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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
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悪いこと

「いい加減にしろ! なにがカインだ、ふざけるな」


 罵詈雑言が飛び交う中で、彼の声はひときわ大きく響き渡った。二十代半ばほどの男は、跪きながらも、無造作に伸ばした長い髪の間から血走った目で睨みつけてくる。銃を後頭部につきつけられているというのに、彼の勢いは弱まるどころか増すばかりだった。


「ここにはカインなんて外人はいねぇんだよ。いいから、さっさと親父に連絡しろや! お前ら、ただじゃすまねぇからな」


 さっきからこればかりである。確かに、免許証を調べてみると、誰も『藤本』という苗字の人間はいなかった。


「どうなってやがる?」


 ふうっとため息をつき、蟹江は辺りを見回した。あちらこちらで銃をつきつけられた若者たちが、泣き叫んだり、喚き立てたり、大騒ぎである。彼らを押さえ込んでいる蟹江の部下達は、全員困惑の色を見せている。

 それもそのはずだ。

 藤本和幸が吐いた・・・住所は、とある廃校だった。体育館の中に人影を確認し、蟹江は部下とともに突入したのだが、どうも様子がおかしかった。カインらしい年頃の若者たちではあるが、皆、目はうつろで、妄言を吐いたり、銃をつきつけられて笑い出す者までいた。『無垢な殺し屋』というより、ただのジャンキーの集団にしか見えなかった。そしてようやく、リーダー格と思しき青年をあぶりだしたのだが、彼は自分が警視総監の息子だと主張し出した。どうせ、虚言だろう、とは思いつつも、念のため、調べることにしたのである。


「蟹江隊長」


 青白い顔で部下の一人が蟹江のもとに駆け寄ってきた。「なんだ?」と訊ねると、彼はちらりと長髪の青年を見やった。嫌な予感がした。


「確認が取れました。彼の証言は事実です。彼は大野正人。佐々木警視総監のご子息です。大野は別れた奥様の苗字のようです」


 蟹江はチッと舌打ちし、頭を抱えた。


「あのガキ、はめやがったか。恋人を人質に取られて、よく平気で……」

「椎名君に連絡しますか?」

「ああ、さっさと連絡しろ!」苛立ちもあらわに、蟹江は部下を睨みつけた。「神崎の小娘は役に立たない、さっさと売っぱらえ、てな!」

「誤解は解けたみたいだなぁ。俺たちはもう自由ってことでいいのか?」


 くつくつ笑って、大野は立ち上がった。彼に銃を向けていた蟹江の部下はおろおろとしていたが、蟹江が首を横に振るのを見て戸惑いがちに銃を下ろした。その様子を見ていた他の部下達も同じく、銃を下ろしていく。


「分かればいいんだ、分かれば」大野は豪快に笑って、手を叩いた。「暇つぶしにはなったわ。どーも」

「お前……いや、正人君、君はここで何をしてるんだ?」


 それは質問というより、尋問だった。大野がここで何をしているのか、蟹江には予想がついていた。そして、おそらく彼の父親もそれを知っているであろうことも……。

 ここで大野を『自白』させたところで、なんの意味もない。きっと、逮捕してももみ消されて終わりだ。

 そんな蟹江の予想を肯定するかのように、大野はにんまりと妖しく笑って飄々と答えた。


「『悪いこと』だよ」


 蟹江は「そうか」とだけ言って、踵を返した。


「蟹江さん、いいんですか? 明らかに危ない集団です。カインじゃなかったとしても、連行するべきじゃ……」


 若い部下があとを追ってきて、正義感にみなぎる目で蟹江に訴えかけてきた。そのまなざしが懐かしくもあり、虚しくもあった。蟹江は自嘲するように鼻で笑った。


「権力には逆らうもんじゃない。それがこのトーキョーで生き残る道だ。──君もすぐに慣れる」

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