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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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リスト・ロウヴァー

 さて……うまく、はいりこめたな。自己紹介が終わって、オレは台本をもらった。

 教室のはじでイスにすわりながら読み始める。横目で、藤本和幸の様子を伺う。

向こうもこっちをちらちら見ている。やっぱ、気になるか。

 あの人の正体はすぐに分かった。

 あのあと……このあたりで有名だっていう『三神』とかいう情報屋に依頼したら、あっという間に調べはついた。ちょっとばっかり、出費はかさんだけど…ま、おかげさまで必要な情報はそろったしね。

 神崎カヤのことも大体状況は把握した。

 エノクの言っていたことは本当だった。彼女は、普通の暮らしをしている。彼女の世話をしている夫婦がなにもので、どういう経緯で彼女を育てているのかは謎だが……

 とにかく今は、神崎カヤに自然に近づくのが先決。フォックス・エン・アトラハシスは、『収穫の日』に、彼女の前に『箱』を持って現れる。このまま、彼女のそばにいれば、一網打尽にできるってこと。 

 それまでは、この劇の練習もまじめにしなきゃな。 

 オレは、ページをめくった。


「え……」


 しばらく読んで、意外な単語に驚いた。


「カイン?」


 つい、藤本和幸を見てしまった。

 へえ。おもしろいな。カインの劇に、本物のカインが参加してる。

 三神とかいう情報屋は、カイン(藤本和幸)がなぜ、神崎カヤを調査しているのかまでは、詳しく教えてくれなかった。カインは自分たちの仕事を『おつかい』と呼んでいるらしいが……神崎カヤにまとわりついているのも、その『おつかい』のためらしい。そこまでは教えてくれた。だが、一体、どういう『おつかい』なのか、その内容までは情報はくれなかった。

 オレの心配はそこだった。カインノイエとかいう組織は、神崎カヤのことを…『災いの人形』と知ってマークしているのだろうか。それとも……ほかの理由で、偶然に彼女に白羽の矢が立ったのか。


「うーん。情報が足りないなぁ」


 こうなったら……と、ある思い切った案が頭にちらついた。それは……藤本本人に直接聞く。


「しっかし、それはやりすぎかぁ?」


 ま、成り行きにまかせて決めればいいか。時間はまだあるんだし。

 オレはあまりねちねち考えるのは苦手だ。頭を劇のほうへ切り替え、視線を台本に戻した。

 そのときだった。


 ガラッと扉が開く音がした。


 ふりかえると、そこには神崎カヤがいた。

 まるで、絵画からでてきたような美しさ。きりっとした眉。柔らかな輪郭。くっきりとした目。長く伸びたまつげ。一本一本が揺れる、さらさらとした黒髪。長い足。そして、包み込むようなオーラ。なるほど、これが神の『人形』か。彼女の姿は、誰がみても息をのむだろう。これが『災いの人形』だとは……。オレはなんともいえないむなしさにおそわれた。


「あれ」


 オレの姿に気づいたらしく、神崎カヤは目を丸くした。


「あなたは……」

「どうも。同じ学校だったみたいです」


 オレは立ち上がって微笑んだ。


   *   *   *


 劇の練習が始まってからも、俺はロウヴァーから目が離せなかった。

 ロウヴァーの自己紹介がおわってしばらくしてから、カヤが来た。彼女は週番で遅くなったらしい。今は二人で台本の読みあわせをしている。


「なんだ、和幸。嫉妬か?」

「は!?」


 振り返ると、平岡がニヤニヤしている。


「な、なんだよ?」

「いきなり、ライバル出現ってやつだな。それもあんな美形」


 平岡は、わざとらしくため息をついて俺の肩に手をのせた。


「気持ちは分かるが、あきらめろ」

「だから……なんなんだよ、急に」


 平岡の言ってる意味がさっぱり分からん。


「隠すなよ。俺はわかってるぜ。

 さっきから、ずっと二人のほう見てるしよ。ばればれだよ」

「……え」


 言われてみれば、確かに、見すぎかもな。

 いかんいかん。ロウヴァーの奴は気になるが……ここは冷静に行動すべきだ。


「たまには、的を射たこというじゃねぇか、平岡」

「は?」


 とりあえず、布を縫おう。俺は、ロウヴァーから目をはなし、布に集中した。


   *   *   *


 練習が終わり、俺はひとり、教室をそうじしていた。

 掃除当番は一人ずつ日替わり。そうじ、て言ってもほうきで掃くだけだけだから、なんてことはない。

 にしても……こうしていると、俺も普通に高校生活を送っているんだな。ここ数週間、『おつかい』はまったく回ってきていない。『おつかい』がなければ、俺はなんてことはないただの学生と同じ。なんだか、気がぬける。

