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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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カインの幸せ

「で? で? どうなったの?」


 砺波は身を乗り出して和幸にせまった。『実家』…つまり、『カインノイエ』の隠れ家で、砺波の甲高い声が響き渡る。


「どうもなにも……一緒に帰っただけだよ」

「帰っただけって……誘われたんでしょ? 前進じゃない! 見直したわ、和幸」


 和幸は砺波を呼んだわけじゃない。藤本に報告しようと『実家』にたちよったとき、偶然、砺波も遊びにきていただけだ。


「でも、まさか向こうから誘ってくるとはね…もしかして、一目ぼれされてたとかー!?」

 

 砺波は一人できゃーきゃー盛り上がっている。こういう話を大好きなのは女子の特徴だ。

 一方で、和幸はそんな砺波のテンションに付き合いきれず、呆れ顔。


「そんなんじゃねえよ。相談されただけだよ」

「相談?」それまで砺波の騒ぎっぷりに苦笑していた藤本が、やっと顔をあげた。

「ああ。なんでもストーカーに困ってるんだってさ」

「ストーカー?」

「ずいぶん前から被害にあってるんだって」


 和幸は、藤本の前のソファに座りながら、真剣な表情で言った。その隣で、相変わらず色恋話に華をさかせたい砺波はうずうずして和幸を見つめている。


「でもでも、そんな相談をされるなんて、やっぱり脈ありじゃない!?」

「うるせぇな、砺波! 話をそっちにもっていくなよ!

 あいつは……ただ、俺が強いと知って相談してきただけだよ」

「強い?」と聞き返したのは藤本だ。ハイテンションの砺波と違い、ところどころ自分が気になるところだけ、落ち着いた様子で質問していた。


「ああ。カヤの狙いはこうだ。あいつに近づく男は決まって怪我をする。なら、彼女に近づく男を『仕込んで』おびきよせて捕まえればいい!」

「ふむ。なるほど。それには、ストーカーとやらを返り討ちにできるような『強い』男が必要……それでお前に話をもってきたのか」

「そういうこと」


 そこまで聞いて、藤本は安心したかのように微笑んだ。


「つまり、彼女のボディーガードになった、てわけだな」

「え……」


 和幸はぽかんとしてしまった。そういえば、確かにそうなるのか、と今気づいたのだ。


「そうよー! これは超いい感じじゃないの」

「いい感じって……」

「彼女とべったり一緒にいても変に思われないんでしょ?

 そ・れ・に……屋敷に入れるチャンスじゃないの」

「……」


 砺波の言ってることはまったくだ。和幸もそれは分かっている。自分はきっと、今喜ぶべきなのだ。『おつかい』がうまくいきそうなのだから。だが、バス停で雨宿りしてから、和幸の頭にはカヤの笑顔が離れなかった。彼女と仲良くなればなるほど、つらくなる、と和幸には分かった。だってそれは全て、彼女の父親をはめるためなのだから。これから、和幸はカヤをだまし続けなければいけない。考えただけでも胸が苦しくなった。


「和幸?」砺波は和幸の顔をのぞきこんだ。

「……分かってるよ。俺は、神崎の屋敷の内部を探る。そのために……カヤと仲良くなるんだ」


 なぜか、和幸は藤本の顔を見ることができなかった。

 藤本はカインにとって絶対の存在。唯一、自分たちの存在を許してくれる人物。カインにとって、父であり、母であり、『神』だ。藤本に逆らうことは、自分の存在理由を失うことと同義。カインたちには、そういう意識が心の奥深くまで根付いている。

 今、藤本からの『おつかい』に抵抗を感じている和幸には、どこかうしろめたくて藤本と目をあわせることもできなかったのだ。


「和幸、大丈夫か?」

 

