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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
315/365

手がかり

 眠っているさくらをベッドに横にし、ふとんをかけてやると、正義はようやくほっとしたようにため息吐いた。


 「まさか、銃を持ち込んでたとは……」


 暗がりの中、ひとりごちて、ポケットからあるものを取り出す。少しだけ開いたドアの隙間から漏れ入る光を反射して、正義の手のひらの上でそれはキラリと金色の光を放つ。渦を巻いて空気を貫く鉄の塊——銃弾だ。

 汚い物でも見るかのような嫌悪の眼差しでそれを見つめ、正義はポケットにしまった。


 「銃は取り上げられなかったんだな」


 ぬっと影が正義の足下に伸び、背後から押し殺した声がした。

 正義は億劫そうに振り返り、ドアの隙間からこちらを伺う人影に迷惑そうな眼差しを向けた。


 「銃だけは持っていたいそうだ。どうしても、手放せないと言われた」


 さくらの部屋を出て扉をそうっと閉めると、正義は小声で答えた。


 「銃弾、隠し持ってるんじゃねぇの?」

 「それはない……と思う」


 自信無げに言ってから、正義は嵐をじとっとねめつけた。


 「リビングで待ってろ、と言ったはずなんだが」


 すると、嵐はちらりと背後のリビングのドアを一瞥し、わざとらしく首を横に振る。


 「あんなしみったれた空気の中じゃ、俺は息もできねぇよ。お嬢様はケータイ見つめて何もしゃべらねぇ」

 「いつものことだ」と、心労もあらわに正義はため息ついた。「うちに来たとき、持っていたのはあのケータイだけだった。まあ、銃も持ち込んでいたみたいだが……」

 「女子高生にとっては、ケータイは全てだからな。銃と同じくらい大事なんだろ」

 「だが、ぼうっと見てるだけで、いじるわけでもない。正直、何のために持っているのかも疑問だ」

 「誰かからの電話を待ってんじゃねぇの?」

 「そう訊ねたが……電話をかけてくるような人はいない、と言われた」


 嵐は気味悪そうに眉をひそめた。


 「やっぱさ、いかれてるんじゃねぇの?」急に声を落として、嵐は正義に耳打ちした。「本間のパパに連絡して、引き取ってもらえ」

 「できるか!」

 「そもそもな、銃を持ち込むような女を、このまま居候させておくのか? 娘が心配じゃないのかよ?」


 正義はハッとして、言葉を失った。渋面を浮かべ、さくらの部屋を横目で見る。

 正義が娘の身の安全を懸念していることは明らか。だが、それでも、正義は「そうだな」と素直に応じることはなかった。


 「決して、本間の家には連絡しないでほしい、と頼まれた。約束を破るわけにはいかない」

 「俺はお前の部屋に上がっただけで、殺されかけたんだぞ。どんだけ狂った女を匿ってるのか、分かってんのか?」

 「彼女はこんなんじゃ無かった。今の彼女はまるで別人だ」

 「だから」と、焦れったそうに、嵐は髪を掻きむしった。「頭がおかしくなっちまったんだろ。今、彼女に必要なのはお前の同情じゃなくて、ちゃんとした治療だ」

 

 嵐の主張に異論は無いのだろう、正義は苦渋の色を浮かべて押し黙った。


 「本間の家で何かイヤなことがあったんだろう。養女だから、いろいろとあるさ。けどよ、だからって、家出していいわけじゃないだろ。本間のおっさんだって心配してるはずだ。今のところ、捜索願を出したとかそういう話は聞いてねぇが、もし、誘拐事件だと思われてたらどうすんだ?」


 一息で言い切ってから、嵐はすうっと息を吸い、脅すように付け加える。


 「分かってんのか? お前が預かってるのは、大臣の娘だぞ」

 「分かってる!」正義は吐き捨てるように答えた。「だが、彼女は……知り合いの大切な人でもある。お前が思っているように簡単にはいかない」

 「知り合い……って、彼女の元カレか」

 「元カレ?」

 

