表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
27/365

暗躍

「誰だ、あの男は……」


 ある男が、手持ち鏡にむかってそう言った。鏡にはその男の顔は映っていない。その代わりに、和幸とカヤが二人で歩いている様子が映っている。それはまるでテレビを見ているかのような映像だ。


「あの子を……守らなくては」


 男はイスから立ち上がった。ここはマンションの一室。だが異様なほど何もなく、生活観はまったくない。電気もつけずに、暗い部屋で男は鏡をじっと見つめていたのだ。

 この日に限ったことではない。男はいつも鏡を見つめている。自分に見とれるナルシストというわけではない。そこに映るカヤの様子を伺っているのだ。


「アサルルヒのエミサリエス、バールよ」


 男は玄関へ向かいながら、そう静かに唱えた。すると男の影から、麻でできたビキニのような衣装とマントを羽織った色黒の女性が現れる。


「はい」


 バール、と呼ばれた女性は微笑を浮かべて男を見つめた。

 浅黒い肌は月明かりに照らされて鈍い輝きを放っている。その瞳は血のような不吉な赤。それを隠すカーテンのように、黒く長い睫毛が覆っている。厚い唇は男をそそらせる薔薇の花びら。豊満な胸に、ひきしまったくびれ。惜しみなくさらけ出された体は実に扇情的だ。一定の太さでいくつもの束にまとめられた髪は、まるでドレッドヘアのようだ。


「お願いします」と、男は彼女につぶやいた。

「また彼女におろかな人間が近づいたの?」


 バールは黒い髪をはらい、鼻で笑った。男はなにも答えず、黙って玄関のノブに手をかける。


「もう……相変わらず、無口なお人ね。まあいいけど。

 ね、それより気づいていらっしゃる?」


 男はやはり答える様子はなく、ただバールに振り返る。


「エンキ様の気配がするの。近くにいらっしゃるわ」


 エンキ、と聞き、それまで無言だった男の口が開く。


「エンキ……ですか?」

「あら、もちろん、エンキ様ご本人ではないわよ。あのお方自らが、このエリドーにおりてこられるわけがないもの」

「つまり……エンキの細胞をもつエミサリエスがいる、といいたいわけですね」

「ま、そうなるわね」


 男はしばらく何かを考え、ふっと微笑んだ。


「かまいませんよ。いつかは現れるだろう、とは思ってましたから」


 バールは、不満げに口をとがらせる。


「あなた、本気でエンキ様に反旗を翻すおつもり?」

「……」


 男はなにも言わずに扉を開け、出て行った。バールはふうっとため息をつき、自分の唇を人差し指で触れた。


「ほんとに人間って勝手な生き物ね。わが主、アサルルヒの立場も考えてほしいわ」


   *   *   *


「あのロウヴァーって奴……やっぱ、怪しいんだよな」


 カヤの屋敷が目の前に迫っていた頃、俺はその話題を出した。


「リスト君? そう? 話したけど、普通の子だったよ」

「……うーん」


 そういえば、カヤはあいつと普通に話してたな。なんだかしらんが…おもしろくない。


「帰りがけも、『一緒に帰りません?』て言ってきてくれたし……フレンドリーな子だと思うけどな」

「え? そんなこと言ってきたのかよ?」


 一緒に帰ろう、だ? いきなり? 確かに、キレイな顔してるし……実は、ナンパ野郎なんじゃねえだろうな。


「気をつけろよ、カヤ」

「気をつける?」

「あいつ、なぁんか気にくわねえんだよ。あんま、気を許すなよ。何たくらんでるかわかんねぇからよ。だから……」


 夢中になって話していた。ふと、カヤにふりかえると、カヤはきょとんとしていた。

 やべ。変な奴と思われたかな?


「いや……その、野生の勘っていうか……俺、そういうの働くからさ」


 俺は自分でも良く分からなくなって、頭をかいてそっぽを向いた。

 ふと、平岡の声が頭に響く。『嫉妬か?』と。

 ちがう! そういうんじゃない。俺は、そんな女々しい男じゃねえし。それに――カヤに、そんな感情は……ない、よな。


「フフッ」

「え?」


 気づくと、カヤが笑っていた。


「なに?」

「和幸くんって、やっぱりおもしろい人だな、て思って」

「……おもしろい?」


 うわ。やっぱ、変な奴だと思われたよ、絶対。まいったな。

 でも……カヤが笑ってる。昨日見た、あの笑顔だ。やっぱり、この笑顔を見てると落ち着く。気が安らぐんだ。


「ん?」


 じっと見つめすぎた。カヤは俺の視線に気づいて首をかしげた。


「え、なんでもないよ。あ! 家、ついたなあ」なんて、ごまかすが、わざとらしすぎて自分でも恥ずかしくなる。


「うん。送ってもらってありがとう。ごめんね、家、反対なんでしょ?」

「気にすんなよ」


 カヤは申し訳なさそうに笑った。

 それじゃ、と門を開けて家にはいっていくカヤを見送って、俺はくるっと踵をかえした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