 藤本は、優しくそう声をかけた。自分にまったく目を向けようとしない和幸の異変に気づいたのだ。


「なに、和幸? あんた、もしかして……神崎の娘に本気で……」責めるようなトーンで砺波はそこまで言って、言葉をつまらせた。

 藤本が、砺波を厳しい目で一瞥したからだ。しかられた犬のようにシュンとなった砺波は、藤本のソレが何を意味するのかを悟り、静かに部屋を出て行った。

 砺波が出て行き、一気に静まりかえった部屋で、藤本はひとつため息をついた。


「やりたくないなら、いいんだよ。和幸」


 優しい口調だった。和幸はハッとして顔をあげる。


「友人というものは、なかなかできないものだ。

 特にお前たちのように特別な環境にあるものは……学校の友人と普通の関係を築くことはなかなか難しいだろう」

「……」


 藤本が一体どうしてこんな話を始めたのか分からず、和幸はただ呆然と藤本を見つめることしかできなかった。


「わたしはね、君たちに幸せになってほしいと思っている。

 もともと、この組織をつくったのも君たちのような子供たちに救いの場をつくりたいと思ったからだ」


 そこまで言うと、藤本は娘の写真を手に取った。


「それがいつからか……君たちを閉じ込める場所になってしまった気がするよ。

 君たちが、わたしを慕ってくれているのは嬉しい。君たちのなかには、わたしをまるで神のようにあがめるものもいる。だが……たまに、不安になることがあるんだ」

「藤本さん……」


 藤本は、和幸を真正面から見つめた。


「君たちは、ここでちゃんと幸せに暮らしているのだろうか、と」

「!」

「和幸。君も、いつも黙ってわたしの『おつかい』を引き受けてくれる。ありがたいと思っている。

 だが……もし、本当はそれに抵抗があるのなら、断ってくれてもいいんだ」


 思わぬ言葉だった。和幸は、自分の耳を疑った。断る?それは彼にとって新しい選択肢だった。


「特に、今回の『おつかい』は、せっかく仲良くなれた友人を裏切ることになる」

「!」


 和幸の脳裏に、またカヤの笑顔がよぎる。


「まだ、友人というわけじゃ……」


 正直、友達というものが何か彼にはまだ分からなかった。カインに仲間はいる。だが、それは友達よりも家族のほうが近い気がした。

 藤本は、戸惑っている和幸を優しいまなざしで見つめた。


「さっき……彼女を、カヤと呼んでいたろ」

「え……」

「一歩一歩、彼女に近づきつつあるんだな、と感じたんだ。

 なんだか、嬉しかったんだよ。お前の口から、わたしの知らない名前が出てくるのが。

 カイン以外の友人の名前がな。

 彼女に近づけ、と頼んだのはわたしなんだが……笑ってしまうな」


 藤本は嬉しそうに微笑んだ。


「わたしも歳をとったのかもしれん」

「藤本さん……」


 和幸はぐっと拳を握り締めた。

 藤本の優しさが、余計に和幸の心を苦しめた。いつのまにか、頭の中のカヤの笑顔が消え、忘れかけていた大事なことを彼は思い出していた。


「俺は、幸せを望んでるわけじゃない。望める立場じゃないんだ」


 それは、とても小さく、そして重い声だった。それを聞いて、藤本の表情は曇った。


「藤本さんは、俺たちに生きる理由をくれた。それが『カイン』だ。

 ホンモノの神サマは、きっと……俺たちの存在すら知らない。

 だから、やっぱり、藤本さんが俺たちの『神』なんです」


 藤本は落胆のため息をついた。自分の優しい言葉が、逆に和幸を追い詰めたことを悟ったのだ。

 藤本は本気だった。本当に、和幸が『カヤとの関係を友人として続けたい』『カヤをだましたくはない』と思っているなら、他の方法を考えようと思っていた。

 藤本は気づいていた。カインの中で和幸だけが、自分のことを『父』と呼ばず、『藤本さん』と呼んでいること。そして、彼だけが『殺し屋』と呼ばれるカインの中で唯一、誰一人として殺したことがないこと。和幸こそ、カインの中で一番自分の存在に疑問をもっている子供だ。藤本はそれを見出していた。この機会に、彼に伝えたかったのだ。たとえ何者だとしても、何かを自由に望む権利はあるということを。


「今回の『おつかい』、ちゃんとやり遂げるよ」


 和幸は立ち上がってそういった。藤本はなにも言わず、悲しい表情で和幸を見上げた。


「大事なこと忘れるとこだった。

 カヤをだますのは確かに気が引けるよ。

 でも……もし、あいつの親父が本当に人身売買を斡旋してるなら……俺は絶対に許せない。

 カヤへの罪悪感なんてどうでもいい。

 俺たちカインだって、藤本さんがいなかったら…!」


 そこまで言って、和幸は藤本を見つめた。


「藤本さんがいなかったら、今頃、生きてるかどうかも分からないんだ」


 藤本に、返す言葉は見つからなかった。


   *   *   *


「お! 和幸くん」


 藤本さんの部屋から出ると、目の前に三神さんがいた。相変わらずの軽い調子でにこっと微笑んで挨拶してきた。


「三神さん! お……驚いたぁ~」

「藤本さんはいる?」

「ええ、いますよ。俺も今、丁度話し終わったとこです」


 そう言って俺は扉に目をやった。

 それにしても、まさかあんな話になるとは思わなかった。藤本さんがあんなこと言ってくるなんて……驚いた。でも、おかげで本来の目的を思い出せたな。俺は、カインなんだ。罪悪感にかまってる場合じゃない。


「何の話?」

「え?」


 三神さんはにやりとしている。さてはこの人……俺の口をすべらせて、情報を得ようとしてるな。相変わらずだ。


「言うわけないでしょう」

「……ケチぃ」


 この人と話してると調子を狂わされるな。俺は苦笑いを浮かべた。


「今から帰るの? それとも、『おつかい』かな?」

「帰るんですよ」

「あらら。なんだか、最近『おつかい』してないんじゃない?」

「……」


 そういえばそうかも。三神さんに言われて気づくなんて、自分でもどうかと思うが。確かに、最近『おつかい』は全然まわってこないな。カヤの件があるからか? それとも…文化祭が近いからだろうか?