 当然のように嵐が口にしたその言葉に、正義は眉を顰めた。


 「なんで、元カレなんだ? 八重は俺に似た『恋人』としか言ってなかったよな?」

 「知らねぇのか? 本間のお嬢様には、婚約者がいんだよ。お前には似ても似つかない絵に描いたような美男子のな」

 「婚約者!?」

 「その婚約者とも別れたみたいだけどな。こうして、お前のところに駆け込んで来たわけだから」

 「なんで、お前、そんなに詳しいんだ?」

 「見たからだよ。お前のクローンが、その婚約者を殴り飛ばすとこをな」

 「殴り飛ばした!? いったい、なにが……」言いかけ、正義はぎょっとして嵐を見上げた。「今……?」 


 すると、嵐は得意げに鼻で笑った。


 「そこまで驚くなよ。俺も一応、政治家の息子だぜ。トーキョーのもう一つの顔くらい知ってるよ。クローンくらいで騒ぎゃしねぇさ」

 「なんで、俺のクローンの存在を……!?」

 「言っただろ。見たんだって。『フィレンツェ』のパーティでな」

 「『フィレンツェ』って、オークション会場の?」

 「俺はオークションには興味なかったんだけど、本間のお嬢様には興味あってね。がらにもなく、パーティに出てみたんだが、そこで見たんだよ。お前によく似た奴が、お嬢様の婚約者を殴り飛ばすとこをな」

 「なんで、クローンだと分かったんだ? 似てるだけだろ」


 嵐の説明に納得がいかないようで、正義は猜疑心をむき出しにして訊ねた。

 クローンの存在は、本人にとっても、政治家である正義の父にとっても、命取りになるスキャンダルだ。同じ政治家の息子である嵐にそれを知られたとなっては、正義がナーバスになるのは当然だった。

 しかし、嵐はといえば、まるで緊張感を感じさせない態度で、近所話でもするかのようにぺらぺらと語りだした。


 「双子にしては歳が離れてるようだったし、他人のそら似しては似過ぎ。ドッペルゲンガーよりはクローンのほうが、このトーキョーじゃ可能性が高いし。あとは……」嵐はにんまりと笑み、正義を指を指す。「お前の反応で確信したわけ」

 「かまかけたのか」

 「ほぼ確信してたけどな。念のため」


 己の失態を悟り、正義は頭を垂らして重いため息をつく。その様子をおもしろがっているようで、嵐はクツクツと笑った。


 「学食で八重の話を聞いたとき、まさかとは思ったんだが……本当に、クローンの恋人を預かってるとはな。クローンと仲良しなわけ?」

 「まさか」もう開き直ったのか、正義は苦笑して答えた。「殺されてもおかしくないほど恨まれてるよ」

 「殺される、ね。そりゃそうか」

 「これでお前に二つも弱みを握られたわけだな」

 

 皮肉そうに言う正義に、嵐は不快そうに顔をしかめた。

 

 「クローンだって一人の人間だ。お前の弱みとして利用するようなことはしねぇよ」

 「驚いた」正義は目を丸くして、嵐をまじまじと見つめる。「お前がそんな分別のある奴だとは思わなかったよ」

 「そんなんじゃねぇよ」


 どこか沈んだ声で言ってから、嵐は「それより」と背後のリビングへ視線をやった。


 「お嬢様が言ってたことが気になる。誰かが殺された、とかなんとか……。お前、何か聞いてるか?」

 「いや」と、正義は弱々しく否定した。「気になることを言ってはいたが……ひどく取り乱してたから、まともに受け取っていいのかどうか」

 「確かにな。俺も、フッた女に死んだって言いふらされたこともあったからな。別れたショックで、あることないこと口走っている可能性もなくもない」

 「俺のクローンと別れたショックか? それとも、その婚約者と別れたショックか?」

 「こうして、お前のところに来たんだから、お前のクローンと別れたショックじゃねぇの」

 「婚約者はどうなったんだ?」

 「俺に聞くなよ」

 「『フィレンツェ』でのケンカはなんだったんだ?」

 「俺は遠くから見てたから、会話までは聞こえなかったな。状況からして、三角関係のもつれ……てとこじゃねぇ?」

 「今回の家出と関係あるんだろうか」

 「あるとすれば……」と、探偵を気取るように、嵐は顎に手を置いた。「本間のおっさんはオークション好きで知られてる。ああいうパーティには率先して参加してるし、大事な社交場にしてるって話だ。そんな場所で、あんなケンカ騒ぎ起こしたんだ。おっさんの顔に泥塗るようなもんだ」

 「それで、立場が悪くなって、家出……?」

 「可能性は高いだろうが……それで、銃を持ち出して、人を殺そうとまでするか?」


 二人の討論は出口のない部屋をぐるぐると回っているようなものだった。いつまでたっても、答えは出てこない。明らかに情報が足りていなかった。

 やがて、しびれを切らしたように、嵐は「しゃあねぇ!」と威勢良く切り出した。


 「こうなったら、本人に聞くしかねぇだろ」

 「本人? 無理だ。彼女に聞いても……」

 「お嬢様じゃねぇよ」嵐は白い歯を見せ、不敵に笑った。「お前のクローンだ」

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