 結局、ロウヴァーとは一言も話さなかった。今、ぼろをだすのはまずいからな。向こうの出方を伺ってから俺も行動をとろう。俺はそう決めたのだ。それに、あいつがただの変わったガキ、て可能性もあるしな。


「あれ」


 そういえば……あいつ、俺のひとつ下なんだな。背も低いし、見た目も幼いから、てっきり中学生かと思ってた。


「まあ、いいや」


 俺はほうきを片付け、かばんを手に取った。


「おわった?」

「え」

 

 驚いた。それは、カヤの声だった。あわてて顔をあげると、廊下にカヤが立っていた。


「カヤ?」

「今日は、だいぶ遅くまで練習したね」


 そう言って、カヤは廊下の窓を見つめた。もう外は暗い。


「俺のこと、待ってたのか?」

「……」


 カヤはなにも言わずに、はにかんだ笑顔をみせた。


   *   *   *


「参ったなあ」


 リストは、屋上で寝転がってそう言った。もう空には星がうかんでいる。


「ふられちゃったね」

 

 ケットはからかうようにそう言うと、リストの隣にちょこんと座った。


「ねえ」


 くくっとおもしろがってリストは笑う。


「人生ではじめて、『一緒に帰らない?』て言ったのになあ」

「見事に断られたね」

「仲良くならないとなにも始まらないのに。

 あんまりしつこくすると、ナンパ野郎だと思われちゃうよ」

「……ねえ、リスト」


 ケットは、おもむろに切り出した。ずっと疑問に思っていたことがあったのだ。


「なんで、わざわざ彼女の前に現れたの?

 『収穫の日』まで、彼女をただ監視するって方法もあったでしょ」


 ケットは、リストはそのつもりだとばかり思っていた。

 彼女の学校に転校までして、劇にまで参加する……そこまでして、彼女に近づこうとしているリストの考えが理解不能だ。


「彼女と友達になろうとしてるみたいだけど……

 そんなことして、事態を余計にややこしくするだけじゃない?

 だって……何があろうと、リストと彼女は……」


 リストは真剣な表情になった。いつものニコニコしているのが嘘のように、覚悟に満ちた表情だ。


「オレは『災いの人形』、神崎カヤを殺す存在。

 いつか、オレはどんなかたちにしろ、彼女を殺さなくてはならない。

 だからこそ……知っておきたかったんだ。

 彼女がどういう人間で、何が好きで、どういう生き方をしてきたのか。

 それがせめてもの、オレが背負える責任だと思うから」


 それを聞いて、ケットは小柄なその体に似合わない、全てを悟った聖人のような表情を浮かべた。


「……」


 しばらく黙ってから、ケットは優しく微笑んだ。それは、すべてを包み込むようなおおらかな笑顔だ。


「リスト……」いつものおどけた声とは違い、静かで落ち着いた声でケットは言う。「それは、ただの自己満足だよ」


 リストは、フッと悲しく笑った。


「ああ。オレはとんでもない自己チュー。それでいいんだ」


 それが、やけくそなのか、皮肉なのか、本心なのか……ケットには分からず、ただリストをじっと見つめることしかできなかった。


「それに……オレはさ、ケット」


 リストは、夜空にひときわ輝く三日月を見つめた。


「ずるいかもしれないけど……全部、ナンシェのためだと思ってる」

「!」


 月光に照らされたリストは、せつない表情をうかべていた。


「ナンシェのためだと思えば、全部背負える。どんなことでも出来る。

 全て許される気がするんだ。

 ナンシェはきっと、オレにとって唯一の光なんだ。

 彼女という存在がいてはじめて、この世界にオレの影ができる」


 リストは、月に手を伸ばした。月のやわらかい光がその左手を照らし、彼の顔にはうっすらと影ができた。


「自己チューでずるい人間だな、オレは。

 でも、そういう生き方でしか……オレは自分の存在を肯定できないんだ」


 ケットは、なにも言わなかった。

 ケットは、エミサリエス。神の細胞でできたバイオロボット。『天使』とよばれるもの。神に近い存在だ。でも、神ではない。彼には、リストを救える力はない。


 しばらく、沈黙が続いた。


「とにかくさ」と声のトーンを変え、リストは体をおこす。「収穫はあるわけだよ。今日一日だけでも、ひとつ重要なことがわかったし」

「え?」


 ゆっくり立ち上がると、屋上のフェンスに歩み寄る。フェンスに手をかけ、校庭を見下ろした。


「『災いの人形』は恋をしている」

「へ?」


 リストはクスっと笑った。

 校庭には二つの影がある。和幸とカヤだ。


「それにしても、藤本和幸とは。

 皮肉だね」


 リストが『皮肉』といった意味は、ケットにも分かる。ケットは、またなにも言わなかった。

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