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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
319/365

オリジナル

 「『誰』って、どういうことです?」


 急に態度を変えたユリィに、わたしはぎょっとして振り返った。

 ついさっきまで親しそうに話しかけていたというのに、突然どうしたというの?


 「彼はパンドラの恋人……じゃないんですか?」


 青年をちらりと横目で見れば、彼は口を噤んで固まっているだけ。


 「瓜二つだけど、違う」ぽつりと、ニヌルタが答えた。「彼は、彼女のことを『パンドラ』とは呼ばない」

 「は?」と、つい、呆けた声が漏れてしまった。論理的な理由とは思えなかった。「そんなことだけで?」

 「彼にとって、彼女は『パンドラ』じゃなくて一人の人間だった。彼は絶対に彼女を『パンドラ』とは呼ばない。いや、呼べない」


 しんと通路が静まり返る。

 いつもぼうっとしているユリィの眼差しが真剣なそれに変わっていた。ひょろりとした痩身からは想像もつかない圧倒的な存在感。肌にひしひしと伝わってくるような彼のオーラは、彼がまぎれも無く神の子孫であることを証明していた。

 口を開くことが憚られるような緊張感が漂い、わたしもただ立ち尽くしていた。

 そんな沈黙を「だめだな」と暢気な声が唐突に破った。


 「よくわかんねぇけど、たぶん、へたこいたんだわ」長髪の男がへらっと気の抜けた笑みを浮かべ、「長谷川」と青年の肩を叩いた。「やっぱ、お前にはこういうのは向いてないな」

 「お前がやらせたんだろ!」


 カッと目を吊り上げ、ハセガワと呼ばれた青年は振り返った。


 「俺はこんな騙すようなことはするつもりはなかったんだ」

 「まあ、そうかっかするな、て。とりあえず、この子たちがお友達の秘密を知ってることは分かったじゃねぇか」

 「どういう意味だ、斉藤?」


 サイトウ、というらしいもう一人の青年は、ふっと不敵な笑みを浮かべて、わたしたちを見つめてきた。


 「いくら変なことを口走ったといっても、そっくりな人間を『別人だ』なんて思わない。そんな発想が出てくるはずはないんだよな。そいつが別にもう一人いることを知らない限りは」


 サイトウという彼に言われ、わたしもハッと気づいた。

 ユリィは彼をパンドラの恋人と『瓜二つ』だと言った。その上で、彼をパンドラの恋人ではない、と言った。

 そのとき、確信に近いイヤな予感がした。


 「ユリィ?」わたしはごくりと生唾を飲み込み、ユリィを見上げた。「まさか、パンドラの恋人も……」

 「そう」ユリィは静かに答え、茶色い瞳をわたしに向けた。「パンドラの恋人ーー藤本和幸も、クローンだ。先代マルドゥクと同じ」

 

 わたしは愕然として、言葉が出てこなかった。

 リストちゃんがリチャードおじいさまのクローンだったという事実もまだ受け入れられていないというのに。パンドラが愛した人間まで、よりにもよってクローンだなんて……。

 いったい、この裁きはどうなってしまっているの?

 ルルが創りしルルーーそんなものを、神が認めるとは思えない。それどころか、神の怒りを買う禁忌の存在。でも、ルルを守る騎士として神に仕えたリストちゃんはクローンで、そして、ルルを裁くべき神の人形は、クローンに恋をしている。

 リストちゃんは、どう思っていたんだろう。自分の存在を……。クローンでありながら、神の騎士として使命を負ったことを……。その矛盾を、どう受け入れいていたの? それとも、最期までその矛盾に苦しんでいたの?

 考えても答えはでないことは分かっている。その問いを投げかけたい相手はもういない。もはや、思考の中で疑問の波にもまれてもがくことしかできない。


 「藤本和幸、ね。それがお前のクローンの名前か」


 へえ、と感心したような声を出し、サイトウはハセガワをちらりと見やった。ハセガワはといえば、その視線を避けるようにそっぽを向き、億劫そうにため息吐いた。

 どうも、この二人からは温度差のようなものが感じられた。息が全く合っていない。親友、と言えるほどの阿吽の呼吸など全く感じられなかった。『無二の親友』だ、と言ったのも、嘘だったのだろうか。それとも、彼は本当にパンドラの恋人ーー藤本和幸の親友なのか。


