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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第四章
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最後のおつかい -7-

具体的な地名がでてきますが、実際のものとは全く関係ありません。あくまでフィクションです。

「君の本当の名前はパンドラ。世界を滅ぼすために創られた神の人形なんだ」

「は……はい?」

「イラン高原に、アトラハシスという一族が管理している神殿がある。太古の昔に神から授かった箱を保管している神殿だ」

「えっと……ユリィさん、でしたよね。ごめんなさい、何の話をされているのか……」

「それは、『パンドラの箱』と呼ばれている。君はその箱に眠っていた土。それが魂を得て意思を持った土人形だ」


 俺はただ唖然として、その会話に聞き入っていた。曽良の持つ携帯電話(によく似た機械)からスピーカーフォンで流れてくる会話――カヤと、もう一人……あいつの婚約者として突然現れたユリィという男の声だった。


「信じられないかもしれませんが、落ち着いて聞いてください、神崎先輩」


 不意に、聞き覚えのある子供みたいな声が聞こえてきた。リストだ。あいつも居るのか。


「これ、新しい劇の話なの?」と尋ねるカヤの声は、困惑している。「神話の劇でもするの?」

「劇じゃない。真実を話してる」容赦なく、ユリィがそう答えた。会ったときもそうだったが、今にも眠ってしまいそうなほどぼんやりとした口調だ。「君は知るべきだ。自分が何者か。なぜ、君がこの世界に現れたのか……その本当の理由を」


 思わず俺は身を乗り出し、会話を再生しているケータイに手を伸ばした。何をしようとしたのかは自分でも分からない。ただ、気づけば腕が勝手に動いていた。が、指がその黒い機械に触れる前に、会話は止まった。いや、止められた。曽良の親指があるボタンをすばやく押し、パタンとケータイを閉じたのだ。

 ハッと我に返って曽良を見上げると、


「ここからは有料でーす」そんな冗談めいたことを言ってはいるが、表情には気遣っている色がはっきりと浮かんでいた。「全部聞くことも無いでしょう」


 低い声でつぶやくように言って、曽良はケータイをポケットにしまった。

 俺は言葉も出ずに、呆然とそのポケットを見つめることしかできなかった。


「火曜日の朝に盗聴した会話だよ」慰めるような声色だ。曽良の視線を感じる。それでも俺はうつむいたまま、曽良のポケットから目を離せずにいた。正確に言えば、ポケットの中のもの――首にかけたロザリオと電波でつながっている機械から。


「火曜日……」とつぶやき、俺は焦りにも似た緊張を感じた。みぞおちで得体の知れないものがうごめいているよう感覚がした。

 忘れるはずもない。三日前のあの日。自宅謹慎が(なぜか)解けて、学校に復帰した日。カヤが早退したと聞いて見舞いに行った日。そして――


「カヤにふられた日だ」


 ひどい脱力感に襲われた。俺はがくりと頭を垂れて、唇をかみ締める。「あのとき、様子がおかしかったのは……」

「カーヤはかっちゃんを嫌いになったわけじゃない。大好きだからこそ、引き離したんだよ」


 言われて、俺は顔が熱くなるのを感じた。こいつは、よくそんなセリフをさらりと言える。


「今まで盗聴した会話、全部聞いたら分かるよ。カーヤは、かっちゃんをこれ以上巻き込みたくなかったんだ。だから、必死に引き離そうとした。それが真相だよ」

「……」


 真相……か。確かに、謎は解けた。カヤの不可解な行動全てに合点がいった。俺を巻き込みたくない……か。あいつらしい。――なのに、これっぽっちもすっきりしない。悔しさと憤りばかりつのっていく。

 俺はぐっと砂を握り締める。

 リストの奴、何を考えてるんだ? 俺がカヤに全部打ち明けたい、と提案したときはあんなに抵抗を示していたのに。命を落とすかもしれないから、とかなんとか言って。なのに、なんで急にカヤにぶちまける気になったんだ? それも、俺の知らないところで……。なぜ、俺に何も言わない? あのユリィって奴も、何者なんだ? 『裁き』のことを知っている。カヤの正体を知っている。神の一族なのか? 

 なにがどうなってるんだ!?


