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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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カインの花嫁 -1-

「すみませんね、変な話をしてしまって」


 ベッドの上半身を起こし、それを背もたれにして藤本さんは座っていた。

 すっかりもとの藤本さんに戻っている。涙も消えて、顔には以前のように穏やかな笑顔。やっぱり、一時的な気の落ち込みだったのだろうか。一週間も入院してるんだもんね。ストレスもたまるはず。私と話して少しでもそれが和らいだのならいいんだけど。


「それで……何か、わたしにご用でしたか?」


 藤本さんは布団の上で手を組み、興味深げに目を大きく開けて尋ねてきた。私は、そうだった、とハッとして姿勢を正す。藤本さんへまっすぐに視線を向けると、ごくりと唾を飲み込んだ。

 今日はお見舞いに来たわけじゃない。とっても大事な『報告』をしに来たんだ。


「あの……」

 

 第一声が重要だ。そう思うと緊張が高まって、いきなり言葉に詰まってしまった。どう言おう。どんな風に言ったら適切なんだろう。当たり前だけど、こんなこと初めてのことだし、周りで経験者もいない。

 とにかく、礼儀正しく。印象を良くしなきゃ。

 そのとき頭に浮かんだのは、カインノイエの『実家』でお会いしたシスター・マリア。あの、上品で凛としたお手本のようなお辞儀。あれだ、と思った。あのお辞儀こそ、この場にふさわしい。ぼやけた記憶のもやを必死に取り払って、あの立礼を思い出しながら、私も同じように手を体の前で組んでゆっくりと頭を下げた。そして息を吸って思い切って、


「息子さんをください!」


 言った。ちゃんと言えた。私は頭を下げたまま、笑みをこぼした。喉にひっかかっていた魚の骨がとれたような、そんな爽快感。

 ただ……ちょっと違和感があった。セリフ、これでよかったのかなぁ。なんだか少し違うような……事実、藤本さんからの返事は無いし。

 間違ったことを言ったのだろうか。ふと、不安になり始めたときだった。


「はい?」


 藤本さんの寝ぼけたような声が降ってきた。ぽかんとした表情が頭に浮かぶ。もしかして、唐突すぎたんだろうか。それは、そうか。息子さんをください、てだけじゃ意味分からないよね。ちょっと飛ばしすぎたかな。まずは挨拶を、と思ったんだけど……。

 とにかく、それなら事情を話すだけ。私は顔を上げて背筋を伸ばし、藤本さんの瞳を食い入るように見つめる。


「和幸くんにプロポーズされたんです」


 藤本さんはぎょっと目を見開いた。驚愕して声がでないようだ。

 どうやら、これはこれで直球すぎたみたい。って、そういえば藤本さんって心臓発作が原因で入院してるんだよね。あまり驚かせたら体に良くないかな。

 でも、ここまでもう話しちゃったし。とりあえず、もう少しゆっくり穏やかに話してみよう。藤本さんをそこまで驚かさないような些細なことから順に。なにがあるかな、と私は慌てて思考を巡らし、ハッとする。


「今日は学校だったんでつけてないんですけど」満面の笑みでそう切り出して、私は左手の薬指をさする。「婚約指輪のようなものももらったんですよ」


 藤本さんはぱちくりと目を瞬かせた。そして「婚約指輪、ですか」と口元をゆるませた。

 やった。これまでの中では一番落ち着いたリアクションだ。私は手ごたえを感じて「そうなんですよ」と身を乗り出した。


「カインノイエからお借りした小型カメラつきの指輪。実はあれなんですが……」


 一瞬にして藤本さんの表情が曇った。


「一つ足りないと思ったら……」と藤本さんが顔をしかめてぽつりとつぶやく。


 私はその言葉に自分が失態を犯したことに気づいた。そうだった。よく考えたら、あの指輪はカインノイエの所有物であって、和幸くんが盗んだようなものなんだ。それをこんなに堂々とカインノイエのリーダーに話しちゃうなんて。

 もう、なにやってるんだ。さっきから全然うまく『報告』できてないじゃない。とにかく、指輪の話は流さなきゃ。和幸くんが怒られちゃう。私は多少パニックになりながらも、ごまかすように微笑んで言葉を続ける。


「それで……私も和幸くんと結婚できたらいいな、て思っていまして」


 話しているうちに、段々と頬が熱くなる。これは……絶対、顔が赤くなっている。自然と視線が藤本さんからずれていった。


「なので、和幸くんのお父さんである藤本さんからも許可を頂きたいな、と思いまして、こうして参上した次第で……」


 ああ、どうしよう。ここぞというときに、緊張で言葉が変。いきなり時代劇? とにかく、最後まで伝えなきゃ。本当の本当に言いたいことは、まだ言えてないんだから。

 そう、ただ『報告』しに来たわけじゃないんだ。もっと重要な目的がある。それは――


「藤本さんにも……祝福していただきたいんです」


 ぎゅっとカバンを握り締めて私は力強く言った。

 気管の途中に結び目が出来てしまったかのように、酸素がうまく入っていかない。不安と緊張が呼吸を邪魔しているんだ。

 藤本さんならきっと大丈夫――そう信じている自分と、もしかしたら藤本さんも私をよく思ってはいないかもしれない、と心配している自分がいる。そういえば、和幸くんがカインを辞めてからは藤本さんとお会いしていなかった。藤本さんだって、和幸くんの件で私に不満を抱いている可能性だってあるんだ。藤本さんはお優しい方だから、隠しているだけかもしれない。