 「君が、彼のオリジナルなんだね」


 ユリィが納得したような口調で訊ねると、ハセガワは観念したようにこくりと頷いた。


 「嘘を吐いてすまなかった。君たちがクローンのことを知ってるとは思えなかったから」

 「分かるよ」本心なのだろう、素直にユリィはそう答えた。「で、後ろの人は君の『親友』なの?」

 「あれも嘘だ」きっぱりと歯切れ良く、ハセガワは否定した。「こいつはおもしろがってついてきたただの知り合いだ。俺の親友でもなければ、藤本和幸の知り合いでもない。全くの無関係の野次馬だ」

 「失礼な」言葉とは裏腹にたいして憤慨する様子も無く、サイトウはにやにやしながら言った。「心配して来てやったんだろうが」

 「どうだか」

 「そんなことより、だ。藤本和幸って奴は留守なのか?」


 サイトウの言葉に思い出したようにハッとして、ハセガワは怪訝そうにわたしを見つめてきた。


 「そういえば、さっき、一週間も留守にしてる、と言っていたね。ずっと帰ってきてないのか?」


 オリジナルとはいえ、信用してもいいものだろうか。すぐに答える気にはなれず、返事を渋るわたしをよそに、「帰ってきてない」とあっさりとユリィが隣で答えた。

 ぎょっとするわたしに気づいているのか、気づいていないのか。ユリィは警戒心などまるで感じられない涼しげな表情で淡々と続けた。


 「オレたちもずっと彼の帰りを待っているんだ。でも、この一週間、まったく姿を見せてないみたいだ」


 どうやら、そんなクローンの行動に全く心当たりがないようで、ハセガワは啞然としてしまった。


 「行方不明、てことか?」

 「状況的にはそうなる。彼に緊急の用でもあった?」

 「いや、まあ……」とハセガワは表情を曇らせて口ごもった。「緊急と言えば緊急だが」

 「いねぇなら、仕方ねぇだろ。帰ろうぜ、長谷川」

 「いや、しかし……このまま帰るわけにも……」

 「一週間も帰ってきてねぇ奴を、このままここで待つつもりか?」


 これ以上、藤本和幸を待ったところで会える見込みはない。そんなこと、言われなくても彼も頭では分かっているのだろう。しかし、足が動かない……そんな様子だった。苦悶の色を浮かべて、じっと足下を見つめている。

 何か強い意志が彼を引き止めているようだった。 


 「いいから」と、そんなハセガワの肩に軽く手を置き、サイトウが脅しとも思える強い語調で囁きかけた。「帰るぞ」


 怪訝そうにしばらくサイトウを見つめて、ハセガワは「そうだな」と引き下がった。彼らの間に、無言のやり取りがあったようだった。今なら、『無二の親友』という嘘もすんなりと信じられたかも知れない。


 「何の用だったの?」


 去ろうとする二人の背に、ユリィはそう訊ねた。

 すると、二人は足を止め、顔を見合わせた。そして、「いや……」と困ったように頭をかくハセガワの隣で、サイトウが苦笑してこう答えた。


 「ま、オリジナルもいろいろと大変ってことさ」


 わたしもユリィも何も言えずに立ち尽くした。

 サイトウが残した一言は、ただはぐらかしているようでもあって、はっきりとした彼らの答えにも思えた。これ以上、わたしたちが何を訊ねようと答える意志はない、という宣言だ。


 「怪しいですね」


 二人が乗ったエレベーターの扉が閉じて行くのを見守りながら、わたしはそうぽつりとこぼした。


 「何か事情がありそうですが……パンドラの恋人の失踪に何か関わりがあるんでしょうか」

 「それにしては、彼がいないことにひどく驚いてたけど」そう言ってから、ユリィは左手の中指にはめた指輪を見下ろした。地球を思わせる青く澄んだ輝きを放つラピスラズリを撫でるようにさすり、「とりあえず、ラピスラズリの報告を待とう」

 「ラピスラズリ?」

 

 そういえば、いつもユリィの傍でちょこんと座っているシャム猫の姿が見当たらない。いつのまにか、どこかへ遣っていたようだ。


 「ラピスラズリに何を命じたのですか?」

 「あの二人の尾行」


 当然かのように、ユリィはさらりと答えた。

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