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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
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粛清のはじまり -1-

「劇は中止だ!」誰かがそう怒鳴り、続いて悲鳴が響き渡る。「誰もその場から動かないように」


 何が起こってるんだ?

 とっさに騒ぎが起きているほう――体育館の入り口へと振り返ると、スーツ姿の二十人ほどの男たちが勢いよくなだれ込んで来るところだった。


「和幸くん」


 不安げなカヤの声が聞こえて、俺はハッとした。

 つないでいる彼女の手が震えている。


「大丈夫だ」とカヤに視線を戻して微笑んだ。「すぐに再開できるさ」


 しかし、カヤの表情は晴れなかった。

 やっぱ、俺は演技は下手らしい。


「責任者は誰だ!?」


 さっきから怒鳴っているのは、ひどく痩せた男だった。四、五人を引き連れ、ずかずかとこちらに向かってくる。この連中が何者なのかは分からないが、リーダー格はあいつだろう。骨格にべったりと肌が張り付いているだけのような、骸骨のような顔をした男だ。黒目がでかいせいで、死神みたいな気味の悪さがある。

 ほかの連中は観客を取り囲むように体育館に散らばっていった。

 俺はカヤの手を離し、彼女を背後に押しやるようにして前に出た。


「和幸くん?」

「お前は下がってろ。何があっても大人しくしてろ。いいな」

「何があってもって……」


 責めるような彼女の声は無視して、俺はステージに上がってくる死神を睨みつけていた。

 分かっていたはずだ。この劇は危険だ、と。


――カインを題材に、こんなラブロマンス映画つくったら、怖い人たちに目つけられるぞ。


 初めてアンリの台本を読んだとき、そう言ったのは俺じゃねぇか。

 心臓が低く重たい鼓動を鳴らしていた。

 緊張しているのか。 

 俺は鼻で笑っていた。――こうなることは、覚悟の上だったはずだ。この劇が無事で終わるわけもない、と分かっていたはずだ。

 だからこそ、脚本からアンリの名前を消した。劇の連中にも誰が考えた話かは隠した。全て、何かあったときのために――。

 なのに、なにをいまさら……。

 心のどこかで、まさか、と思っていたのかもしれない。気が緩んでいた。

 我ながら呆れ返る。いつのまに、こんなにパンピーになってたんだろうな。


「この劇の責任者は誰だ!?」

 

 ステージ上にあがった男は馬鹿のひとつ覚えみたいに、それを繰り返す。

 男のあとからついてきた五人はステージ袖へと散らばり、ほかの参加者を引きずり出してきた。


「きゃあ」

「お、おい、なんなんだよ!?」


 町田と平岡の困惑の声が聞こえてきた。

 だが、俺はそちらの様子を伺うこともできなかった。死神から目が離せない。目を離せば、魂が抜かれる……そんな気がした。


「ちょっと、離しなさいよ!」威勢のいい声がこだまする。「あんたたち、なんなのよ、いったい!?」


 俺の視界にショートヘアの元気のいい少女が飛び込んできて、死神につかみかからん勢いで迫った。

 アンリだ。こいつには怖いものがないのか。呆れてしまう。


「何もするなよ」


 カヤにそれだけ言い残し、


「おい、アンリ」


 仕方なく俺はアンリに駆け寄り、その腕をつかんだ。


「和幸!? 離しなさいよ」


 離した瞬間、男に殴りかかりそうだろ。


「大人しくしろ」

 

 ステージ上には劇の参加者が全員そろっていた。

 皆の視線を感じる。とりあえず、アンリを落ち着かせないと皆の不安をあおるだけだ。

 カヤを一人にするのは気が引けるが、今はとにかくアンリだ。


「とにかく、下がれって」


 カヤにちらりと一瞥すると、今にも泣きそうな表情でこちらを見ていた。だが、俺の意図を汲んでくれたのだろう、俺の視線にそっと小さく頷いた。


「すみません」


 俺はぽつりと死神につぶやき、アンリをひきずるようにして後ずさる。

 そんな俺たちを、男は感情がないかのような冷たい視線で見据えていた。本当に不気味な奴だ。何者なんだ?


