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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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放課後の雨宿り④

 カヤの家までの道、和幸とカヤはこれからの打ち合わせをした。とりあえずは、カヤの『ストーカー』をおびきよせるために、二人はなるべく一緒にいる時間をつくることに決めた。


「ごめんね。こんなことに巻き込んで」


 家にちかづいたとき、カヤは急に言った。


「気にすんなよ。どうってことない」


 それに、和幸にとってはおいしい話だった。そこらのストーカーなら、カインである和幸にはなんの問題もない。実際に襲われたってすぐに取り押さえられる。うまくいけば、カヤとの距離も縮まるし、絶対なる信頼も得られる。彼にとって、ノーリスク・ハイリターンといってもいい話だ。これでなんとかこの『おつかい』もうまくいきそうだ、と内心、ほっとしていた。

 しかし、ひとつだけ疑問があった。


「でも……」と和幸は切り出す。「なんで、俺?」


 そう。今まで一度しかまともにはなしたことのない和幸に、なぜカヤがこんな話を持ちかけてきたのか。それが分からなかった。


「あ、それはね……アンリちゃんから聞いたの。藤本くんって、本当はすごく強いんだ、て」

「え?」


 和幸はきょとんとした。確かに強いが……なぜ、アンリがそれを知っているのか、まったく分からなかったからだ。


「なんで、あいつが?」

「やっぱり、覚えてないんだね」


 カヤはくすっと笑った。


「高校はいってすぐのとき、アンリちゃん、不良にからまれたんだって。で……そのとき、藤本くんが偶然通りがかって、一瞬でやっつけちゃったって」


 和幸は、なおもぽかんとしていた。彼には心当たりがなかった。しばらく、ううん、と考え、高校に入学したときのことを思い出す。しばらくして、「あ!」と声をあげた。


「思い出した! そういえば! え……でも、あの女の子、アンリだったのか!?」


 それを聞いて、カヤは笑い出した。


「アンリちゃんの言ったとおりだ。ずっと知らなかったんだね」


 そこでやっと和幸は分かったような気がした。高校はいってすぐ、アンリにしつこくつきまとわれるようになった理由が。和幸にとってはアンリは見知らぬ変な女だったが、アンリにとって和幸は白馬の王子様だったわけだ。


「アンリちゃん、その日、風邪ひいててマスクしてたし、コンタクトもつけてなかったからめがねだったんだって。髪もきる前だったらしくて……」


 つまりは、高校デビュー前だったというわけだ。


「……なんで、あいつ、ずっと俺にいわねえんだよ」

「おもしろいからこのままでいいや、て思ったらしいよ」

「アンリらしいといえば、アンリらしいか……」


 ひとつため息をつき、和幸はまた真剣な表情でカヤを見た。


「そっか。その話を聞いて……俺になら頼める、て思ったんだな?」

「……うん」


 いつのまにか、カヤの家についていた。カヤは立ち止まり、うつむいた。


「本当に、ごめんね」

「だから、いいって」

「藤本くんを利用するみたいで、すごく申し訳なくて……」

「え……」


 その言葉に、和幸の胸が痛んだ。『利用』……それは、自分もだ。和幸は、口ごもった。


「それは……」和幸は、「お互い様だから」という言葉を喉の奥に押し込んだ。いえるわけがない。自分は闇に生きる子供、カイン。光の中で、普通の関係を望むことも許されてはいない。

 和幸は、笑顔をつくった。


「気にするなって」


 それは、嘘にまみれた笑顔。和幸は、吐き気がした。だが、嫌だからってそれがやめられるわけでもない。カインには光の中に居場所はない。闇にしか生きることが許されていない。嘘をつかなければ、存在することも許されないんだ。

 和幸は、ぐっと拳をにぎりしめた。


「そうだ」という明るいカヤの声が聞こえた。


「呼び方、変えようか」

「え?」

「変なきっかけにしろ、せっかく打ち解けてきたんだし!」


 カヤの笑顔は、和幸にはまぶしく思えた。なぜだか分からないが……和幸は、この笑顔に救われた気がした。カヤには、不思議な魅力がある。和幸には、それだけは確かに分かった。


「そう、だな。ストーカーをだますためにも、親密にみせなきゃいけないし」

「私のことはカヤでいいよ」

「じゃあ……俺は和幸、で」


 二人は、しばらく見詰め合うと、照れくさくなって笑った。


「あ」とカヤは空を指差す。

「天使のはしご」

「え?」


 言われたほうをみると、分厚い雲の切れ間から太陽の光がいくつかの線になって地上にふりそそいでいる。それは、薄明光線といわれるものだ。


「天使の……はしご」


 和幸は、何度かこんな光景は見たこともあったが、そんな名称でよばれているとは知らなかった。新しい名前でそれを呼ぶと、薄明光線がより魅力的に見えた。


「Finger of Godだね」


 ふと、誰かが後ろでそういうのが聞こえた。


*       *      *


 聞いたこともない声がして、俺は振り返った。そこには、金髪に碧眼の少年がにこにこして立っていた。背はだいぶ低い。中学生か?


