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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
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覚悟 -中-

 曽良くんが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 私を騙す? 和幸くんを殺そうとしている? いったい、なんの話?

 呆然とする私に一瞥をくれてから、曽良くんは視線を落とした。曽良くんとはとても思えないような、侮蔑を含んだ眼差し。その先にいるのは――。


「まさか、前田さんのことを言っているの?」


 私は思わず、苦笑していた。


「なにか、勘違いしてるよ。前田さんはおじさまの秘書で、私のこともよく面倒見てくれて……」

「勘違いじゃないよ、カーヤ」


 前田さんを睨みつけたまま、曽良くんはなんの迷いもなく、はっきりとそう答えた。


「だから言ったじゃないか。もう少し、人を疑え、て」

「どういう、意味……?」


 曽良くんはナイフを持つ私の手をそっと下げさせ、「いつまで寝転がってんのさ」と挑発するように前田さんに言い放った。


「別に本気で絞めたわけじゃない。もう話せるでしょ」


 前田さんは四つん這いのまま、身動き一つ取る様子もない。

 もう呼吸は落ち着いたみたいだけど、その首筋には手形の痣がはっきりと残っていて……本気で絞めたわけじゃない――その言葉を疑った。


「本間秀実の秘書が、こんな間抜けだとは……こっちとしては有り難いけど」曽良くんの端整な顔立ちに、皮肉めいた笑みが浮かぶ。「もう『覚悟』は決めたんでしょ。じゃあ、話してくれるよね? 本間秀実の狙いは何か。何を企んでいるのか。時間も無いから、手短かにね」


 何の話なの? おじさまの狙い? 何か企んでる? 私を騙してるとか、和幸くんを殺そうとしているとか……まさか、全部、おじさまのこと?


「変な言いがかりはやめて!」我慢できずに、私は反論の声を上げていた。「おじさまは、今、和幸くんを助けようと奔走してくれているの。そんな話を信じるなんて、曽良くん、おかしいよ! いったい、どこで聞いたのか分からないけど、全部、デタラメ……」

「デタラメじゃありません」


 取り乱す私の言葉を遮ったのは、思わぬ声だった。喉がつぶれたような掠れた声。でも、力強い声だった。


「前田……さん?」


 前田さんは膝をガタガタと震わせながらも、ゆっくりと立ち上がり、曽良くんを真っ向から見据えた。その表情は強張りつつもきゅっと引き締まり、『覚悟』という言葉を連想させた。


「本間先生に企みもなにも無い。君たちカイン全員を根絶やしにすること。それだけだ」

「え……?」


 今、なんて……?


「ただ、俺たちを殺したい――それだけ?」

「そうだ。本間先生はただ、人身売買の邪魔になるものを排除したいだけだ。他に狙いがあるとすれば、これまでの積年の恨みを晴らしたい……それくらいだ」

「カイン全員……とは、大きく出たねぇ。一度に殺そうってわけ?」

「できれば、今日中。少なくとも、長い目では見ていない。そのために……和幸くんを拘束した。逃げたカインの居所もすぐに掴めるように……」

「正気とは思えない計画だね。大量の『子供』が殺されたとなれば、さすがに騒ぎになる。しかも、警察まで動かして……。表と裏の境界はもう守ってくれない。どうする気なのさ?」

「なんとでもなる。大衆の好きそうな話をでっちあげるだけだ。悪いテロリストに洗脳された『かわいそうな子供たち』が大臣の命を狙ってきたため、致し方なく警察が処置した――そんなところに落ち着くだろう。

 そのために、新治安維持法も用意したんだ」

「新治安維持法? それが何の関係があるの?」

「新治安維持法は……簡単に言えば、反政府運動を取り締まる法律だ。ただ……『反政府運動』と一言で言っても、定義はあやふやで、その解釈は政府に委ねられる。つまり、政府にとって邪魔なもの、不都合なものを簡単に排除することができるということだ。もっと極端に言えば、国家公安委員会委員長である本間秀実が『危険だ』と判断したものには『反政府因子』の烙印が押されて、テロリストとして処分することができる」

「で……俺たちカインに、その烙印が押された、てわけ?」

「……そうだ」


 二人が何を話しているのか、私には理解することができなかった。いえ、理解したくなかった。

 おじさまがカインを狙っている? 人身売買の邪魔になるから? まるで、それじゃあ……。


「分かった、カーヤ?」


 ふいに、曽良くんに呼ばれて私はぎくりとして顔を上げた。


「君は『黒幕の娘』ってわけ。残念だけどね」

「!」


 『黒幕の娘』――。

 私は絶句して固まった。

 懐かしささえ覚える、その呼び名。私は必死に否定してきた。私は『黒幕の娘』じゃない、カインの敵じゃない、て……。

 でも、もう……。

 諦めたような……責めるような……そんな表情で私を見据える曽良くんに、私は何も言い返せなかった。全身から力が抜けて、手からナイフが滑り落ちていた。静流さんからもらった、家族の一員としての証が……音を立てて足下に転がった。

 前田さんがこんな嘘をつくとは思えない。全部、本当のことなんだ。つまり、おじさまはカインの敵。カインが狙っていた『黒幕』。トーキョーの人身売買を斡旋してきた張本人。

 じゃあ――。


「じゃあ……和幸くんは?」


 ぞっと背筋に悪寒が走った。

 私の唯一の希望は、おじさまだった。おじさまの、信じろ、という言葉を頼りに待っていた。きっと、おじさまが和幸くんを助けてくれる、てそう信じていたから、こうして何もせずに待っていたんだ。

 でも、そのおじさまがカインの敵だったというなら……。


「カヤさん……僕は……」

 

 今にも泣き出しそうな前田さんの声が聞こえてきても、私は振り向くことさえできなかった。

 胸の奥に広がっていくどす黒いもやのようなものを押さえ込むのに必死だった。それが何かは分からない。でも、それを吐き出してはだめだ、と本能が訴えかけているようだった。

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