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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第五章
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朝の会 -中-

「お台場に到着後、二手に別れ、港と倉庫で待機。港の班は、レオンの船が到着次第、トラックに積荷を移し、倉庫に搬送。倉庫の班は、それまでに搬入の用意。搬入時には、レオンを立ち合わせること。倉庫内に残っている銃器や火薬の整理、点検を手伝ってもらいなさい。

 ここまでで何か、質問はあるかな?」


 白い眉の下で、ぎろりと黒目が動く。その場にいる娘たちの頼もしい顔つきを確認し、藤本は「よし」と頷いた。


「免許を持っている者を中心にチームを編成。人数も人選も静流に任せる。必要だと思う数だけ、好きに兄弟を呼び出しなさい」


 言われて、窓際で腕を組んで聞いていた静流は肩を竦めて応えた。口をはさむ気はないようだ。

 藤本は満足げに微笑を浮かべ、ちらりと静流の隣で後ろ手を組んで立っている美月に目をやる。


「倉庫のサポートは美月。お前に頼むよ」

「はぁい」にっこりと眩しい笑顔を浮かべる美月。「しずるんだけじゃ、倉庫を荒らして終わっちゃうものね」

「どういう意味だ!?」


 青筋を立てて振り返った静流に、美月はくすりと笑んで、人差し指を天井に向けた。「ね」と愛らしく頭を傾ける。美月の黒髪についていた白い破片が、粉雪のようにさらりと落ちた。


「せっかく手に入れた弾薬も、その場でなくなっちゃいそうだもの」


 くすくすと楽しげに言う美月に、静流は涙ぼくろをぴくりと動かして頬をひきつらせる。「ちっ」と舌打ちをして、美月から顔をそらした。

 藤本はその様子に、つい苦笑を漏らす。おそらく、カインの中で静流を丸めこめるのは、美月だけだろう。静流とは長い付き合いだから、ということもあるが、美月には読心術のような心得がある。静流の手綱(・・)を握らせるのはうってつけの人物だった。


「港のサポートは……」と藤本は視線を左にずらす。ベッドに腰を下ろしてこちらに顔を向けているアリサと目を合わせ、「アリサ、お前に頼むよ」

「任せて、お父さま」キラリと瞳を輝かせ、アリサは猫なで声のようなものをだした。「遠路はるばるいらっしゃる殿方たちに精一杯のおもてなしを――」

異文化交流(・・・・・)は、ほどほどに、な!」


 悦に入るアリサの言葉を、藤本は強い語調で遮った。アリサはきょとんとして、「分かりましたわ」と不思議そうな表情でつぶやく。

 なるほど、茶々の言っていたことはこのことか。藤本は心の中で納得する。


「その間に」と藤本は気を取り直して、姉たちの中で、一人大人しく控えている少女に目をやる。「茶々には『実家』の整理を頼みたい。わたしの部屋の備品や書類をリストアップして、あとでわたしに渡してくれ」

「はい、承りました」と、茶々ははきはきと答える。さっきまで姉とみっともない口論をしていた少女とは思えない凛々しい態度だ。

 藤本は安心したように微笑んで、「それとね」と続けた。「わたしの部屋に古いロザリオのネックレスがたくさんあっただろう。あれはもういい。全部、処分してくれ」

「は」と茶々は目を瞬かせる。「処分……ですか? でも、あれは――」

「もう、いらないんだ」


 感慨深げにそう答え、藤本はベッドサイドテーブルに目を向けた。そこには、色紙や人形、手作りのマフラーなど、子どもたちからの様々な贈り物が置いてある。


――藤本さんはもうその罪を償ったんですよ。ここにある花束も果物も手紙も、その証だと思います。


 いつかの、少女の言葉が頭をよぎる。

 ああ、そうだ。あのとき、自分は解き放たれた気がしたのだ。

 藤本は心が温まるのを感じた。

 部屋の棚に保管してあるロザリオのネックレス――それは、藤本が自分への戒めにとっておいた十字架だった。

 『クローンを救う会』を率いていた頃の自分。破壊によって自らの罪を償おう、としていた自分。犠牲の上に成り立つ正義を信じていたころの自分。同志さえ犠牲にすることを正当化できてしまった自分。そんな自分を省みるために、そんな自分に戻らないように、その戒めにとっておいたものだ。

