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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
252/365

インターミッション:藤本くんのお陰

というわけで、インターミッションです。読まなくても続きが分からなくなることはありませんが、読むと分かりやすくなる……かも? といった補足的なお話になっています。(この『インターミッション』の使い方は拙作独自のものです)

 参った。まさか、『そのネックレスには盗聴器に爆弾まで仕込まれているからはずしてくれ』なんて言えるわけがない。カヤにとっては、曽良からもらった大事なお守り、なんだもんな。俺が無事に『フィレンツェ』から脱出できたのも、その『お守り』のお陰だと信じてるみたいだし……まあ、ある意味、そうなんだけど。盗聴器で曽良と連絡がとれたからこそ、俺はこうして無事に帰ってこれたんだからな。

 しかし、だ。だからといって、あのロザリオが危険なことに変わりはない。さっさと、はずさせないと……。

 それに、あの声がカヤかどうかも聞けなかった。


――お前は、絶対に死んではならない。世界(エリドー)のためにも、パンドラのためにも、生きなければならない。お前がいなければ、全て終わりだ。


 声そのものはカヤだ。声はカヤなんだが……カヤが言った、という確信がもてない。

 口調は全然違うし、あいつが自分のことを『パンドラ』と呼ぶとは思えない。第一、あいつが自分の正体を知ったのはつい最近で、俺がそのことを知ったのは夕べだ。俺に向かって、エリドーだ、パンドラだ、と話したとすれば、夕べしかありえない。でも、そんなことを夕べ話しただろうか? いや、そもそも、もっと前に聞いたような気がして……。


「なに彼女に見惚れてるんだよ」

「は?」


 いきなり現実に引き戻されて、俺はハッと目を見開いた。その瞬間、周りのざわめきがどっと耳に流れてくる。それまでカヤしか見えていなかった視界には、カヤを囲むようにして話しているアンリや他の出演者の姿が浮かび上がった。その向こう――こちらとは反対側のステージ袖では、俺と同じ裏方の連中が四、五人ふざけあっている。

 

「って、シカトか、おーい」

「!」


 ふてくされた声に振り返ると、見た目だけ(・・)は立派な野球部のような――ガタイのいい身体に坊主頭ってだけだけど――平岡が。さも、恨めしそうな顔で俺を見ている。


「で……ずっと見てただろ、神崎さんのこと?」

「……見てたら、なんなんだよ?」


 その前に、どういう質問だよ? 一気に緊張感が解けた。

 主役のリストは一向に姿を見せず、とりあえず出演者は段取りの最終確認を始めた。俺たち裏方はその様子をステージ端から見守るくらいしかやることがない。で、なんとなくカヤを見つめていたら、段々と考えこみだして……。

 とにかく、平岡には関係のないことだ。


「どうでもいいだろ、そんなこと」

「学校の外でも好きなだけあの美貌を拝めるってのに、欲張りだな、お前は」

「どういう嫉妬の仕方だよ」

「俺は嫉妬するほど身の程知らずじゃねぇよ」


 どういう意味だ?


「じゃあ、なんでつっかかるんだ?」


 あと、詰め寄るのはやめてくれ。ただでさえ、他の裏方の連中も居て狭いんだから。


「当然だろがよ」と平岡は鼻から息を噴出す。「俺はお前の神崎さんへの一途な片思いを応援してやってたってのに、付き合ってることを報告もしてくれなかったじゃないか。風の噂で知った俺の身にもなってみろ」


