呪い
「いつのまに、ここに!?」
俺は、突然後ろに現れた金髪の子供に叫んだ。
「ずっとさ」
ガキは、相変わらず無邪気な笑顔をうかべている
「……『ずっと』だ?」
「姿は消していたけどね」
「はあ?」
俺の頭は混乱していた。俺は、実は霊能力者なんじゃないのか、とさえ思い始めていた。
だめだ、冷静にならなくては。
「ひとつだけ……はっきりしときたい」
「なあに?」
「お前がやったのか?」
そう、これだけは明確にしとかなくては。ここにいるってことは、こいつが容疑者Aなんだ。見た目はガキでも……用心しなくては。もう、何があってもおかしくない状況なんだ。
だが、ガキはあわてた様子で首を横にふった。その仕草は子供そのもの。あやしいといったら、その変な服装くらいだ。
「まさか! ケットじゃないよ」
「けっと? お前の名前か?」
ケットと名乗るガキはにこりと嬉しそうに微笑んだ。なんか、調子狂うな。
「君に聞きたいことがあってあとをおってきたんだけど…思わぬ事態がおきてるね」
ケットは俺を見つめて、うーんと困った表情を浮かべた。
「なんだよ?」
「呪われちゃったね」
「……はああっ!?」
の、呪われただ? 急になにいいやがるんだ、このガキは!?
だめだ、だめだ。こんな子供とまともに相手にしちゃいかん。消えてた、とか言い出してんだぞ。変な子供だ。妄想癖かなんかだ。とりあえず、頭をひやそう。なんか、疲れてきた。
「あれ、どこいくの?」
「うるせえ。おうち帰れよ」
「あんまり、動いちゃいけないよ! 呪いがかかってるんだから。
今、彼が来るから……」
俺は聞く耳をもたずに、脱衣所からでた。夜風にあたろう。そう思ったのだ。
もしかしたら、全部俺の妄想かもしれない。ありえないことがおきすぎだ。あのガキも俺の幻かもしれないし。麻薬に手はだしてないが……俺は『創られた子供』だ。欠陥があってもおかしくはない。異常がとうとうでてきたのかもしれない。
俺は窓をあけ、ベランダにでた。ここのベランダはとても小さいが、夜風にあたるくらいはできる。
「ふう……」
少し落ち着いてきた。とりあえず、整理して考えなければ。
まず、どこからどこまでが現実なのか。さっきのガキは結局、ここまでおいかけてこなかった。もう、どこにもいない。やっぱり、あれは俺のつくった幻と考えて良いだろう。じゃあ、目が光る女は? あれも幻か? それとも……幽霊?
背筋がぞっとした。夜風が冷たいせいだ。俺は自分に言い聞かせた。
「そういえば……」ふと、さっきのガキの顔が思い浮かんだ。「彼がくる、て……なんの話だ?」
まあ、いいか。あれは俺のつくった幻だ。気にすることじゃない。
そう思ったときだった。ミシっと鈍い音がした。
「……まさか」
嫌な予感がして足元を見る。その瞬間、足場にひびがいきなりはいり、底がぬけた。
「うそだろ!?」
コンクリートなんだぞ? あんなひびの入り方あるわけがない!
だが、そんなこと考えてる場合じゃない。俺はそのまま、下の部屋のベランダに落ちた。うまく空中でバランスをとって、きれいに着地はできたものの……精神的には大ダメージだ。
「確かに……呪われてるかもな」
これを肯定することは、カヤを裏切る気がして嫌だった。だが、ここまでくると……
「きゃああ!」
悲鳴!? いきなり悲鳴が聞こえた。これ以上、まだ何かあるのかよ?
「痴漢―!!」
痴漢? ハッとした。ふと窓をみると、着替え中の大学生くらいの女性が部屋の中から俺をみていた。
そうか。俺は、下の階のベランダに着地したんだった。これは、確かに……不法侵入ってやつだ。ってか、このマンション、女はほとんどいないって聞いたのに……偶然、女の部屋のベランダに落ちるとは……ん? いや、違う。これは、偶然ツイてないんじゃない。
「……やっぱ、呪われてるってわけか?」
とにかく、ここを切り抜けなくちゃな。俺はゆっくりと立ち上がり、窓の向こうの女子大生(多分)に両手をあげてみせる。
「誤解です! ちゃんと説明するから……」
「きゃー、きゃー!!」
こりゃ、聞く耳もってねえな。ってか……窓閉まってるし。聞こえてないのか?
