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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
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カインの証言

「教会に保管してあった『戸籍』のおかげで大部分のカインは見つけたんだ。住所も電話番号も学校や勤め先まで、全部載ってて助かったよ」けろっとした様子で椎名は自慢げに言い放つ。「でも、何人か留守にしててね。で……この携帯をチェックしたら、興味深いメールが来たんだよ」


 なぜ、椎名が茶々のケータイを持ってる? 茶々はどうした? 大部分のカインは見つけたって……見つけてどうしたっていうんだ?

 胸の奥が熱い。体内から焼きつくされるようだ。

 動揺して声も出せない俺をよそに、椎名は携帯電話を手に取り、パカッと開いた。


「藤本曽良くんからのメールでね」暢気な態度で携帯電話をいじりだし、軽い口調でメールを読み上げる。「『引っ越します。正午までにおもちゃ箱に集合! 遅れたらお片づけだからね』――って、気の抜ける文面だけど……これ、暗号でしょう。どういう意味?」


 俺は息を呑んだ。そのメールの意味はカインならすぐに分かる。

 『引っ越し』とはカインノイエを解散し、トーキョーから撤退すること。『おもちゃ箱』はお台場スラムにあるカイン専用の武器庫だ。そして、『遅れたらお片づけ』……これは、遅れたら見捨てる、ということ。

 非情とも取れる、思い切った指示だ。親父の指示なのか、曽良の独断なのかは分からないが……どちらにしろ、外ではよっぽどのことが起きているということだろう。

 椎名の言葉ははったりじゃない、てわけだ。

 じゃあ、茶々は……。

 くそ。だめだ。動揺すれば椎名の思うつぼだ。茶々のケータイを持ち出したのは、俺から冷静さを奪うために違いないんだ。

 幸い、『連絡網』は機能している。親父か、曽良か……もしくは他の誰かかもしれないが、この非常事態をまとめているカインがいる証拠だ。まだ、全滅ってわけじゃない。せめて、無事なカインだけでも逃げ延びてほしい。

 でも――。

 悔しさと情けなさがこみあげ、胸を締め付ける。

 改めて自分が置かれている状況を理解して、絶望が襲いかかる。いっそのこと舌を噛み切ってしまえたら、どれほど楽か……。そんな俺の気持ちを読んだかのように、椎名は満足げな笑みを浮かべて言う。


「藤本くん、分かってるよね?」それはまるで、悪魔が契約をすすめてくるようだった。「このメールの意味、教えてくれる?」


 俺は唇を引き結び、押し黙った。

 もちろん、椎名も俺が簡単に口を割るとは思ってはいないだろう。だからこそ……『弱み』を握ったんだ。


「余裕だね」と、椎名はさらりと前髪をかきあげた。「なんなら、カヤちゃんに聞いてみようか」


 胃を鷲掴みにされたような痛みが走る。今にも椎名につかみかかりたい気持ちをなんとか押さえた。


「カヤを巻き込むな」と脅すような低い声で言う。「あいつは何も知らないんだ」

「本当に巻き込みたくない? じゃ、自白してよ。本間代議士の暗殺を」

「な……」思わず、立ち上がっていた。「言っただろ! 自白もなにも、そんな計画は――」

「事実はどうでもいいんだ。ただ、自白が欲しいだけさ」


 微笑んでいるのは口許だけ。こちらをじっと見上げる椎名の目は真剣だった。からかっているというわけではなさそうだ。

 だが、腑に落ちない。狙いが分からない。


「なんでそこまで自白を欲しがる? それも、本間秀実の暗殺?」

「カヤちゃんのためだよ」椎名はさらりと言ってのけた。「彼女を巻き込みたくないんでしょう?」

「どういう意味だ?」

「分からないかなぁ」椎名は頬杖をつくと、面倒そうにため息を漏らした。「今日の事件をきっかけに、カインがテロリストだという話はすぐに広がる。君がいくら否定しようが、それは事実となって表の世界の常識になる。

 そうなると、問題はカヤちゃんだ。養女とはいえ、国務大臣の娘だからね。そんな彼女が反政府組織の一員と関係があっただなんて知れたら……」


 続きを口にするのも憚られるといった具合に、白々しく椎名は首を横に振った。

 もったいぶりやがって。苛立ちが募り、握った拳が震えていた。


「いい加減にしろ、椎名! はっきり言え!」

「本当に礼儀がなってないんだから」と減らず口を叩いてから、椎名は得意げに人差し指をぴんと突き立てた。「本間先生を殺すために彼女に近づいた。君がそう証言すれば、彼女は被害者。重要参考人から、悲劇のヒロインへ早変わりだ。同情されても、疑われることはなくなる」