「Finger of God?」


 カヤが戸惑いつつも少年に聞いた。この様子だと、どうやら、カヤの知り合いってわけでもないみたいだな。迷子か?それとも…観光客?


「そうそう。英語では、そうとも呼ぶんですよ」


 少年は無邪気に微笑んだ。なんだろう、見た目はただの少年なんだが……こいつを見てると、変に背筋がぞっとする。


「あの……」


 カヤが遠慮がちに言った。なんだか、カヤの様子もおかしい。おびえてるようにもみえる。


「私、あなたに会ったことあります?」


 ふと、まさか! と思った。この少年、まったくそうは見えないが…こいつが、例の『ストーカー』だとしたら? 俺は少年をにらみつけた。少年は相変わらずにこにこしている。


「いやあ……僕はないと思いますけど」


 少年は、あはは、と笑って頭をかいた。やっぱ、無邪気な少年だ。とても『ストーカー』するような奴には見えない。


「なあ、あれがまさかお前の『ストーカー』?」


 カヤに聞こえるくらいの小声できく。すると、カヤはびっくりした様子で俺に振り返った。


「え!?」

「いや、会ったことあるか、て聞いたから……そうなのか、と思って」

「さあ、どうだろう。会ったことあるような気がしただけで……」


 カヤは困った表情でうつむいた。


「あのお……」


 少年は、俺たちがこそこそ話しているのでおそるおそる声をかけてきた。


「どうかしました?」

「いや、なんでもないよ。君は、どこの子?」


 俺は少年に何でもないかのように、微笑んで聞いた。



「いや、知人を探してまして」というと、少年はカヤの後ろにそびえたつ屋敷を指差した。「このお屋敷って……」


「私の家です」

 

 カヤが間髪いれずに答えた。その瞬間、少年の表情がかわった…気がした。


「知人って……ウチですか? やっぱり、昔、どこかでお会いしました?」

 

 そのカヤの質問に、少年はまた頭をかいてあはは、とわらった。


「いやあ、どうでしょう。ちなみに、お名前は?」

「……神崎 カヤです」

「カンザキ カヤ……」


 鸚鵡返しのようにカヤの名前を唱えた少年。その表情からは笑顔が去り、真剣なまなざしでカヤを見つめていた。 

 やっぱり、このガキ、なんか変だ。


「お前は誰なんだ?」


 俺は脅すように言った。しかし、少年はまったくひるむ様子もなく、けろっとしている。


「あ、すみません! 多分、住所間違ったみたいです。僕の知人はカンザキって名前じゃないですし」

「そうですか」


 カヤは、特に気にしていないようだが…俺には、このガキ、なんかひっかかる。


「それじゃ、失礼しました」と少年はくるりと背を向けた。二、三歩進み、少年はこちらに振り返った。

「ちなみに……僕、リスト・ロウヴァーっていいます。また会ったときのために」


 それだけ言うと、またにこっと無邪気に笑い、少年は去った。

 リスト・ロウヴァー、か。なんか、気になるガキだ。


   *    *    *


「ケット」


 リストがそう呼ぶと、光が集まり、ケットが現れた。


「リスト! どうだった?」


 ケットの問いに、リストはくすっと不敵な笑みをうかべた。


「見つけたよ。『災いの人形』を。やっぱり、エノクの教えてくれた住所は彼女の家だった」


 リストは『占星術の館 ポリー・マッコーネル』と書かれたカードを裏返す。そこには住所と『Kaya Kanzaki』と書かれている。

 雨がやみ、道路には水溜りがのこっている。リストは、水溜りにうつる自分を見つめた。


「それに……多分、エノクのいっていた少年も」

「え?」

「俺と同じ……迷いながらも自分を認めようとしている少年」


 リストは顔をあげると、後ろを振り返った。三ブロック先に、カヤの屋敷の屋根がみえる。


「たぶん、さっきのあいつ。一体……何者だ?」


 天使のはしごが、もう消えかけていた。

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