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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
255/365

開幕

「おい、カヤ」


 リストが去り、皆が慌しく準備に戻る中、俺はステージのど真ん中でカヤの腕をつかんで引き止めていた。


「やっぱ、俺には無理だって。お前からアンリに言って、誰かほかの奴を代役に……」

「無理じゃないよ」


 クスリと笑って、カヤは諭すように言った。

 俺とは対照的にまるで落ち着いている。本当に俺がこの無茶振りをこなせると信じているようだ。

 買いかぶりだ。事実、すでにかなりテンパってる。確かにセリフは覚えているが、このままじゃ棒読みで終わるだけだ。


「お前、分かってねぇよ。俺がどんだけ演技が下手だか……」

「あら。分かってるよ?」心外ね、と言わんばかりに、カヤは挑発的な視線を俺に向けた。「だって、あのビデオ観たもの。忘れたの?」


 言われて、かあっと胸の奥が焼けるように熱くなった。

 そうだった。アンリの悪ふざけによって、俺の赤っ恥ビデオが部室で上映されたんだったな。


「じゃあ、分かるだろ」恥ずかしさを押し殺し、俺は小声で訴える。「俺が演技したとたん、コメディになるんだって。この劇、ただでさえひどい内容なのに……」

「演技しなければいいんだよ」

「しなければいいって……」それができれば苦労しない。「簡単に言うなよ」

「私ね、この劇はきっかけになると思うの」

「きっかけ? って、なんの?」

「皆が……カインの皆が日向で暮らせる世界を創るきっかけ」


 思わぬ言葉が飛び出して、目を瞠った。

 それは……聞き覚えのある言葉だった。


――カインの皆が……日向で暮らせる世界も、きっと来るんだよ。


 『虹の橋』に連れて行ったときだ。カヤは闇に沈んだお台場スラムを目の前にして、笑顔でそう言ったんだ。まるで、夢物語のような言葉を自信に満ち溢れた声で。


(こっち)にいるからこそ、できることがあると思うの」熱く真剣な眼差しを俺に向け、カヤはそう続けた。「こんなちっぽけな劇でも、きっかけは創れると思うの。皆の代わりに、私たちが(こっち)で訴えるの。どうして……何のために、カインの皆が『無垢な殺し屋』として裏の世界で生きているのか」


 何のために……その問いに、胸が軋む。


――俺が『殺し屋』なのは……ただ偶然、家族を脅かす存在が人間だったから。家族の脅威は全て取り除く。俺がしているのはそれだけだよ。


 曽良はすんなりとそう答えた。

 『殺し屋』としての曽良を目の当たりにするまで、深く考えたことはなかったんだ。兄弟たちが『無垢な殺し屋』と呼ばれる所以。それが意味することを。

 きっと……カインの誰も、『殺し屋』としての生き方を望んだわけじゃないんだろう。そうしなきゃいけなかっただけだ。自分や『家族』を守るために。

 夕べ、俺はそう痛感した。


「私だって、知らなかった。カインなんてただの都市伝説だと思ってた。裏の世界の存在も、何もかも知らなかった。

 でも、今は知ってる。この世界には影があること。そこに生きる人々のこと。

 助けたいと思う。なんとか力になりたい。和幸くんだって、そうでしょ?」


 力強く問われて、俺はたじろいだ。

 そりゃ、カインの皆は家族だ。いくら『勘当』されてもその事実は変わらない。助けたい……力になりたい……そう思う。でも、どうすれば? 銃も手放し、『無垢な殺し屋』を辞めた。日向(こっち)ではてんで無力。いきなり都会に出てきた田舎モンと同じだ。


「俺に何ができる?」


 絞り出した声は悔しさに滲んでいた。

 そんな俺の顔を覗きこみ、カヤは全てを包み込むような柔らかい笑みを浮かべた。


「ねえ。だから、まずはこの劇から始めようよ」

「!?」


 ぎょっとして見つめると、カヤは照れたように笑んだ。


「この劇で、伝えるの。曽良くんや砺波ちゃんや静流さん……皆のこと」

「伝えるって……こんな劇、誰が本気にするんだよ?」


 表で噂されるカインは『殺し屋として裏の世界で育てられた少年少女』。その正体が、禁じられているはずのクローンで、ほかのクローンや売られた子供たちを助けているなんて……誰が信じる?


「ありえるかもしれない――それだけでいいんだよ。この劇を観て、誰かがそう思ってくれればいい」

「そんなんで何が変わるんだ?」

「世界」


 はっきりと……カヤは言い切った。――この世界を滅ぼす運命を持つ女が、希望に満ちた表情で。


「世界を変えるのって、ちょっとした人々の疑問や関心。そんなちっぽけなものなんだと思うんだ」


 言葉も出ずに、呆けてしまった。

 幕の向こうが徐々に騒がしくなっていく。本番も目前、といったところなのだろう。なのに、緊張とか焦りとか、そんなものが全て抜けてしまった。

 カヤは力強い眼差しで俺を見つめ、


「どう? やる気でた?」


 愛くるしくそう言われて、調子が狂った。張り詰めた空気が和んでしまう。


「そうだな」


 つい、苦笑が漏れた。


「演技だ、て意識するからきっとうまくいかないんだよ。ただ、伝えたいことを言えばいいだけ。元カインとして」


 その通りかもしれない。

 これはカインの劇。アンリの実話。モデルのカイン――翔太さんの気持ち、ここにいる誰よりも俺が一番分かるはずじゃねぇか。


「それにね」唐突に、カヤは頬を赤らめ、上目遣いでつぶやいた。「和幸くんが相手だと私も助かるんだ。演技なんて必要ないもの」

「は……」

「この劇、『迎え』に来たカインに恋する女の子の話だから」

「!」


 一気に頭までのぼせ上がったようだった。


「あ、いや……」


 ふいに、ステージ袖でムッとしている平岡が目に入った。

 俺はあわててカヤの腕から手を離し、頭をかいた。


「ちょっと、ちょっと。時間、時間! 和幸は下がって。さあ、開幕よ」


 相変わらず空気を読まないアンリの張り切った声がステージに響き渡った。

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