 またそのことか。俺が「神崎の彼氏だ」と宣言してから、ことあるごとに平岡はこの件について文句を言ってくる。


「だから、俺はお前に報告したよ」

「してねぇよ」


 初耳かのように、平岡はくりっとした目を見開いた。

 はいはい、このやり取りもお決まりだ。


「まるっきり信じようとしなかったお前が悪いんだろ。とぼけるな」

「何の話だ? 俺は一度もそんな話は……」

「いい加減にしろよな。女みたいなことで機嫌損ねてんなよ」


 やれやれ、とため息をもらす。

 噂は好きだし、人の恋路に首をつっこみだかるし……見た目は体育会系なのに、中身はまるで、思春期の『女の子』なんだよな。どっかの自己チュー女を思い出す。


「あぁら、女みたいな、てどういうこと?」


 さらに不機嫌そうな声が背後から聞こえて、今度は誰だ? と振り返る。声から大体予想はついてるが。


「失礼しちゃうわ、藤本くん。そういうの、男女差別よ? 分かってる?」

「町田……」


 厄介な奴に絡まれた。そんな気分だ。

 染めた気配は一切ない長い黒髪。化粧っけのない顔。校則通りの丈のスカート。真面目で優等生、まさに『学級委員長』の名にふさわしい容姿。さらに――容姿は中身を映し出すとはその通り――曲がったことは大嫌いで、口うるさい。しかも、理不尽な文句をつきつけてくるどっかの童顔自己チュー女と違って、町田の場合は正論を並べてくるから、たまったもんじゃない。そんな町田コトミに糾弾されては、こいつを知る男なら誰でもしり込みする。たとえ、元・裏世界の殺し屋でも……。


「男女差別だ、男女差別だ」


 平岡もどさくさ紛れに援護射撃。いい加減にしろ、と怒りを通り越して呆れてしまう。ま、こいつらしい、と言えばそうなんだが。


「神崎さん……じゃない。本間さん(・・・・)が心配になってきたわ。無理に料理させたりしてないでしょうね?」

「どういう心配してるんだよ?」


 ってか、わざわざ言い直さなくても……教師以外は、未だに『神崎』って呼んでるんだし。律儀というか、面倒くさいというか。

 理由は分からないが、俺の停学が解けたあの日から、カヤは『本間カヤ』と学校でも名乗るようになった。卒業までは『神崎』のままでいる、と言っていた気がするんだが……。直後に、別れる別れない、の例の騒動が始まって、理由を聞く機会がなかった。

 ただの心変わり……かな。本間の親父さんの事情か。

 まあ、いい。とにかく今は、町田の追及からどうにか逃れないと。


「そもそも、俺たちのことはお前に関係ないだろ」 

「そうもいかないのよね。私もアンリの親友だし」

「なんでアンリがでてくんだ?」

「あんたって、ほんと……」ぎょっとした様子で町田は何かを言いかけ、口をつぐんだ。「ま、期待してなかったけど」

「何の話だよ?」

女の(・・)話、よ」


 ぎろりとねめつけられて、俺は言葉につまる。

 やっぱ……女には口ではかなわないな。


「でもま、カミングアウトして正解だったんじゃない? 本間さん、藤本くんに救われたところがあると思う」


 急に柔らかな口調になって、町田はちらりとカヤに一瞥した。

 俺に救われた? 一瞬、ぎくりとした。が、冷静になってみれば……まさか、こいつが裏世界のことや、まして『神の裁き』について知ってるわけない。そっち(・・・)の話じゃない、よな。

 じゃあ、なんだ? 正直、それ以外でカヤを助けた覚えはない……って、彼氏として情けないな。


「和幸が神崎さんを救った?」がっくり来ている俺をカバーするかのように――当然、そんな意図があるわけないが――横から平岡が口を挟んだ。相変わらず、好奇心丸出しだ。「ああ、盗撮写真の件か? あの(・・)和幸が熊谷殴ったっつーんだから驚いたよな」

