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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
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マルドゥクの王 -3-

「エンリルの天使……」


 あどけない顔に渋面を浮かべ、ケットはタールの隣に佇む黒髪の少年を睨みつけた。色は違えど鋼のように艶やかな長い髪も、白磁のごとく傷一つない白い肌も、小さな子供のような身体に似合わない達観したような眼差しも、なにもかもが瓜二つの天使。しかし、その内に宿された使命は、ケットとは真逆のもの。


「エンキの天使、久しぶりだね」


 ケットと全く同じ声で、その天使――レッキは答えた。


「どういうことなの、これは?」

「どういうこと……て」タールはナンシェのこめかみに突きつけた回転式リボルバー拳銃の撃鉄を、ゆっくりと焦らすように起こした。「こういうことだよ、エンキの天使様」

「やめろ!」


 血相変えて飛び出そうとするリストを、「マルドゥク!」と空気を裂くような鋭い声が制止した。


「冷静になるんだ」


 リストに遅れて階段を駆け上って来たのは、栗色の髪の少年と一匹の猫。ユリィと、その守護天使、ラピスラズリだ。


「この状況で、相手を刺激するようなことしてどうする?」


 厳しく諌めるように言って、ユリィは背後からリストの腕を掴んだ。しかし、細い腕のどこにそんな力があるのか、剣を握りしめるリストの腕はぴくりとも動かない。


「お前は引っ込んでろ、ユリィ・チェイス」振り返りもせず、リストは怒りを滲ませた声でそう言った。「やっぱり……お前らニヌルタの者は信用できない」

「!」


 ユリィは一瞬顔を歪め、諦めたように力無くリストの腕から手を離した。「ユリィ」と心配そうに鳴く猫に目もくれず、ユリィはその寂しげな茶色い瞳を己の兄へと向ける。半年ぶりに目にした兄は、華奢な少女を盾に、人が創り出した凶器を手に佇んでいた。そこに『神の騎士』の姿など、誰が見いだせるだろうか。


「兄さん……」

「ユリィ?」


 思ってもいなかった人物の登場に、タールは度肝を抜かれたようだった。ギラギラと禍々しい光を放っていた瞳は、ただの茶色い点になっている。


「ユリィ、なんで君がここにいるの?」すっかり呆けてしまった主に代わって、レッキが訊ねた。「しかも、マルドゥクと一緒って……!?」

「久しぶりだね、レッキ」ユリィはリストを押し退けるようにして前に出て、真っ向からタールを見つめた。「兄さん、なにをしてるの?」

「なにをしてるって……」ようやく、タールは口を開いた。「こっちのセリフだ! お前、何しに来たんだ!? まさか、マルドゥクに連れてこられたのか!?」

「違うよ、兄さん! オレが勝手にマルドゥクについてきたんだ! 兄さんを止めるために」

「オレを……止めるだ?」

「兄さん、無理してこんなことする必要はないよ」

「は?」思わぬ弟の言葉に、タールは訝しげに目を眇めた。「おいおい、マルドゥクに変なことを吹き込まれたのか、ユリィ?」

「マルドゥクは関係ない! 兄さん、本当はこんなことしたくないんだろう!? 無理して、使命に従うことはないよ!」


 ぎょっと面食らったのはタールだけではない。レッキや、そしてナンシェも呆気に取られた様子でユリィを見つめた。


「なに言ってんだ、お前は? オレに『使命を果たすな』っつーのか? 死ね、て言ってんのと同じだぞ?」

「違う! 方法を探そう、て言ってるんだよ、兄さん。使命を果たさなくても、兄さんが生き延びれる方法を」

「そんなものあるわけねぇだろ」タールはバカにしたように鼻で笑った。「使命を果たせなけりゃ、オレは死ぬ。オレが生き延びるには、パンドラを使ってルルを滅ばすしかねぇ。そういう決まりだ」

「そんなのおかしい……」

「シンプルでいいじゃねぇか。ちゃんと使命を果たせば、褒美もある。パンドラとともに『楽園』で暮らせる。ニヌルタ一族皆な。悪い話じゃねぇだろう」


 タールの一言に、ユリィの表情はさらに強張った。


「『楽園』……兄さんは、本当にそんなものを信じてるの?」

「信じるもなにも……」タールは皮肉っぽく笑って、辺りを見回した。「この建物を見て、お前はどう思う?」

「話を逸らさないで、兄さん!」

「逸らしてねぇよ。この建物もこの世界エリドーも同じだ。がたがきてんだ。放っといても、いつか崩れる。そんなとこに住み続けたいか? さっさと壊して新しく創り直してやるのが、管理者としての務めってやつだろ」


 ミシっとどこかで建物が軋む音がした。「ほら」とでも言いたげにタールはほくそえみ、吹き抜けのように開いた頭上を見上げた。


「もう限界なのさ。だからこそ、『裁き』が始まり、オレはこの世界エリドーを崩す使命を得た」

「アナマリアは……」ユリィはぽつりと言って、拳を握りしめた。ぐっと唇を噛み締め、腹をくくったように真っ直ぐな眼差しでタールを見つめる。「アナマリアがまだ生きてても、同じことを言ったの?」


 その瞬間、タールは目を見開いた。


「全部、聞いたんだ。兄さんが旅立ったあと、父さんが全部話してくれた」

「黙れ……ユリィ」

「父さんも耐えられなくなったんだ。隠しきれなくなったんだ」

「その話はもういい」


 ニヌルタの兄弟の言い争いにおろおろとするレッキの傍らで、ナンシェは何かに気づいたようにハッとした。


「リストちゃん、その人の話を止めて!」

「兄さん、アナマリアは殺されたとき――!」


 重なり合ったユリィとナンシェの声は、同時にかき消された。辺りに鳴り響いた銃声によって。

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