「ごめんね、かっちゃん」不意に、曽良が珍しく弱々しい声でそうつぶやいた。「どんな突拍子も無い話でも……兄弟の言うことは全て信じる。そう決めてたのに……」


 俺は顔を上げ、「は?」と眉をひそめる。急に何を言い出したんだ? 曽良の横顔は苦悩でゆがんでいた。俺の視線を恐れているような印象さえ感じた。


「カヤは世界を滅ぼすかもしれない――かっちゃんのその言葉を、真面目に取り合おうともしなかった」


 俺の言葉……? なんの話だ、と言いかけ、ぎくりとして俺は目をむいた。「あ」と間抜けな声が漏れる。脳天にしびれるような衝撃が走った。そういえば……!


「俺に助けを求めてくれたのに……心の病だ、なんて疑って」

「いや、それは……」


 俺は口ごもり、頭をかいた。

 そうだった。俺は曽良につい言ってしまったことがあった。葵のことでカヤとケンカをしたあと。


――カーヤは普通の女の子だよ。


 そう言った曽良に嫉妬のようなものを抱いて、つい口走ってしまったのだ。カヤは世界を滅ぼすかもしれないんだぞ、と。何の考えもなしに。やけくそに近い勢いだった。今思うと、呆れるほどに子供じみた行動だった。曽良はそのとばっちりを食らったに過ぎない。


「だから」と俺の言い訳(・・・)を聞くこともせず、曽良は低い声で言う。「これはお詫び」

 

 お詫び……か。言えないな。相談したかったわけじゃない、なんて。

 そんな俺の心中をよそに、「にしても」と声のトーンを変えて曽良は呆れたような笑みを浮かべた。


「参ったよ。『黒幕の娘』かどうか確かめるために盗聴してたのに、まさか……」


 曽良はそこで口を噤んだ。何を言おうとしたのかも、なぜ言うのを躊躇ったのかも、容易に分かる。


「よく、信じる気になったな」


 頭の中は混乱を極めているが……ひとまず気を落ち着かせ、俺はそう尋ねた。曽良はこちらに一瞥をくれ、「まあね」とため息混じりに答える。


「最初は信じてなかったよ。新手の宗教か、悪徳商法か、イタズラか……そんなとこだと思った。カーヤは人が良いから騙されても不思議じゃないし」


 それが普通の反応だろうな。『災いの人形』、神の『裁き』、『収穫』の日……非現実的すぎて、信じるほうがおかしいくらいだ。神の血をひくリストに、反則的な力で信じ込まされた俺とは違う。

 曽良はふと顔をしかめて「でも」と低い声でつぶやいた。


「信じざるを得ないことが起きちゃったから」

「信じざるを得ないこと?」つい、ぎこちない発音で鸚鵡返しにしていた。「何が起きたんだ?」

「ちょっとね」


 軽い調子でそうごまかして、曽良は肩を竦める。「それより」とすかさず、言葉を続けた。まるで俺に口をはさむ暇を与えないかのように。


「早く、『迎え』に行ってあげなよ」

「……迎え?」


 ぱちくりと目を瞬かせていると、「もう」と曽良はわざとらしくため息をもらす。


「今すぐにでもカーヤに会いたいくせにぃ。明らかに、そわそわしてるよぉ」

「な……」


 ぼうっと頭のてっぺんまで熱くなるのを感じた。顔をそらして、「別に」と条件反射で言いそうになったが――ここでそんな照れ隠しはみっともないように思えた。いや、無意味だ。


「ああ」と俺ははっきりと口にした。からかわれるのを覚悟で、素直に笑顔をこぼす。「会いに行きたいよ。今すぐ」


 会って、話したい。その思いが心の中に充満していた。細かいことは、この際どうでもいい。今すぐあいつのところに行って、とにかく話がしたい。やっとちゃんと話し合える。もう俺たちの間に、溝は無い。お互い、今度こそ隠すものは無くなったんだ。

 曽良は満足そうに目を細めて頷いた。と、いきなり、親指をぐっと立てて(周りには誰もいないのに)小声で囁きかけてくる。ついさっきまでの大人びた表情はどこへやら。珍しい虫でも見つけた子供みたいな意気揚々とした表情だ。


「今夜は特別に、盗聴しないであげるから。存分に仲直り(・・・)して。あ、録音もしないよ」

「な……なに、言ってんだ?」


 眉根を寄せて尋ねると、曽良は「いやだなぁ」と演技じみた声をもらす。


「この際、勢いで卒業(・・)しちゃえば……」


 そ、卒業――ざわっと胸焼けのようなものを感じ、一気に頭に血が上った。


「お前はこんなときでも、そうなのか!」と怒鳴って、曽良の頭を勢いで(・・・)ひっぱたいていた。顔が熱いのは、怒りのせいだ……そう自分に言い聞かせる。「いい加減、ほっといてくれ」

「ほっとけないんだよぉ、おもしろいから」


 叩かれたというのに、気持ち悪いほど嬉しそうに曽良は笑っていた。さっきまでの真剣な雰囲気はどこいったんだ?


