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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第六章
312/365

少女

 大学を出てから、歩くこと十五分。大学生の一人暮らしには立派すぎる高層マンションに辿り着いた。

 エントランスに入ると、きれいに磨かれた大理石の床が足下に広がり、頭上には小さなシャンデリアが辺りを煌びやかに照らしていた。


 「いいマンションじゃねぇか」


 嫌味なのか、本音なのか、嵐はうすら笑みを浮かべてそう言った。

 すると、嵐の前を歩いていた人物はぴたりと立ち止まり、勢いよく振り返った。


 「いったい、どこまでついてくる気だ、斉藤!?」

 

 エントランスの上品な雰囲気をぶちこわす怒気のこもった声だった。しかし、怒鳴られた張本人は、へらへらと笑って意に介す様子もない。


 「今更、何言ってんだよ、長谷川? ここまで来ちゃったんだから、入れてくれよ」


 粗暴かつ図々しい言い分に、正義は言葉も出ないようで、げんなりとして立ち尽くした。

 マンションにつくまでの十五分間、正義の後をつけてきた嵐だったが、それは尾行と呼べるものではなかった。物陰に隠れることもなく、堂々と正義のすぐ後ろを歩き、傍から見れば一緒に帰っているようにも見えただろう。


 「暇つぶしについてきているだけかと思ったんだが……」正義は頭を抱え、疲れもあらわにため息ついた。「お前に構ってる余裕はないんだ。帰ってくれ」

 「邪見にすんなよ。課題を手伝いに来たんだろ。トモダチは助け合うべきじゃあないか」

 「俺はお前とトモダチになった覚えはないが」


 正義が据わった目で睨みつけると、嵐はわざとらしく唇を尖らせた。


 「冷たい奴め」

 「俺一人で住んでいるわけじゃないんだ。勝手にお前を部屋にあげるわけにはいかない」

 「家主はお前じゃん。遠慮することはねぇって」


 嵐は馴れ馴れしく正義の肩に手を回すと、エントランスの奥へと半ば無理やり誘導していく。


 「どうせ、お前のことだ。部屋もこぎれいに整頓してあんだろ。恥ずかしがるこたねぇじゃねぇか」

 「そういう問題じゃない」


 正義は嵐を引き剥がすようにして押し退け、オートロックの扉の前に立ちはだかった。その表情からは、はっきりと心労がうかがえる。何日も溜め込んだ疲れが目に見えるようだ。

 嵐は「やれやれ」とでも言いたげに、苦笑を浮かべた。


 「相変わらず、真面目だね。頑固親父まっしぐらだ。娘もぐれるぞ」

 「お前には関係ないだろ」

 「とりあえず、立ち話も難だから、お前の部屋で話そうぜ」


 急に寒そうに身体を震わせ始めた嵐に、正義は切羽詰まった表情で「斉藤!」と怒鳴りつけた。


 「今は誰も部屋にいれるわけにはいかないんだ。頼む」


 急に懇願するように言われ、嵐はそれまで浮かべていた笑みを消した。「参ったな」と視線を逸らして、髪を掻き上げると、


 「そこまで嫌がられると、ますます会いたくなる」

 「会いたくなる?」


 不審げに正義が表情を曇らせた、そのときだった。

 正義が背にしていたオートロックの扉が開き、正義は飛び跳ねるように振り返った。

 現れたのは、深く被った帽子の上にフードまで被った怪しげな人物だった。俯いているせいで顔は全く見えず、ぶかぶかのパーカーとズボンのせいで小柄だということ以外は体つきも分からない。ただ、手には大きなゴミ袋を携え、とりあえず、何のために出て来たのかは一目瞭然だった。

 嵐は道を譲るように横にずれたが、正義は動く気配はなかった。それどころか、


 「なにしてるんだ?」


 正義はずいっと住人に詰め寄り、責めるようにそう訊ねた。


 「おかえりなさい」と、耳に心地よい澄んだ女の声が答える。「ゴミ出しです」

 「そんなことは見れば分かる。そうじゃなくて……ゴミ出しなら俺がするから」

 「これくらいさせてください。居候させていただいているんですから」

 「気を遣わなくていい、と何度も言ってるだろ」


 ゴミ捨てをめぐって両者一歩も引かない押し問答が続き、やがて、ぽかんと傍観していた嵐が口を開いた。


 「もしかして……その子が、例の女子高生?」


 すると、ようやく嵐の存在を思い出したかのように、正義はハッとして振り返った。

 

 「ああ……」観念したのか、ため息まじりに正義は答える。「そう……今、うちで預かってる子だ」

 「その人、正義さんのお知り合いですか?」

 

 正義の影から顔をのぞかせ、少女は嵐を見上げた。

 彼女の顔がシャンデリアの光のもとにさらされ、エキゾチックな浅黒い肌と彫りの深い顔立ちがあらわになる。頬をぴくりとも動かすことなく嵐を見つめる彼女は、石像のような非現実的な美しさと、冷たいオーラをまとっていた。

 だからだろうか、嵐は凍ったように固まって押し黙ってしまった。


 「学科の同期だよ」と、正義は少女を軽くいなすと、嵐に射るような視線を向け、「さあ、斉藤。さっさと帰ってくれ」

 「はあ?」ぎょっとして嵐は裏返った声を上げた。「なに言ってんだよ!? 課題を手伝うって言っただろ」

 「俺一人で十分だ!」

 「水臭いこと言うなって!」そうだ、と嵐は思い出したように、少女ににこりと笑みを向けた。「なあ、課題を手伝いに来たんだけど、部屋にお邪魔しちゃっていいかな?」

 「おい、何を勝手に……!?」


 慌てる正義だったが、当の少女は平然と「そうですか」と答えてゴミ袋を持ち、


 「では、邪魔にならないようにします」


 それだけ言い残し、エントランスを出て行った。

 あまりにあっけない反応に面食らったようで、正義は愕然として立ち尽くした。


 「だってよ」そんな正義に肘うちし、嵐は勝ち誇った笑みを浮かべた。「じゃ、部屋、上がっていい?」

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