「!」


 言葉を失った。呆然と立ち尽くし、椎名を見つめることしかできなかった。

 呆れているわけでも、頭に来ているわけでもなかった。納得できてしまった。だからこそ、答えが出てこなかった。

 でたらめじゃない。椎名の言っていることは一理ある。本間秀実に近づくために俺がカヤを騙していたことにすれば、カヤとカインの関係性を詮索されることはない。本間秀実は国務大臣だ。テロリストに命を狙われてなんら不思議はない。カインはテロリストで、俺はその一員。だから本間秀実を狙い、そのためにカヤに近づいた。現実味のあるシナリオだ。

 俺はきっと、ここで殺される。丸腰で、どこだかも分からない敵のアジト――おそらく、警察署だろうが――にいるんだ。しかも、見張っているのは、ご丁寧に俺と同じ『商業用』のクローン。今朝の事件で、こいつも肉体強化されていることは分かっている。きっと、銃も持っているだろう。抵抗したところで無駄に終わるのは目に見えている。どうあがいても、逃げることは不可能だ。

 もう……外に出て、カヤを守ることはできない。俺がカヤにできることは、証言することしかない。俺たちの関係は嘘だった、と。本間秀実に近づくために彼女を利用しただけだ、と。

 だが、そのためには……俺はカインをテロリストだと認めなきゃならない。要人の暗殺を企てるような組織だ、と証言しなきゃならない。――カインを裏切ることになる。

 八方ふさがりの袋小路に閉じ込められているようだった。前にも進めない。逃げることもできない。ただ、暗闇の中、そこに佇むことしかできない。

 どうすればいい?


「よく考えたほうがいい」椎名は細い黒髪の間から鋭い瞳を光らせた。「本間先生にとって、カヤちゃんは君の『弱み』でしかない。君が言うことを聞かないなら、カヤちゃんに価値はなくなる。

 僕もあの子に恨みはない。悪いようにはしたくないんだ」


 背筋が凍り付いた。


「つまり……」と、力の無い声が漏れ出た。「俺が役に立たなければ、カヤを殺す?」

「本間先生はそんな無駄なことはしないよ」椎名は鼻で笑い、皮肉そうに言った。「カヤちゃんを『いい品物だ』と言っていた。使えないなら、君に殺されたことにでもして裏で売るつもりだろう」


 カヤを……売る?

 絶句する俺に、椎名は憫笑のようなものを浮かべ、柄にも無く気遣うように言い添えた。


「売られた少女がどんな目に遭うか、君は誰よりも分かっているよね?」

「!」


 それは、俺にとって何よりも効く脅し文句だった。

 腸が煮えくり返るような思いだった。自分の軽率さが、非力さが、愚かさが、何もかもが赦せない。

 椎名の言う通りだ。カヤのような女が売られればどうなるか……俺は嫌というほど見てきた。

 選択肢なんて始めからなかったんだ。迷うことさえ許されない。死を選ぶこともできない。カヤを守るためには、俺は言いなりになるしかない。カインを裏切るしか無い。

 カヤが本間に養子に入った時点で勝負はついていた。いや……もしかしたら、『黒幕の娘』としてカヤに近づいたあのときに、俺やカインの運命は決まっていたのかもしれない。

 ふっと身体から力が抜けた。立っていることもできずに、崩れ落ちるように腰を下ろした。

 

――家族の脅威は全て取り除く。俺がしているのはそれだけだよ。


 夕べの曽良の言葉が脳裏をよぎり、情けなく笑えてしまった。

 

「分かった」茫然自失でつぶやいて、俺はぼんやりと椎名を見つめた。「自白する」


 なあ、曽良。お前が取り除かなきゃいけなかったのは俺だったみたいだ。


   *   *   *


「本間カヤに近づいたのは、国家公安委員会委員長である本間秀実を殺すためだ」


 和幸は淡々とした口調で、椎名が机に置いたICレコーダーに向かって『自白』を始めていた。「カインとして?」と椎名が口を挟むと、和幸は「そうだ」と悔しそうに返した。


「君はいつから、カインになった?」

「十三」

「カインとして、君は何をしてきた?」

「『盗まれた』子供や『創られた』子供を『迎え』に行っていた」

「『盗まれた』子供というと?」

「……誘拐された孤児や貧しい子供だ」

「誰が誘拐しているの?」


 和幸は眉をひそめた。やけに質問してくる。本間秀実暗殺の自白が欲しかっただけではなかったのか。戸惑いつつも、和幸は慎重に言葉を選んで答える。


「そういうことを生業にしている組織がある」

「誘拐された子供はどうなる?」

「闇オークションで金持ちに売られる」

「闇オークションについて詳しく聞かせてくれるかな?」


 やはり、話がどんどん逸れている。自白というよりも、これではインタビューだ。和幸はしばらく呆けてから「おい」と苛立った声をあげた。だが、椎名は右手でそれを制し、プレッシャーを与えるような鋭い視線を和幸に向けた。