「!」
ふと、部屋の中にもう一つの人影があるのに気づいた。今までトイレにいたのか、急に現れた。
「友達……か?」
女子大生は、その現れた人物にかけよった。よくみると……がたいのいい『お兄さん』だ。
「友達以上……かな」
冷や汗がでた。その男の手にはバットがある。まさか、そっち系の彼氏か? こっちに向かってきている。まあ……こちとら、カインだ。あの兄ちゃんにやられることはない。だが、『呪われている』今、なるべくいざこざは避けたい。
「しゃあない」
俺はぐっと足に力をいれた。
「覚悟しろよ、痴漢!」という怒号とともに男がベランダに来た。それをきっかけに、俺は大きくジャンプし、ベランダの手すりに乗った。
「な……」
「一応、言っとくけど……マネしないように。
どうも、お騒がせしました」
俺はそう言ってお辞儀をすると、後ろに飛んだ。男がぎょっとしている。この人たち、これがトラウマにならないといいんだが。
俺の体はそのまま地面へと落ちていく。普通ならどこかしら、骨折はするだろう。下手すりゃ、死ぬ。でも……カインの一部の人間には、ある特徴がある。その一部の人間とは…商業用に『創られた子供』。これに分類される奴には、常人離れした頑丈さとパワーがあるのだ。俺もその一人。
俺は、地面に着地した。ダン! という大きな乾いた音が鳴り響いた。びりびり、と振動がつたわってくる。
「うぅ……気持ちわる」
上を見ると、さっきの男が青ざめた顔でこっちを見ていた。一応、俺は手をふってみた。
さて……ベランダが穴開いた。この事実を受け止めよう。まずは、藤本さんに報告するべきだよな。呪いとかはおいといて……。部屋に罠を仕掛けられたんだ。そう考えたら、俺は襲撃された、と言っていい。
俺の思考回路は支離滅裂だ。今、携帯で藤本さんに報告することもできるが、きっと理解不能なことを言い出してしまうだろう。直接、藤本さんと会って話し合うほうが、冷静さも取り戻せていいはずだ。
俺は、マンションに背を向け、歩き出した。マンションの敷地から出て、角を曲がった。そこで、俺は意外な奴とであった。
「お前……」
「こんばんは。藤本先輩」
リスト・ロウヴァーだ。なんで、ここにいるんだ? 近所なのか?
「落ちたんです」
「え?」
ロウヴァーは、突然そう言って、俺のマンションを指差した。急に、なんのはなしだ?
「二階から人が落ちたんです」
げ! こいつ、見てたのか?
あんまり、こいつには俺のことをかぎまわってほしくはない。俺が二階から落ちてなんともない、なんてことこいつに知られるわけにはいかない。幸い、この様子だと、それが俺だと分かってない。偶然、見かけて気になってこっちに来た、てことか?
「見間違えじゃないか?」
俺は、はは、と笑ってロウヴァーの肩をたたき、横を通り過ぎた。
「見間違えじゃないですよ」
後ろでまだロウヴァーは言っている。しつこいな……。無視するか。ここは、聞こえないフリして……
「確かに、藤本先輩だったと思うんだけどなあ」
「!!」
俺は思わず振り返った。見えてたのか?
ロウヴァーも、こちらに振り返り、クスっと微笑んだ。
「本当に呪われてるんだ。
参った。いろいろ、計画狂っちゃうなあ」
「……な、んなんだ、お前」
呪われてる、て、今言ったか? 戸惑う俺を無視し、ロウヴァーは左手を夜空にかかげるように高くあげた。
次の瞬間、俺は目を疑った。ロウヴァーの左手に……なにもなかったはずなのに、大きな剣が現れたのだ。ロウヴァーは現れた剣をぎゅっとつかむと、それを俺にむかって構えた。
「!!」
銃をとりだそうと思ったが、そういえば脱衣所に置いてきたままだ。まさか……これも、呪いのせいか?
「ま、いいか。あとで修正しよう」
ロウヴァーは、その剣をなんの躊躇もなく、俺に突き刺した。