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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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クローン

 シルバーのセダンが停まったのは、六階建ての質素なアパートの前だった。大学が近いこともあり、学生アパートが立ち並ぶ一帯にひっそりと佇んでいる。

 

 「へ〜、ここがお前のクローンのお住まいねぇ」セダンの助手席から降り、斉藤はアパートを見上げた。「なんつーか……普通だな」

 「何を期待してたんだ」


 遅れて降りてきた正義は、冷たい視線で斉藤を一瞥し、さっさとアパートへと歩き出す。


 「路駐していいのか? 切符切られるぞ」


 街路にぽつんと取り残されたセダンを指差し、斉藤は正義に訊ねるが、正義は振り返りもしなかった。辺りは静まり返り、二人の距離もそう遠くはない。確実に聞こえているはずだ。意図的に斉藤の言葉を無視したに違いなかった。しかし、斉藤は気分を害した風でもなく、何か確信したようにふっと笑み、正義の背を追った。


 「緊張してんの?」


 駆け寄った勢いのまま、正義の肩に腕を回し、斉藤はちゃかすように訊ねた。


 「やっぱり、つれてくるんじゃなかった」


 斉藤の腕を振り払うこともせず、正義はげんなりとした表情でぼやいた。

 カヤではなく、カヤの恋人に話を聞こう——そう提案したのは斉藤だった。しかし、カヤの恋人というのは正義のクローンであり、正義にとっては顔も合わせたくない相手だ。会ったところでまともに会話ができるかも怪しい。しかし、カヤが銃を持ち出し、斉藤を脅した時点で、このまま何もせずにカヤを匿うという選択肢は無くなっていた。

 結局、斉藤に論破されるかたちで、こうしてクローンのもとへと赴くことになったのだった。どうしても着いてくると言って聞かない斉藤を伴って……。 


 「何があっても知らないからな」


 郵便受けが並ぶエントランスで、正義は足を止め、脅すような目で斉藤を睨んだ。


 「俺のクローンだと言っても別人だ。住んでいる世界が違うと言ってもいい。俺らの常識は通じない」


 すると、斉藤はくつくつと笑い出し、正義の肩から腕を離した。


 「当然のことをなにしたり顔で言ってんだよ。クローンと友達になりたくて来たわけじゃねぇっての」


 肩まで伸ばした髪をさらりとなびかせ、斉藤は正義を置いてエレベーターへと向かう。

 正義はそんな斉藤の背を訝しげに見つめ、「そういえば」とおもむろに切り出した。


 「はっきりと理由を聞いてなかったな」

 「なんの?」


 のんびりとした口調で訊ねて、斉藤はエレベーターのボタンを押した。エレベーターが動き出す低い音が響きだし、表示板のライトが点滅を始めて下へ降りてくる。


 「なんで、そこまで俺のクローンに会いたがるんだ?」

 「乗りかかった船だ、つったろ。こっちは殺されかけたんだ。事情くらい知る権利はあるだろ」


 それは、斉藤がずっと主張してきたことだった。そして、ついてくると言い出した斉藤を正義が強く拒否できなかった理由でもある。カヤのことやクローンのこと、すでに斉藤には正義にとって不利な情報を知られすぎていた。そんな状況で斉藤の機嫌を損ねるようなことは、正義にはできなかった。


 「事情を知って、どうするつもりなんだ?」

 「そう警戒するなって。本間のお嬢様のことも、クローンのことも、俺の胸の内に秘めるからよ」


 やがて、表示板の一番下のライトが点灯し、エレベーターの扉が開いた。斉藤はひょいっと乗り込み、くるりと身を翻す。


 「で、何階だ?」


 クローンだけでも厄介なのに、いまいち狙いが読めない斉藤まで着いてきて、正義の顔色は悪くなるばかりだった。斉藤とクローンを会わせて、状況が好転するとは思えない。嫌な予感しかしない。しかし、斉藤を丸め込む策が思いつくわけでも無く、すでにカヤやクローンの存在を知られてしまった今となっては、斉藤の言いなりになるしか正義に道はなかった。


 「三階だ」


 張りの無い声で答え、正義は重い足取りでエレベーターに乗り込んだ。ボタンを押す斉藤を横目に壁によりかかり、諦めたようにため息つく。


 「まあ、あいつが俺の話を信用するとも思えないしな。第三者がいてくれたほうが、話になるかもしれない」自分を納得させるようにつぶやき、正義は閉じていくエレベーターの扉を覚悟を感じさせる力強い眼差しで見つめた。「二人して殺されなければいいが」

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