表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
258/365

粛清のはじまり -2-

 なにを言ってるの?

 責任者って……和幸くんじゃないでしょ。


「ようやく、か」警察だという男の人は和幸くんを嘗めるように見つめ、にんまりと笑んだ。「名前は?」

「藤本和幸」

「脚本も君かな?」

「……ああ」

 

 嘘。

 脚本も和幸くんじゃないのに。

 どうして? 演技とか、アドリブとか……そういうの苦手なはずなのに。なぜ、そんな平気な顔でするすると嘘ばかり?


「和幸、あんたなに言ってるのよ!?」アンリちゃんは青白い顔で叫んだ。「脚本まで……」

「お前はタイプしただけだろが」と和幸くんはさらりと流す。「話を考えたのは俺だ」


 どこか脅すような声色だった。


「和幸……」


 和幸くんの迫力に気圧されたのだろうか。アンリちゃんはしゅんと勢いを失くし、口ごもった。愛嬌のある大きな瞳が潤んでいる。アンリちゃんらしくない、切羽詰った表情。今にも泣き出しそうだ。

 そんなアンリちゃんの肩をぽんとたたいて、和幸くんは警察の人に歩み寄る。

 その様子に、私は悟った。

 そっか。和幸くんの嘘は、アンリちゃんのため。かばってるんだ。

 ずき、と胸が痛んだ。不安に息が詰まる。ぎゅっと胸元をつかんだ。

 私は必死に視線で和幸くんに訴えかけた。

 ねえ。かばうって……かばわなきゃいけないほど、危険ってこと? カインとして、アンリちゃんをかばおうとしているの? この騒動は、カイン絡みなの?

 

「俺だけでいいんだよな?」

「ああ」こけた頬をくいっとあげ、男は目を細めた。「こっちは責任者に用があるだけだ」

「分かった」


 和幸くんは安堵したようにふっと息をついた。

 体育館は不気味なほどに静まり返り、不安や好奇、猜疑の視線、それらが絡み合って彼へと向けられていた。

 男は私たちを囲むようにして立っている部下たち(おそらく)に目配せし、和幸くんの腕をつかんで歩き出す。

 彼は抵抗する素振りも見せなかった。促されるまま、歩き出し――ちらりと私に視線だけ向けた。冷静な眼差し。まるで、自分の運命を受けいれているかのような……。

 首が絞められるような息苦しさが襲った。

 不安と焦りが波のように押し寄せる。足が竦んだ。

 男たちに連れられ、ステージを降りていく背中が遠ざかっていく。届かなくなっていく。このままじゃ、また、彼を見失ってしまう。


「いや……」


 デジャブのような強い既視感が脳裏を貫いた。

 同じだ。夕べと同じ。

 また……私はこのまま、彼の背中を見送るの? また、大人しく彼を危険な場所に送り出すの?

 嫌だ。またあんな思いは嫌。

 不安に怯えて待つだけなんてもう嫌なの。

 彼と二度と会えないかも……そんな不安、耐えられない!


「和幸くん」ぎゅっとロザリオをつかみ、私は彼の背中を追って駆け出していた。「行かな――」

「待ちなさい!」


 体育館中が震えるような怒声が響き渡り、私ははたりと足を止めた。


「これも劇の演出なのかと思ってもみたが……違うようだね」


 聞き覚えのある声。

 頼もしくて力強い声。


「いったい、何の騒ぎなんだね?」


 不安に呑まれた闇の中、ぽつりと灯った希望の光。

 私は気が遠のくような疲労感を覚えつつも、その光を探した。


「彼を連れて行く前に、まずはわたしに事情を説明してもらおうか」


 ステージの下。客席との間のスペースに、私は見つけた。腰の後ろに手を回し、警察の人たちを前に堂々と佇むその姿。莫大なエネルギーを内に秘め、静かに聳える火山のような毅然としたオーラ。年齢など感じさせない、和幸くんとは違った逞しさがある。

 胸が熱くなって、きゅっと唇をかみ締めた。


「何度言えば分かるんだね、カヤ?」眼鏡の奥で光る鷹のような鋭い瞳が、こちらに向けられる。「困ったときは、わたしに頼りなさい」

「おじさま……」


 感極まって声が震えてしまった。思わず頬が緩んだ。


「失礼ですが」と、和幸くんの隣であの男は蔑むような笑みを浮かべた。「保護者の方には、後ほど改めて説明をさせていただきますので」

「では、保護者としてはあとで説明を聞くことにしよう」


 だが、とおじさまは眼鏡をくいっと上げて、男を睨みつけた。


「国家公安委員会委員長として、今、事情を聴かせてもらおうか」


 男たちがざわついた。動揺がはっきりと見て取れた。


――表の世界では権力がすべて。表で闘おうとしたら、権力で立ち向かうしかない。


 いつかの美月さんの言葉が脳裏をよぎった。

 そうだ、と胸の奥から力が沸いてくる。さっきまで震えていた私の足が、ようやくしっかりと地を踏んでいた。

 私は彼を救える武器を持っている。本間カヤという名が持つ『権力』という武器。

 ロザリオを握り締め、男たちを見下ろす。私から、彼を盗もうとしている人たち……。

 どんな名でも、どんな手でも、使えるものは全て使う。何を利用してでも、私は――和幸くんを守る。

 彼は私にとってこの世界の全てだから。

すみません、ちょっとスランプ気味で。短くなってしまいました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