「闇オークションでは何が行われている?」


 ワケが分からない。和幸は困惑して顔をしかめたが、こちらに黙秘権があるわけでもない。和幸は深く息を吐いてから、椎名の望むように答えることにした。


「人身売買だ。トーキョーのオークション会場のほとんどが、地下で人身売買を行っている」

「さっき、『盗まれた』子供と『創られた』子供、と表現したね。『盗まれた』子供とは、誘拐されて売られた子供。じゃあ、『創られた』子供とはどういう意味だい?」


 和幸はぎょっとした。

 椎名の狙いがますます分からなくなった。必要な自白は最初の一言で終わっているはずだ。なぜ、闇オークションや人身売買、そして『創られた』子供の話までさせる?

 だが、やはり椎名は真剣にこちらを見つめていた。どこか必死さをも感じさせる眼差しで。

 和幸はしばらく間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「『創られた』子供は、クローンのことだ」

「クローンは法律で禁じられたはずだ」

「表では」と和幸は険しい表情で言った。「裏では当たり前のようにクローンが創られている。立派なビジネスだ」

「そうやって裏で創られたクローンは闇オークションで売られている?」

「俺もそうやって売られそうになった」

「つまり、君もクローンだということ?」

「は……」


 まるで、今知ったかのような口ぶりだ。話を誘導するためなのだろうが、調子が狂う。


「そうだ」と和幸はぎこちなく答えた。「俺も……他のカインも皆、クローンだ」

「つまり、君たちカインは、非合法的に創られたクローンや『盗まれた』子供たちを人身売買から救い出していた。そして、君たち自身もクローンであり、人身売買の被害者である、と。そういうことでいいのかな?」


 素直に肯定する気にはなれなかった。

 やけに擁護するような言い方をするな、と疑るように椎名を見つめる。さっきまで散々、カインの思想を非難していたというのに。そもそも、なぜクローンや闇オークションの話までさせた? ただのテロリストに仕立て上げればいいだけの話なのに。『被害者』なんて言葉まで持ち出して、これではまるで……。


「最後に一つ」椎名は急に声を低くし、切り出した。「そんな目的を持つカインが、なぜ本間秀実代議士の命を狙った?」

「!」


 和幸は目を見開き、啞然とした。

 本間秀実を狙っていた事実はないが……狙う理由は確かにある。でっちあげの暗殺計画でも、その動機に頭を悩ます必要はない。だが、それを答えさせる椎名の意図が理解できない。それは和幸というよりも、本間秀実にとって政治生命を絶たれるほどの不利な証言になりうる。

 呆然とする和幸に、椎名は急かすように語気を強めて再び問う。


「動機を聞いているんだ。なぜ、君は本間秀実代議士を狙った?」

「……」


 言え、と椎名の気迫のこもった眼差しが告げている。

 どういうことだ。なぜ、椎名が本間を陥れるようなことをしている?


――だから、君に協力してもらいたい。『先生』のもと、より良い世界を創るために。


 ついさっき、そう言ったばかりじゃないか。『先生』とは本間のことではないのか。それとも、これは本間の策なのか。より良い世界とはなんだ? なにをしようとしている?

 自分はまた早まってしまったのではないか、と和幸は表情を曇らせた。カヤのため、と思ってしたこの『自白』は大きな間違いだったのではないか。本間秀実の巧妙な罠にひっかかってしまっただけなのではないだろうか。不安と罪悪感が重石となって胸にのしかかってくるようだった。

 それでも……他に何ができるわけでもなかった。カヤを守るためには、従うしか無い。

 和幸は覚悟を決めるように深く息を吸い、はっきりと証言した。


「本間秀実は、トーキョーの人身売買を斡旋している『黒幕』だからだ」


 それを聞き届けると、椎名は満足げに微笑み、ICレコーダーの停止ボタンを押した。


「ありがとう。充分だ」

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