「ああ、ったく!」俺で遊びやがって……昔と何も変わって無いな。苛立ちに身を任せるように乱暴に立ち上がり、曽良を睨むように見下ろす。「これだから、別の中学に行ったんだよ、俺は」

「ええ? そうだったの?」


 気付いてなかったのか、こいつは。


「てか、お前」出し抜けに、重要なこと――今までうっかり忘れていたことがおかしいくらいの大事件――を思い出し、俺は眉間に皺を寄せた。「カヤに……キスしたよな?」

「げ」と、曽良はわざとらしく口をゆがめてそっぽをむいた。「このタイミングでそれ持ち出すかなぁ」

「お前もカヤのこと好きなんだろ!? よく平気で俺にカヤとやれ、て言えるな」


 言った瞬間、「あ!」と曽良は人差し指を夜空に向かって突き出した。やたらと嬉しそうな声に、俺は身の毛がよだつほど嫌な予感がした。曽良はすっくと立ち上がると、振り返り、人差し指を俺に向ける。


「誰も、やれ、とは言って無いよ」

「……は!?」なんだ、その勝ち誇った表情は。「言っただろ! 卒業しろ、て」

何を(・・)卒業しろ、とは俺は言ってないよ。かっちゃんったら変なことばっかり考えて、いやらしぃ~」

「……っ!」


 体中の血が沸騰するようにたぎった。この馬鹿は……小学生と同じノリじゃねぇか。砺波もこいつも、なんでいつまでたっても成長しないんだよ!?

 といって……昔と同じような手にかかる俺も俺だな。実際、何の反論も出来ないし。

 成長してないのは、俺も同じか。思わず、ため息が漏れた。


「ま」と悪びれた様子は一つもなく、曽良は満面の笑みを浮かべる。「かっちゃんがそういうつもりなら……初体験の思い出にこっそり録音しとく?」


 言って、曽良はポケットからさっきのケータイを取り出して俺に見せてきた。

 ああ、もう……こいつの冗談に品がないのは誰のせいなんだ。明らかに親父ではない。静流姉さんか、アリサ姉さんか、あのへんだな。もしかしたら、こいつのDNAに問題があるのかもしれない。

 とにかく、何を言っても無駄だな。これで怒っても、こいつが調子付くだけだ。俺の反応を楽しんでるだけなんだからな。


「いいや」と、俺は平静を装い、首の裏に両手を回す。「これは返すよ」


 言いながら、ネックレスをはずし、左手に十字架を収めると曽良に差し出した。


「もう必要ないだろ? カヤの正体は分かったんだ」


 自虐的な皮肉を含め、俺は冷笑する。

 曽良はすんなりと受け取るわけでもなく、じっと俺を見つめていた。さっきまでの無邪気な雰囲気は消え去り、冷たくも感じる落ち着いた表情を浮かべている。


「どうした?」受け取る気がないようにしか思えず、俺は遠慮がちに尋ねる。「もう……これは必要ないだろ?」


 ちらりと曽良の視線が十字架に落ちた。ふうっと息をつき、「そうだね」と低い声でつぶやく。が、すぐさま「でも」と続けて俺を睨みつける。


「受け取るわけにはいかない。かっちゃんには、これをカーヤに返して欲しい」

「は!?」冗談じゃない。盗聴は……百歩譲っていいとして、爆弾が仕込まれてるんだろ。そんなもの、誰がカヤに渡すか。「なに言ってんだ!?」

「トミーのためだよ!」


 思わず、はっと息を呑んだ。目を見開いて、言葉を失う。

 そんな俺を見て、曽良は「やっぱりね」と、怒るわけでも、呆れるわけでもなく、納得したようにため息をついた。


「かっちゃんにこれ(・・)をバラすとしたら、トミーくらいだろう、とは思ったんだ」

「あ、いや……」


 やべ。うっかりもいいとこだ。背中に冷や汗が伝う。

 この十字架がカヤへのプレゼントなどではなく、カヤの正体を探るための盗聴器――それも、万が一のための小型爆弾つきの――であることをわざわざ知らせに来てくれたのは(曽良の予想通り)砺波だ。その行為は、カインへの裏切りと取られてもおかしくはない。


――わたしがネックレスのこと、あんたにバラしたって分かったら、わたしが『勘当』される!