 しかし、もういいだろう、とやっと思えるようになった。


「そろそろ、部屋もすっきりさせないと。今のままでは、お前たちからの大事な宝物を保管する場所がないからね」


 穏やかな笑みを浮かべて、藤本はそうつぶやいた。すると――


「でも、処分、てどうすればいいんですか?」


 困惑した茶々の声が聞こえて、藤本は顔を向きなおす。


「どうするもこうするも、捨ててくれればいい」


 さらりとそう答えると、「捨てるって……」と茶々はぎょっと目を見開いた。「でも、爆弾が仕込まれているのに、そのまま捨ててしまっては、危険ではありませんか?」

「爆弾!? 何を言ってるんだ?」思わぬ言葉に、藤本は失笑してしまった。「そんなもの、とっくに取り外してある。もうあれには発信機と盗聴器しかついていないよ」


 その瞬間、「え!?」とその場にいる娘たち全員が、驚愕したように声を上げた。


「なんだ、その驚きようは? 爆弾なんて危ないものを、お前たちの近くにおいておくわけがないだろう」


 しかし、娘たちはあっけにとられた様子で何も答えようとはしない。

 藤本はがらりと表情を変えた。不審な匂い(・・)を嗅ぎとったのだ。警戒する野犬のような鋭い眼差しを浮かべ、四人を見回す。


「あのネックレスは持ち出し厳禁。決していじるな、と全員に言い含めておいたはずだ。なんで、お前たちがそこまで気にする必要がある?」


 四人は口々に「いや」とか「別に」とか、ごまかそうとしている。あの(・・)静流までもがばつが悪いような表情を浮かべている。

 明らかに様子がおかしい。

 藤本は確信した。父親としての勘が告げている。これで何度目かも知れないため息がもれた。


「正直に言いなさい」呆れと怒りが混じった声色だった。「今度は、なにをやらかしたんだ?」


 姉妹たちは顔を見合わせ――やがて、観念したのか、「実はね」と最年長のアリサが言いにくそうに口火をきった。


 アリサの説明を聞いている間、藤本の顔はみるみるうちに赤くなり、体はわなわなと震えだした。まるで火にかけられたやかんのようだ。怒りはふつふつと高まっていった。

 さて、五分もかかっただろうか。

 やがて怒りが沸点に達すると、「何を考えている!?」と怒号が病室を揺らした。

 こうなることは予想していたのだろう。四人の娘たちはぴくりともせず、気まずい表情を浮かべて突っ立っている。


「神崎さんは、和幸の大切な人だろう! それを、お前たちは……」


 藤本はあまりに興奮しすぎて、唾を喉にひっかけた。苦しげにむせると、美月がかけよってきて、背中をさすろうと手を伸ばしてきたが、それを藤本は右手で断った。


「確かに彼女には、『黒幕の娘』ではないか、という疑いはあった。だが、それは三神くんの情報が間違っていただけだ。そう説明しただろう。

 それでも不安になる気持ちは分かる。だが、あの子を『黒幕の娘』だと疑うのは、和幸の人を見る目を疑うのと一緒だ。和幸を信じていないのか?」


 すると、「和幸のことは信じてるさ」と静流が髪をかきむしりながら、気が進まない様子でつぶやいた。「ただ……」


「『ただ……』、なんだ?」


 静流は「アリサ姉さん」と腰に手をあてがって、唐突に呼びかけた。くるりと振り返った姉に、静流は細いあごをしゃくる。


「その時計、誰からもらったんです?」

「時計? なんで、急に?」

「いいから、教えてください」

 

 何が始まるのか、と訝しそうに見つめる藤本の前で、アリサはちらりと左手首に視線を向けた。細い手首には、細かなダイヤモンドがしきつめられたバンドがからみついている。その輝きで、肝心の時計の文字盤が見えないのではないか、と心配になるほどだ。


「大学の教授だけど」けろっとそう答えて、アリサは再び振り返る。「それがなぁに?」

「その教授とはどういう関係ですか?」

「金づる」


 藤本は予期せぬ単語に、ぎょっとする。お茶でも飲んでいたら、勢いよく噴きだしていたところだろう。

 かまわず、静流は質問を続ける。


「その指輪は?」

「これ?」と、アリサは自分の右手に視線を落とす。その小指に輝くのは、真っ赤なルビー。それも、まるでおもちゃのような大きさだ。「大学の事務の人よ。バレンタインに、失敗したチョコあげたらくれたのよねぇ。義理以下なのに、わざわざ貯金くずして買ってくれたの」


 茶々の軽蔑の眼差しに気づいているのか、いないのか。アリサは感心したような声で「律儀よねぇ」と言い添えた。

 もはや、藤本は言葉が見つからない。額を押さえて頭を左右に振る。


「こういうわけだよ、親父」

「どういうわけだ?」


 しめくくろうとする静流に、藤本は疲れたような声で訊ねる。


「つまり」と、相変わらずにこにこして控えていた美月が、静流よりも先に口を開いた。「あんな美女が和幸ちゃんと付き合うなんて、裏があるとしか思えない――そう言いたいのよね、しずるん?」


 静流は「ふん」と鼻を鳴らして腕を組む。「そう考える兄弟も多い、てことだよ」

上、下、で終えるつもりが、長くなりすぎました。区切り悪いところで切ってしまって申し訳ありません。次で朝の会も終了です。

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