「盗撮写真?」


 町田の正義感に満ちた瞳がぎらりと鋭い眼光を放った――ように見えた。

 俺はあわてて「何の話をしてるんだ、平岡!?」と笑い声をあげる。ああ、我ながらわざとらしい。泣けてくる。

 町田、すげえこっち見てるし。かなり疑り深い目で。


「藤本くんが熊谷くんを殴ったのって、熊谷くんがしつこく本間さんに言い寄ってたから……じゃなかった? 盗撮写真ってなによ?」


 それを聞いて、ようやく平岡は思い出したらしく、「あ」と腑の抜けた声をもらした。

 もう、遅いっての。

 出回っていた例の盗撮写真が熊谷の仕業であることはここだけの話、となっている。

 停学処分が取り消されて登校したその日、俺は校長に呼び出され、校長直々に口止めされたのだ。


――あなたが熊谷くんを殴ったのは、神崎さんが彼に言い寄られて困っていたから、ということにします。盗撮写真の件はこちらでなんとかしますから。これ以上、写真のことを騒ぎ立てても神崎さんのためにはならないでしょうし。


 騒ぎ立てない、てのは、熊谷が表立ってお咎めを受けることはない、てことだ。

 当然すっきりしなかったが、熊谷の親はPTA会長だというし、圧力があったんだろう。校長も妥協せざるを得なかったに違いない。

 孤児院出身だという話を聞いたからだろうか、どうも校長には妙な信頼感を抱いてしまう。俺も単純だな。

 そういうわけで――もちろん、ひょんなことから盗撮写真の詳細を唯一知っている平岡にも、その旨を伝えたわけだが……平岡の奴、うっかりもいいところだ。


「なんだか、裏がありそうね」町田はさらりと黒髪をはらい、呆れたようなため息をもらす。「ま、いいわ。私が言いたかったのはそのことじゃないし」

「違うのか?」


 他になにがあるんだ? とでも言いたそうな平岡。顔にですぎだよ。もしくは、俺の被害妄想でそう見えるだけか……。


「本間さんが藤本くんと付き合ってる、て分かってからさ、あの現実味のない美女がようやく『同級生』に思えるようになったのよね。たぶん、他の皆もそう」

「は?」


 ちょっと待て。どういう意味だ、それ?


「確かに!」と、平岡は声を弾ませる。「あれだよな。金持ちのお嬢さまが激安回転寿司にはいっていくのを見かけて、親近感がわくのと一緒だ」

「……俺は激安回転寿司、て言いたいのか」

「その喩えはよく分かんないけど」平岡をジト目でねめつけ、とにかく、と町田は仕切りなおす。「親近感、てのはその通りね。近づきやすくなったのよ。藤本くんのお陰で」


 お陰、お陰、て……それ言われるたびに、なぜだろう、心が痛む。


「お前らな、すっげえ失礼なことを言ってるのに気づいてるか?」

「私、失礼なこと言ってる?」心外ね、と町田は眉間に皺を寄せる。「激安回転寿司、とは言わないけど、藤本くんは本間さんに比べたら超庶民でしょう。もちろん、私たちも。本間さんは今や、大臣の娘。それも超がつく美少女だもの。

 うまくいえないけど、私たちとは住む世界が違う、ていうか。別世界から来た人、て感じだったんだよね。そんな彼女が、私たちの中でも目立たない藤本くんと付き合いだした。これって、結構、革命的よ」

「革命的って……」 

「藤本くんの存在が本間さんと私たちを近づけてくれたんだと思うの。そうね……彼女を『庶民派』にしてくれた、てところかな」形のよい眉が、どうだ、と言わんばかりにぴょんと跳ねた。「ね? 私、失礼なこと言ってないでしょう?」


 そこまで自信満々に言われると、「ああ、そうだな」なんてうっかり同意してしまいそうになるが……いや、やっぱ、失礼なこと言われてるよな。

 俺はひきつり笑顔で「まあ」と生返事した。

 でも――

 俺は打ち合わせをしているカヤに目をやる。

 台本を手に、他の出演者に囲まれ、談笑している彼女。

 そう言われてみれば、


「自然……だ」


 思わず、声に出ていた。

 以前までなんとなく感じていた、彼女と周りとの溝。それがなくなっているように思えた。カヤも変わったのかもしれないが、それよりもきっと、周りの人間が……。


――本間さんが藤本くんと付き合ってる、て分かってからさ、あの現実味のない美女がようやく『同級生』に思えるようになったのよね。


 つい、口許がゆるんだ。

 一理あるかもしれないな。

 たぶん、皆、感じていたんだと思う。人は『異質なもの』に敏感だから。すぐに感じ取ってしまう。カヤは自分たちとは何かが違う、と。たとえ、『神の裁き』とか『災いの人形』とか、そんなものを知らなくても。それはやがて恐怖心となって、拒絶へとつながる。近寄りがたい、という印象に変わる。