 事実、砺波は怯えているようだった。だからこそ、俺はカヤにひた隠しにしてきたんだ。といってもまあ、カヤは俺と口を利こうとしなかったから、話すチャンスもほとんど無かった。隠していたという意識はないが。 


「頼む」と俺は十字架を握り締めて、曽良に迫った。「砺波はお咎めなしにしてくれ! 俺とカヤを心配してくれただけなんだ。あいつにしては珍しく」


 一言余計だった、と我ながら思ったが、無意識に出てきてしまった本音なのだから仕方ない。


「分かってるよ」呆れたようにそう答え、曽良は腕を組む。「だからこそ、それをカーヤに返して、て言ってるんだ」

「だからこそ……って、どういうことだ?」

「今夜のこと――つまり、白雪のことは、何かしらでっちあげてごまかすよ。でも、さすがに俺がそのネックレスを持ってたらまずいでしょう。なんでカーヤがそれを持ってないんだ、どうやって取り戻したんだ、てことになる。そうなったら、ごまかしようがないよ」

「そう……だな」


 曽良の言うことも一理ある。カヤにこれを渡すのは気がひけるが……『勘当』のリスクを負ってまで俺にこのことを伝えてくれた砺波を裏切るようなことはしたくない。いや、まあ、こうして曽良にバレたんだから、結果的には裏切ったんだろうが。砺波に知れたら、何をされるか。想像しただけでも恐ろしいな。


「期間はあのパーティーの日から一週間、てことになってる。あと二日だけだよ」


 曽良は慰めるような声色でそう付け足した。俺はなくなく頷いて、十字架をとりあえずポケットにつっこむ。って、これ……爆弾なんだよな。こんなにがさつに扱ってて大丈夫なんだろうか。


「最後の『おつかい』だね」


 ぽつりと曽良がそうつぶやいた。急になんだ? と目を丸くすると、曽良はケータイごと手をポケットにつっこんでぎこちなく微笑んだ。


「その十字架を、神崎――じゃなかった。本間(・・)カヤに渡すこと。それで、最後。二度と、カインの真似事はしないで」


 途中から脅すような低い声に変わっていた。責めるような、それでいて心配そうな眼差し。こいつは……と、俺は苦笑を禁じえなかった。

 十字架の秘密を知らせにきたとき、砺波は言っていたな。曽良はリーダーには向いていない、と。確かに、そうなのかもしれない。こいつは、リーダーにしては優しすぎる。


「分かってるよ」安心させるように、俺は微笑みかける。「もう二度と、カインごっこ(・・・)はしない。今度こそ、約束する」


 だが、曽良の表情は曇ったままだった。「かっちゃんは」とかすれた声でつぶやいて、視線を落とした。


「かっちゃんは家族の希望になる」

「き、希望……?」いきなり転がってきたその単語に、俺はつい顔をしかめた。「いきなり、なんだよ? 気持ち悪いな」


 また何かからかうつもりだろうか、とも思って冗談交じりにそう言ったのだが……曽良の顔は真剣だった。


「人を殺さない生き方がある。幸せを選ぶ生き方がある。そのために、カインを辞めた人間がいる。それは、いつか弟たちの希望になる。

 クローンでも、表の世界で生きられる。かっちゃんはそれを証明しなきゃいけない。だから、かっちゃんは帰ってきちゃだめなんだ。表の世界でどんな惨めな目にあっても、たとえ死体になっても、こっち(・・・)の土は踏ませない。リーダーとして、俺はどんな手を使ってでもかっちゃんを追い返すよ」


 あまりにも曽良の言っていることが意味不明で、俺はぽかんと呆けてしまった。

 俺が理解していないことに気付いていないのか、元々期待していなかったのか、曽良は気にする様子も無くころっと表情を変えた。いつもの間抜けにも思えるへらっとした笑顔だ。


