンリル』は、『ルル』を滅ぼしたい。『エンキ』は、『ルル』を守りたい。

 二人は平行線。

 そこで、神々は、ある取り決めをした。

 今後もし、『ルル』が救いようのないほどに落ちぶれた種族になったのなら、『エンリル』は、好きにこれを滅ぼしてもよい、と。ただし、それまでは、『エンリル』は手出しをすることはならない」

「……なんの神話だよ、それ?」


 俺はたまらなくなってそう訊ねていた。半笑いを浮かべて、バカにした素振りを見せたものの……内心では、この話が事実なのではないか、という気持ちが生まれていた。ロウヴァーの自信たっぷりの口調と、真剣な表情が俺にそう思わせていたのだ。


「神話じゃない。歴史だよ。この星……エリドーのね」

「エリドー?」

「そう。神々は、この星をエリドーと名づけ、『ルル』に与えたんだ。そして、宇宙船『ニビル』でまた旅立った。神々の王である、『エンキ』と『エンリル』の子孫を残してね」

「子孫だ?」

「ヒエロスガモスという儀式がある。女神と人間の男との聖なる結婚だよ。『エンキ』の娘、『エンリル』の娘、それぞれ人間の男と結婚し、子供を生んだ」

「神さまと人間のハーフってやつか」

「そうだね」と軽く答えて、ロウヴァーは頷く。「『エンキ』と『エンリル』は、その二人の子供を『ルル』の王に据えて、エリドーを去ったんだ。二人の王は、遠い宇宙を旅する『エンキ』と『エンリル』に、それぞれエリドーの様子を伝える連絡係になった。『エンキ』の血をひく一族の名は『マルドゥク』。『エンリル』の血をひく一族の名は『ニヌルタ』。ふたつの一族は永遠に対立する運命になった」

「まさか、お前もその一族っていうんじゃ……」

「正解。オレの本当の名は、リスト・『マルドゥク』・ロウヴァー。れっきとした、カミサマの子孫さ。……もちろん、オレのオリジナルが、だけど」


 ロウヴァーは複雑な表情を浮かべた。確かに、変な話だ。こいつの話が本当だとして……ロウヴァーは神の一族がテクノロジーで『創った』子供。それは、許される行為なのか? 人間が人間を創る……それは、神の怒りをかう行いだ、と信じられている。そんな禁忌に神の一族が関わったっていうのか?


「とにかく、話をもどすね」


 ロウヴァーの表情は、へらへらとした笑顔にもどっていった。


「オレの一族『マルドゥク』と、『ニヌルタ』の一族は、神々がエリドーを去ってからずっと、こちらの様子を伝えてきたんだ」

「……チクり魔だな」

「うまい言い方だ。その通りさ。王の一族は代々、その役を受け継いでいった。神々は、宇宙のどこかで常にエリドーの様子を伺ってきたんだ。そうやって、判断してきた。『ルル』を滅ぼすべきか否か。そして……十六年と四ヶ月前、神々は決断した」

「?」


 十六年と四ヶ月前……? その細かい日数が気になった。ロウヴァーとは長い付き合いでもなんでもない。ついさっき会ったようなものだ。だが、分かる。こいつは細かい性格ではない。今までの話でも、ところどころアバウトだった。

 それなのに、約十六年前、といえばいいところで、四ヶ月前、と付け加えた。なにか、意味があるのか。


「『アトラハシス』が神々から預かったある箱に、『それ』は生まれた。『ルル』に滅びをもたらす『災いの人形』がね」

「災いの人形……?」

「そう、いうなれば……神様がエリドーに残した最終兵器。時限爆弾、といったところかな。『災いの人形』は、『ルル』を滅ぼすために、『パンドラの箱』から現れるのさ」

「パンドラの箱って……あの、神話にでてくる?」


 そうだ。聞いたことがある。パンドラの箱。確か、パンドラは女性の名前。神々に創られ、地上に送り込まれた人類の災い。美しい容姿と類まれなる才能、全てをかねそろえた完璧な女性。彼女に、神は『絶対に開けるな』と言い含めて、箱を与えた。だが、好奇心に負けたパンドラは開けてしまう。中には、飢餓や病気、あらゆる災厄がはいっていて、世界におそいかかったという。


「神話? あぁ、確かに、似たような話はたくさんあるよね。実話を元にした小説が尾びれ背びれをつけてベストセラーになるみたいに」

「……その言い方……神話がただの小説だっていうのか?」

「さあね。オレに分かるのは、あなたの知ってる『パンドラの箱』と、オレが言ってる『パンドラの箱』は別物、てことだけ」

「はっきり言い切るな」

「ただ……『パンドラの箱』の中身が、世界にとって脅威だってところは一緒だね」

「……その人形、一体なんなんだ?」


 ここまで聞いたら、止まれない。パンドラが好奇心に負けて箱を開けた気持ちがよく分かるな。


「『パンドラの箱』には、『アプスの粘土』という特別な粘土がはいっている。『災いの人形』はその粘土から創られるんだ。『生命の土』ともいわれる『アプスの粘土』から創られた人形だ。ただの土人形じゃない。姿も中身も『ルル』となんらかわりがない。意識もある。感情もある。本人も、自分が土人形だとは気づかない。『災いの人形』は、そうして十七年間、『ルル』として生活するんだ。普通の人間として。

 そして……十七年経つと、『パンドラの箱』の中に、『テマエ』と呼ばれる林檎に似た実が現れる。この日を、『収穫の日』と呼ぶ。『災いの人形』は、この『テマエ』を口にすることで、自分の正体、そして使命を思い出すんだ。自分が、この世界を滅ぼすために、神に創られた人形であることをね。同時に……ある詩を思い出す」

「ウタ?」

「終焉の詩、と呼ばれるものさ。これは、『ルル』にとっては、死刑宣告、みたいなものかな。この詩は……大昔に『エンリル』がエリドーに仕掛けた大洪水を起こらせるスイッチなんだ。つまり、『災いの人形』が『終焉の詩』を唱えた瞬間、『エリドー』に大洪水が起こるってこと」

「……」


 ロウヴァーの、こんなぶっとんだ話を信じようとしている自分に、俺は驚いていた。これが作り話なら、こいつは相当狂ってるか、才能ある詐欺師だ。

 だが……今夜、俺の身に起きたことを考えれば、神だなんだという話を鼻から笑い飛ばすことはできなかった。

 目の赤い女。急に崩れたベランダ。ロウヴァーのおかしな剣。俺が精神的に参ってしまったのかとも思った。それか、大掛かりな仕掛けだったのか、と。しかし……誰が得をする?

 なにより、信じなければならないような使命感がずっと増していた。不思議な力が働いている気がした。まるで、催眠術でもかけられているような気分だ。


「百歩ゆずって……」俺は声をしぼりだした。「全部、信じるとしよう。それで、その話とお前がカヤを殺すという話……どういう関係があるんだよ?」

「……鈍い人だな」


 ロウヴァーはくすっと笑って見せた。

 バカにするな。もちろん、感づいているさ。信じたくないんだよ。はっきりと、それを聞くまで信じたくないんだ。

 俺はぐっとこらえるようにロウヴァーの言葉を待った。


「神崎カヤこそ……神に創られた人形――『災いの人形』なんだよ」


 ロウヴァーは、ためらいもせずにそういった。

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