 そうだな。俺はきっと、そんなカヤと他の連中との『共通点』になったのかもしれない。『架け橋』、てやつか。

 参ったな。町田の奴、やっぱ正論言いやがる。


――私、失礼なこと言ってないでしょう?


 そうだな、と心の中で答えた。


「あ、そうそう。こんな無駄話をしに来たんじゃないのよ」急に声の調子を変えて、町田が切りだす。「これ、本間さんのよね?」


 ぐいっと町田が俺の目の前に掲げたのは、革のバッグ。学校指定のスクールバッグだ。

 ずっと片手に持ってたから、てっきり、町田のかと思ってたが……カヤの、なのか? てか、なんで俺に聞く? 確かに、カヤはそれを持って学校に向かったけど、学校指定のバッグだぞ。皆、同じのを持ってるんだ。どれがカヤのか判別できたら、さすがにひくだろ。


「本人に聞きゃいいだろ。すぐそこにいるんだから」

「本間さんは大事な打ち合わせ中。邪魔しちゃ悪いもの。一方、藤本くんは暇そうに平岡くんと無駄話。当然、こっちに来るわよね」

「来るわよね、て……」

「体育館の入り口に荷物をまとめて置いてたでしょう? このバッグもそこにあったんだけどさ、ずっと着信音が鳴っててうるさかったのよ。――どうやら、目覚ましのアラーム音だったみたいなんだけど。たぶん、リハの時間にセットしてたのね」言って、町田はバッグを開けて中から携帯電話を取り出した。「ついでに、持ち主捜そうと思って……悪いなとも思ったんだけど、電話帳をのぞかせてもらったの。そしたら……」


 ずいっと俺に見せつけるように差し出されたケータイの画面。そこにあるのは――。


「藤本くんしか登録されてない」呆れたような声色で、町田はずばり言い放った。「そんなケータイもってるの、ここで本間さんだけでしょう?」

「……」


 思わず、口ごもる。

 登録されてる番号が俺だけ……あの(・・)ケータイだ。


――和幸くんしか知らない番号だよ。


 たしか、俺の卒業パーティーの夜だったよな。まだはっきりと覚えているあの声。初めていたずらでもした子どものような、無邪気で愛らしい声だった。思い出すだけで、耳元がくすぐったくなるくらい。


「わ~、耳まで赤らめやがって! なんだか俺、ショックだよ、和幸」

「う……うるせぇな、平岡!」


 俺だってショックだ。ここまで、恋愛慣れしてないのか、俺は。砺波にからかわれて当然だったな。


「やっぱり、本間さんので間違いなかったみたいね」冷静にそう結論づけると、町田はケータイをバッグにしまって、俺に突き出してきた。「はい」

「『はい』? これは、どういう意味だ?」


 すると、町田は驚いたように目を丸くした。


「どういう意味もなにも、預かってて、て意味。分かるでしょう? 昔から、荷物持ちは男の役目よ」


 その瞬間、平岡が口をあんぐり開けるのが視界の端で見えた。


「男女差別の話はどこいった?」


 目を薄めて半笑いで訊ねると、町田は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「男女平等の世界にも、レディファーストは存在するでしょう」


 やはり、自信満々に町田は言うのだった。

コトミの言う『同級生』はここでは、『クラスメイト』ではなく、『同じ学年の生徒』という意味で使っています。こういった『同級生』の使い方は誤用とする説もあるようですが、他にいい言い方がおもいつかなかったのでご了承ください。

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