「そんなわけで」言って、ひらりと右手を挙げる。「さっさと帰った、帰った。こっちにはかっちゃんの居場所はないんだから」

「ひどいことを、はっきりと言ってくれるな」

「銃も使えない『殺し屋』は需要ないんだよ」曽良は暢気にそう言ってくるりと身を翻した。「んじゃ、俺は帰るねぇ」


 また明日、と言わんばかりの軽いノリで手を振り、曽良は俺に背を向け歩き出した。


「帰るって……」


 てっきり暑苦しい別れの抱擁でもあるのかと思ったが……あっけないもんだな。

 俺は複雑な気持ちを抱きつつ、その背中を呆然と見守っていた。

 たとえ死体になっても、俺を受け入れない。そこまで言うんだ。本気で二度と俺と会う気はないんだろう。何か、言っておきたいことは今のうちに……そうは思うものの、特に気の利いたことは思いつかない。このまま、いっそのこと何も言わずに別れたほうがいいのかもしれない。何を言っても、中途半端になる気がして……


「カーヤは世界を滅ぼさない」

「!」


 聞き覚えのあるセリフ。それが唐突に飛んできた。公園の出口の一歩手前で、曽良はこちらに振り返る。


「やっぱり、俺はそう言うよ」


 悠然としたその笑顔に、俺はつい頬がゆるんだ。なるほど――ガキのころの面影(・・)があっても、なんだかんだで成長はしたんだな。それでいて、芯の優しさは変わってない。たとえ『殺し屋』でも、その根底にあるのは、家族を思う純粋な気持ち。昔と何も変わらない家族への愛情。

 単純に、安心した。


「ああ」と俺は力強く返事をする。「守ってみせる。カヤも世界も」


 世界のために、カヤを殺すことは俺にはできない。だが、まだ可能性はあるんだ。どちらも守る方法が、たった一つだけ。俺はその希望に最後まですがる。

 『テマエの実』さえカヤに食べさせなければ、カヤは人間のまま。世界も残る。家族の生きるこの世界を守れる。


「だから……」俺を信じろ、と言いかけた俺を、曽良がさえぎった。

「かっちゃんのこと、信じてるよ」


 心を読まれたかのような言葉に、俺は絶句した。その隙に、曽良はジャケットをなびかせて公園から去って行く。


「……」


 残された俺はといえば――妙な胸騒ぎを感じてうつむいていた。

 耳に残った曽良の声は、苦しげで、それでいて不安そうで……。その表情は、ひどくこわばっていた。怯えているような、痛みに耐えているような……

 唐突に、何かがひっかかりだし始めた。なんだ? と小首を傾げて、


――家族の脅威は全て取り除く。


 不意に、曽良の声が脳裏によぎった。ゾッと悪寒が走り、俺は身震いをした。


「家族の脅威……」


 曽良と別れた今になって、その違和感に気付いてしまった。

 間違いなく、カヤは家族の脅威だ。曽良はそれを知った。なのに、見逃すのか? 何もしないのか? 友達だから? 特別な感情があるから? カヤは世界を滅ぼさない――そう本気で信じているから?

 いや、あいつがそんな甘い理由で家族の命を危険にさらすとは思えない。


「!」


 ズキリと胸に刺すような痛みが走り、息が詰まった。

 ハッとして、ポケットに手をつっこみ、そこから十字架を取り出す。ひんやりと冷たい無機質な感触。ただの十字架にしか見えない、恐ろしい機械。盗聴器と、もしものために、カヤを殺す爆弾が仕込まれている。

 まさか……と俺はごくりと生唾を飲み込んだ。心臓が急に熱を放って暴れだす。

 あいつは、これをカヤに返せ、と俺に言った。砺波のため、と。その主張は最もだった。これをカヤに返さないと、カインの皆は疑問を抱く。砺波の信用を守るためには、これをカヤに返さなきゃいけない。

 だが……俺はぐっと十字架を握り締めた。


――かっちゃんのこと、信じてるよ。


 俺は邪念を取り払うように頭を左右に振る。そうだ、俺も曽良を信じるべきだ。これを返すのは、砺波のため。それが、あいつの真意だ。他に目論見(もくろみ)なんてない。兄弟を疑うなんて最低だ。

 心臓の鼓動がうっとうしいほどうるさい。俺は不安を吐き出すように「曽良」と十字架に語りかける。


「カヤを……殺す気じゃないよな?」


 誰もいない公園で、俺は姿の見えない兄弟にそう尋ねた。今夜は盗聴はしない――少なくとも、その言葉は真実だと分かっていたのに。


「もう、お話はお済みになりましたか?」

「!?」


 どこからともなく、やんわりとした女の声が聞こえてきたのは、そのときだった。

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