「お前は黙って後ろにいろ」


 参加者の人だかりの中にアンリを押し込むと、俺は声を押し殺して忠告した。「なによ」と不機嫌そうにぶつくさ言ってはいたが、歯向かってくることはなかった。一応、こいつも怯えているか。


「これで全員か?」


 俺たちを囲むようにして佇む五人の男に、骸骨野郎は落ち着いた様子で訊ねた。


「さて……改めて聞こうか。この劇の責任者は誰だ?」


 すぐ背後で息を呑む気配がした。

 その場がざわつき、視界の端で皆の視線がこちらに集まるのが分かった。厳密に言えば、俺の背後に、だが。

 俺はふっと息をつき、


「それ聞いてどうするんですか?」


 ぶっきらぼうに訊ねると、死神の眉が器用にくいっと上がった。


「ってか、まずはあんたらが何なのか、それを明かせよ」

「おぉい、和幸!」


 擦れた叱責がどこからか聞こえてきた。平岡だろう。完全に怯えきっているな。声が震えまくりだ。

 しばらく値踏みでもするような視線を俺に浴びせ、死神は怪しく笑んだ。


「警察――と言っておくよ」

「警察?」


 ぎょっと目を瞠ると、男はスーツの内ポケットからちらりと黒い手帳のようなものを見せた。

 これで十分だろ、とでも言いたげな表情を浮かべ、男は「安心しなさい」と静かにつぶやく。


「話を聞きたいだけだ。責任者は名乗り出なさい」

「警察が何の用なんだよ?」

「それは署で話す」

「署って……」


 ステージだけでなく、観客もざわめきたった。


「俺たち、逮捕されんのかよ?」

「責任者だけ、じゃないの?」

「でも、なんで?」


 不安と疑念の声が辺りに散らばる。場の空気が動揺に揺れている。

 俺はごくりと生唾を飲み込み、押し黙った。

 警察だ、と名乗った男を凝視する。

 多分……一番動揺しているのは俺だろうな。カインだったころも、ここまで緊張したことはない。

 この状況は有り得ない。劇に邪魔が入る可能性は頭にあった。だが、それが警察だとは……。

 警察は表の番人。裏の世界には干渉しない。それは暗黙のルール。

 表と裏は決して交わってはいけないんだ。俺たちカインだって、事態が『警察沙汰』になれば手を引く。そういうものなんだ。

 いくら腐敗しようとも、警察は表立って俺たちと関わることはない。

 この劇はカインの劇。その場に警察がこうして顔を出すなんて、あってはならないことだ。

 となれば……内容が原因ではない? カインは関係ないのか? この劇に参加している誰かが問題を起こした? その事情聴取?

 それなら、まだ納得がいく。

 だが、やはり疑問が残る。

 このメンバーの中で警察沙汰を起こしそうな奴はいない。いるとすれば――俺だ。


「名乗り出ないのなら……」


 男はにんまりと笑んだ。するりとその視線が流れ、ある少女に止まった。


「君でいい。一緒に来てくれるかな」

「えっ」


 心臓に鋭い痛みが走った。


「わ……私、ですか?」


 大きな瞳が困惑に揺れ、か細い指先が救いを求めるように胸元の十字架へとさまよう。白いワンピースを身にまとった姿は砂漠に住まう聖女。そんな彼女をスーツ姿の男二人が囲む。

 俺は意識の奥で何かに亀裂がはいったのを感じた。今にも崩れ落ちる――。


「カヤに――」

「カヤっちから離れなさいよっ!」


 言いかけた俺の声を、甲高い声が掻き消した。

 その瞬間、冷や水をぶっかけられたように理性が戻る。

 やばい、と振り返ると、顔を真っ赤にしたアンリが俺を押しのけ、前に出てくるところだった。


「名乗り出ればいいんでしょ」


 くそ。まだ考えがまとまってないってのに。


「責任者は――」


 なんで、こいつはいっつも突っ走るんだよ。こっちの気もしらねぇで!


「待て、アンリ!」


 だん、と思いっきり舞台を踏みしめ、俺はアンリの肩をつかんで乱暴に引き寄せる。


「痛っ! なにすんのよ、和……」

「責任者は俺だ!」


 しんと辺りが静まり返った。

 アンリはぎょっとした表情で俺を見つめている。肩が震えているのが伝わってきた。なにを無理してんだ。やっぱ、怖がってんじゃねぇか。

 俺はアンリを脅すように睨みつけてから、死神へと視線をずらした。

 アンリを危険にさらすわけにはいかない。


――友達としてでいい。アンリを守ってやってくれ。


 約束したんだ。こいつを『迎え』に行ったカインと。


「責任者は俺だ」落ち着いた調子で俺は繰り返す。「話なら俺が聞く。どこへでも連れて行け」

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