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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
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質問

 「やっぱ、きれいにしてんじゃねぇか」


 部屋にはいるなり、嵐は感心したように言った。

 確かに、十二畳のリビングは隅々まで整頓されていて、無駄な物は目に入らない。ガラス製のローテーブルもしっかり磨かれているようで、指紋一つ見えなかった。まるで、ショールームのようだ。どこからも六歳の子供の存在は感じられない。

 嵐はしばらく物色するように部屋を見回し、


 「娘はどこにいんの?」


 オープンキッチンの向こうで水を飲んでいる正義に訊ねた。


 「さくらなら、友達のところだ。夕飯までには帰ってくるはずなんだが……」

 「帰ってくるって、迎えに行かなくていいのか?」

 「すぐそこだから大丈夫だ」

 「すぐそこ?」

 

 コップ一杯の水を飲み干し、正義は天井を指差した。


 「天井か?」

 「上の階だ。最近、同級生の男の子が暮らしていることが分かって、仲良くなったんだ。奥さんが面倒見のいい人で助かってる」

 「男の部屋に行ってんのかよ? 最近の子供ってのは……」


 わざとらしく、嵐は呆れ顔で首を横に振った。


 「小学一年生だぞ。なにバカなこと言ってるんだ」

 「そう暢気に言ってられるのも今のうちだぞ、パパ」


 からかうようにくつくつ笑う嵐に、正義は怒る気にもならないようで、「なにか飲むか?」とさっさと話を変えた。


 「ビール」と当たり前のように答えた嵐だったが、正義にじろりと睨まれ、ごまかすように微笑んだ。「コーヒー、ブラックで」

 「ここまで来たんだから、きっちり課題は手伝ってもらうからな」

 「分かってるって」と口では言っても、へらっとした嵐の顔がそれを否定する。「その前に、ちょっとトイレ借りるわ」

 「部屋出て、玄関のすぐ右のドアだ」

 「へーい」


 鼻歌混じりにリビングを出て、嵐は静かに扉を閉めた。しっかりと閉まったことを確認すると、笑みも鼻歌も消し、玄関へと向かって廊下を進む。

 左右に並ぶ三つのドアを通り過ぎ、玄関の前まで来ると、嵐は腕を組んでじっと佇んだ。すぐ右にあるトイレのドアを開けようともせず……。

 間もなくして、ガチャンと大きな音を立て、玄関の鍵が開かれた。ゆっくりと開いていく扉とともに、嵐の口許には笑みが広がっていく。


 「おかえり」


 そして現れた少女に、嵐は愛想良く声をかけた。

 さきほど、エントランスで出くわした少女だ。正義の家に居候しているという女子高生。家に帰って来たというのに、帽子もフードも脱ぐ様子はなく、挨拶してきた家主の友人に笑みをふりまくこともない。不審者でも見るような目で嵐を見つめ、「もうお帰りですか?」と訊ねる。その声からは明らかに警戒の色が感じ取れた。

 嵐は彼女の前に立ちはだかって、もったいぶるようにゆっくりと首を横に振る。

 

 「まだ帰るわけにはいかないな。課題が終わってないから」

 「ここで何をしてるんです? 休憩ですか」

 「君を待っていたんだ」

 「なぜです?」

 「なぜ?」嵐は失笑し、彼女の顔を覗き込んだ。「こっちが聞きたいな。なぜ、君がそんな格好で長谷川の家で居候しているのか」

 「あなたには関係ないことかと思うのですが」

 「彼氏のケガの具合はどうだい?」

 「!」


 帽子のツバの影で、彼女の黒い瞳が見開かれた。心臓でも止まったかのように、少女は息を呑み固まった。


 「それとも、元カレ……て言ったほうが正しいのかな?」

 「あなた……何者?」


 今までとは違い、彼女の声からは強い感情がにじみ出ていた。恐怖と困惑だ。


 「何者って……言っただろ。長谷川のおトモダチだよ」

 「表向きは、でしょう。私を連れ戻しに来たの?」

 「は?」

 「どうやって、私の居場所をつきとめたの?」

 「つきとめたって大げさな。偶然さ」

 「なぜとぼけるの? なにを企んでるの?」

 「質問責めか。嫌いじゃない」


 嵐は長い前髪を掻き上げ、にったりと笑んだ。彼女の質問を真面目に取り合っている様子はない。それがさらに彼女を追いつめているのか、彼女の表情はさらに強ばり、嵐を睨みつけている目は瞬きすら忘れているようだった。


 「答えて」

 「泣きつかれるのも嫌いじゃない」

 「答えて!」


 彼女の目に涙は見えないものの、泣いているとしか思えないほどその声は震えていたましいものになっていた。

 嵐はしばらく彼女をじっと見つめ、まじないでもかけるようにそっと彼女に囁きかけた。


 「ただじゃ教えない、て言ったら?」

 

 その瞬間、彼女の顔色ががらりと変わり、嵐を見つめる眼差しに力がこもった。


 「命がけで教えてもらいます」


 どこから取り出したのか、そのしなやかな手にはギラリと禍々しい輝きを放つ鉄の凶器が握られていた。獲物を丸呑みして腹を膨らませた蛇にも似たそれは、大きな口を開けて、今にも嵐の喉元に噛み付かんとしている。

 嵐はきょとんとして、喉元に当てられているそれを不思議そうに見下ろした。


 「おいおい。なんで……銃なんか持ってるんだ、本間のお嬢様?」

 「質問は私がします」撃鉄をゆっくりと起こし、カヤは強い語調で訊ねた。「あなたは何者ですか?」

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