 俺はまた藤本さんの部屋の扉を見つめた。この人は、亡くした娘さんのこともあるのか…俺たちカインに本当に優しい。甘い、と言ってもいいだろう。だからこそ、俺たちは必死にあの人のために働くんだけど……。あの人なら、文化祭という理由で俺に『おつかい』を休ませてる、というのも充分考えられる。


「おーい、和幸くん?」


 三神さんは、半ば呆れた声で呼んできた。


「あ、すみません。藤本さんに用ですよね」


 俺は、ぱっと三神さんに振り返り、道をゆずった。


「なんだか、ぼーっとしてるけど、大丈夫かい?」

「なんでもないですよ」


 三神さんは「ふーん」といいながら、俺の横を通り過ぎた。

 ふと、俺は、夕方のあの少年を思い出した。そうだ。三神さんは情報屋。聞けば、何か分かるかも。


「三神さん」

「ん?」

「リスト・ロウヴァー……て聞いたことあります?」


 言われて、三神さんは首をかしげた。


「リスト……ロウヴァー?」


 ふ~む、としばらく考えて、三神さんは首を横にふった。


「いや……聞いたことないけど、どうかした?」

「いえ、ないならいいんです」


 俺は軽くお辞儀をして、三神さんに背を向けた。おそらく、後ろでは、まだ三神さんが首をかしげているだろう。

 三神さんが聞いたことないってことは……少なくとも、トーキョーの裏の人間ではない。まあ見た目はばりばりの外国人だったし。やっぱ、ただの旅行客なのか?


「考えすぎかな」


 『実家』を出て、夜空を見上げた。もう十月。文化祭は来月に迫っていた。


   *   *   *


 三神は『実家』をでていく和幸を見送った。和幸が外にでたのを確認すると、ふうっとため息をついた。


「やれやれ。中立って立場も……結構つらいもんだ。

 ロウヴァーさんも困った人だなぁ。勝手に会うなんて」


 三神は、またいつものへらっとした笑顔をうかべ、藤本の扉をノックした。


   *   *   *


「また?」


 お母さんは驚いて目を丸くした。


「また、現れたっていうの? あのストーカー……」


 めまいでもおこしたかのようにお母さんはよろめいて、そばのイスに座り込んだ。

 私も、ダイニングテーブルをはさんでお母さんの反対側のイスに座った。


「多分、そうだと思う。今日、ある男の子が怪我してて……私と二度とかかわらない、て言ってたから」

「……」


 お母さんはダイニングテーブルにひじをつき、頭をかかえている。表情がみえない。悲しんでるのかな? 落ち込んでるのかな? それとも……もう嫌になったのかな。


「お母さん?」


 心配になって私は小さい声で呼んでみた。


「ごめんなさい」


 お母さんは顔をあげ、無理した笑顔を浮かべた。


「あなたのことを考えたら、胸が苦しくなって……」

「ごめんね」

「あなたが謝ることはないのよ。気にしないで。アイスでも食べる?」

「あ、うん」


 そう言って母は立ち上がり、冷蔵庫のほうへ向かった。よかった。いつものお母さんだ。


「でもね、今回は大丈夫」アイスを持ってきてくれた母に私はそういった。


「大丈夫って?」

「もうこの騒ぎはきっと終わり。犯人を捕まえるの」


 私は、自信満々にそう言い放つ。なんだか嬉しかった。母を安心させられるかもしれない。いつも面倒ばかりみてもらっている自分が、この一連の事件を解決できるかもしれない。もちろん、私一人の力じゃない。和幸くんに手伝ってもらって…なんだけど。


「どういうこと?」

「え?」


 思わぬ言葉だった。母の表情は曇っている。おびえている……ようにも見えた。


「どういう、て……」

「何をしようとしているの?」


 今までみたことがない母の表情に、私はぞっとした。


「だから」私は自分の声が震えているのが分かった。「犯人を捕まえるの。友達がてつだってくれるって……」


 母はアイスの箱をその場で落とし、私の元に駆け寄った。ガシっと私の両腕をつかむと、私を脅すような恐ろしい目つきで見つめてきた。


「余計なことをするんじゃない!」


 今まで私を怒ったこともない母が……低い声でそう怒鳴った。私はなにも言葉がでなかった。おびえている私に気づいたのか、母はハッとして私の両腕から手を放した。


「ご、ごめんなさい、カヤ。つい、あなたが心配で」


 私と目をあわせることなく母は立ち上がり、落としたアイスの箱に目をむけることなく、台所へいってしまった。

 残された私は、ただ呆然とした。私が心配で? 本当なのかしら……。さっきの、お母さんじゃないみたい。今夜は勇気を出して、二ヶ月前の電話の話を聞こうと思ってた。思い切って、ストーカーの正体をお母さんは知ってるんじゃないのか、問い詰めるつもりだった。でも……


「できない」


 消え入るような小さな声が出た。私の腕は、寒くもないのに震えている。もしかしたら、『できない』のではないのかもしれない。もう、する必要はないのかもしれない。だって、母のあの態度は、答えを言っているようなものだから。

 私は、台所で洗い物をはじめた母の後姿を見つめた。母は、ストーカーのこと、何か知っている。そして、それは私が知ってはいけないことなんだ。……一体……何だっていうの?

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