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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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創られた子供

「さ、はいってはいって」


 結局、ロウヴァーに言われるまま、ついてきてしまった。

ロウヴァーのマンションは俺のよりも格上だ。エントランスは豪華で、大理石までつかってあった。

部屋の間取りは俺の部屋と似たような感じだが……広さは段違いだ。

 俺は、部屋にはいってぽかんとしていた。


「どうしたの? 座って」


 突っ立っている俺に、ロウヴァーは後ろからそう促した。

 しかし……この部屋、広いのになにもない。越してきたばかりなのだろう。備え付け(と思われる)家具だけで、あとはスーツケースくらいしかおいてない。生活感のない部屋だ。


「お茶でもいれるよ。くつろいでて」

「いや、そんなことはどうでも……」


 俺の意見など聞いてない、といったところか。ロウヴァーは、部屋を俺にのこし、さっさと廊下の流しに向かった。にしても……さっき、あんなことがあったってのに、こいつの態度はなんだ? 急にタメ口になったのは大目に見るとして……もう少し、緊張感とかあってもいいんじゃないのか? まるで当たり前かのようにすごしている。俺はまだ混乱してるっていうのに。


「ん?」


 部屋を見回しているときだった。棚に一つだけ何かあるのが分かった。


「写真か?」


 写真が部屋にかざってあることなんて普通なんだろうが……部屋に写真しか飾ってない、というのは違和感がある。俺は写真に近づき、手にとった。そこにうつっているのは、どこかロウヴァーに似た、かわいらしい少女だ。双子、か?


「ナンシェ、ていうんだ」

「え!?」


 いつのまにか、紅茶をもってロウヴァーが部屋にはいってきていた。

 あわてて俺は写真を戻す。


「悪い。勝手に……」

「なんで謝るの? 写真は見てもらうためにあるんだから」

「……」


 ロウヴァーは、カップをテーブルに置いて、地べたに座った。


「これから、少し長い話をするから。ソファに座ってくださいよ、先輩」

「……」


 いきなり、敬語にもどしやがって。まあ、確かに話はいろいろ聞きたい。俺はおとなしく、いわれるままソファに座る。


「ナンシェは……」

「え?」


 間髪いれずにロウヴァーは話し始めた。しかも、ナンシェ? さっきの写真の子か。


「ナンシェは、俺の生きる理由なんだ」

「……?」

「オレは彼女を守るために『創られた』んだ」


 創られた…そういったのか? 俺はいきなりその単語がでて驚いた。

 ロウヴァーは笑顔を浮かべた。だが、それはいままでのヘラヘラしたものではない。せつない笑顔だった。


   *   *   *


 和幸には、とんでもない話が始まりそうなことだけは分かっていた。だが、その前に、彼には確認したいことがあった。それは彼にとって一生付きまとう大きなコンプレックスにかかわることだ。

 和幸は、真剣にリストの目を見つめて口を開く。


「お前は『創られた』、と言った。それはつまり……」

「あなたと一緒です。

 オレもクローンなんですよ」

「!」


 まるで、和幸がこの質問をするのを知っていたかのように、平然とした様子でリストは答えた。和幸にはそれは衝撃的だった。彼にとって『クローン』という言葉を口にすることもはばかられていた。それは、彼には恐ろしい単語でしかない。自分の存在を否定してしまう単語だ。『藤本和幸』であろう、といくらもがいても、『クローン』という単語を使われたらそこで自分は消えてしまう。そんな気がして仕方がなかった。


「……」


 そんな恐ろしい言葉をはっきりと言われ、和幸は言葉を失っていた。

 リストは、そんな彼をよそに、ニコッと微笑んだ。


「オレを創った男は、昔、クローン大国と言われたニホンに十六年前にきました。何十年も前、この国は人口の減少が深刻化し、クローンという手段でそれを止めようとしたらしいですね。生まれないなら、創ればいい。でもそれは、倫理と言う点でほかの国からは受け入れられなかった。だから、国際的なバッシングを受けて止められた。現に、今では、法律に厳しく『クローンを禁ず』て書いてある。

 ただ、そう簡単に『甘い蜜』をすぐ忘れられるわけがない。二十年前、どっかの学者が、地球はあと数年でパンクする、と世界に発表した。少子化で悩んでいたこの国とは対照的に、他の……特に発展途上国では人口は増加し続けていたからね。だが、この発表はまずかった。世界はとんでもない方法をとりはじめたんだからね」


 和幸はそこまで聞いて、顔をあげた。


「強制的一人っ子政策だな」

「世界規模の、ね。夫婦は子供を一人生んだら、両者とも避妊手術を受けなければならない。

 バカげたはなしだが……まあ、世界が狂ってきている証拠だな」

「?」

「あ、なんでもない。あとで話しますよ。

 とりあえず、大きな変化は新たな問題をおこすもの。たとえば、そのたった一人の子供が死んでしまったらどうするのか……とかな。もうその両親には子供を生むことはできない。だが……子供を失うつらさは計り知れない。『甘い蜜』にひかれるもの」

「……クローン」


 それまでおとなしく話を聞いているだけだった和幸が口を開いた。

 開き直ったかのようにリストの話の続きを語り始める。


「皆、クローンで創りなおせばいい、と考えるようになった。そしてその考えは世界中に広まり、最もその技術が進んだニホンに、

 欲深い金持ちからの注文が殺到した。もちろん、法律で定められている以上、堂々とできるわけはない。すべては裏のビジネスだ」

「その裏のビジネスに目をつけた、欲深い金持ちの一人が、オレを創った男、てわけ」

「……」


 和幸には不思議だった。

 自分が十七年もの間、克服できていない『自分がクローンである』という事実を、リストは平然と話している。


「なんで、平気なんだ?」

「なにがです?」

「なんで平気でそんな話ができる?」

「そんな話……自分が『創られた』経緯、ですか?」


 やはり、リストは淡々と語っていた。だが、表情が急に険しくなったのに、和幸は気づいた。


「平気じゃない。自分が『クローン』だと思うと、嫌気が差す。でも、そのたびに……どうあがいても、その事実が変わることはない、て思い知らされるんです。ただ、俺には『創られた』理由があるから……そのために生きることは許される気がして」

「理由。それが、さっき言ってた」


 和幸は、後ろを振り返った。そこには、『裏の世界』や『クローン』なんてものにまったく無縁のような、ほがらかな笑顔を浮かべるナンシェの写真がある。


「はい。彼女……ナンシェです」


 リストの声は、心なしか、低くなっていた。


「オレは、ナンシェを守るために『創られた』んです。罪を犯す運命から守るために……」

「罪を犯す運命? なんだ、罪って」


 和幸は振り返り、リストを見つめた。その表情には、へらへらとした笑顔もみられない。真剣そのものだ。

 リストはしばらく間をおき、ゆっくりと言い放った。


「神崎カヤを殺す罪です」

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