 気づけば、私はうつむいていた。藤本さんの答えを待つ間、時計の針が一秒を刻むごとに不安が膨張していった。どうして待たされているときって否定的になっちゃうんだろう。


「神崎さん」


 おっとりとした藤本さんの声が聞こえてきた。私はハッとして顔を上げる。藤本さんとばちりと目があい、その瞬間、藤本さんはその白髪が乗っかった頭を私に見せてきた。

 頭を下げられている――そう気づくのに、少しだけ時間がかかった。


「息子をよろしくお願いします」


 藤本さんはゆっくりと一語一語丁寧に声にした。まるでドミノをそっと並べていくかのようにじっくりと慎重に。

 心臓が大きく揺れて、鳥肌が立ったのを感じた。私は一瞬、呼吸が出来なくなった。望み通りの返答だというのに、私はあっけにとられていた。


「あ」と声がもれ、やっと我に返った。あわてて再び私も頭を下げて「こちらこそ!」と口走る。


 すると藤本さんの笑い声が病室に響いた。


「そうですか、結婚ですか。あの子が」


 驚きと嬉しさに溢れた声だ。顔を見ずとも、その表情は笑顔でいっぱいなんだ、と予想がつく。思わず、安堵のため息がもれた。よかった。藤本さん、喜んでくれている。私たちの結婚に賛成してくれている。心強い。頼もしい。

 とりあえずは、第一関門は突破……かな。

 ゆっくりと顔を上げると、やはり藤本さんの満面の笑みがあった。


「和幸はうまくプロポーズ出来ましたか?」

「プロポーズ、ですか?」


 突然聞かれて戸惑いつつも、虹の橋の光景を思い浮かべる。トーキョーの煌く夜景を前に、彼は私の薬指に指輪をはめて唐突に言い放ったんだ。誕生日に結婚しよう、て。


「はい」私は照れ笑いを浮かべながらはっきりと答えた。「いきなりでしたけど」

「なんて言ったんですか?」

「え」


 藤本さんは興味津々。子供のように目を輝かせて身を乗り出している。涙を流して横たわっていたあのときの暗く重苦しい雰囲気が嘘のようだ。爛々とする瞳には、野心の炎は影も形もなかった。そこにあるのは、果てしない愛。

 つい、頬がほころんだ。いいお父さんだね、てあとで和幸くんに言おうと思った。


「私の誕生日に、結婚しようって言ってくれたんです」と私は恥ずかしさを捨てて堂々と口にした。

「誕生日にですか」


 藤本さんはこぼれる笑みを止められないようで、ほくほくとしながら「あの子にしては気が利きますね」なんて冗談を口にする。私はつい噴出した。


「といっても、和幸くんはまだ十七歳ですから、結婚はもう少し先になると思いますけど」

「ああ、そうですね。わたしもうっかりしていました」


 言って藤本さんは声を上げて笑った。喜びが全身から溢れている。オーラとなって目に見えるようだ。私の中にあった緊張や不安、すべての負の感情が藤本さんの笑みに吸い取られる。

 そっか、これなんだ。この気持ちなんだ。二人の幸せを大切な人に祝福してもらう喜び。これを、あの人――長谷川さんは、愛する真紀さんに味わって欲しいんだ。しみじみとそう実感した。


「和幸は幸せものだ」笑い声が止んだと思ったら、いきなり藤本さんはそうつぶやいた。「神崎さんのような素直で優しいお嬢さんがお嫁さんで、本当に幸せものだ」


 そう言われて、照れるより先に「いえ」という否定の言葉が出ていた。


「幸せものは、私のほうです」


 目を丸くする藤本さんに、私はそれ以上なにも言わずに微笑んだ。すんなりとそんなセリフがでてきたのは、それが本心だからだ。

 そういえば……と、目の前できょとんとしているおじいさん(というにはまだ早いかな)を見つめて思い返す。この藤本さんこそ、和幸くんと私を出会わせてくれた張本人だ。いわば、恋のキューピッドかな。藤本さんが彼に私に近づくよう命じてくれたから、私たちは仲良くなれた。その『おつかい』がなかったら、今頃どうなっていたんだろう。劇で顔を合わせるくらいだったかな。廊下ですれ違うくらいだったかな。

 それとも――結局私たちは愛し合う関係になっていたんだろうか。

 そんなことを考えてぼうっとしていると、藤本さんの真剣な声が聞こえてきた。

 

「どうか、二人で普通の幸せをつかんでください」


 ハッと我に返って目を向けると、藤本さんがどこか切ない笑顔を浮かべていた。


「ありきたりでいい。平凡でいい。笑顔が絶えなければそれで十分ですから」


 今にもどこかへ消え去ってしまうような、そんな笑顔だった。私は何も言葉がでずに藤本さんの言葉に聞き入っていた。


「元気な子供をつくって、三人で仲良く暮らしてください」


 そう言って、藤本さんは視線を落とした。何かを思い出すようにじっと一点を見つめている。

 子供なんて言われて一瞬動揺した。そこまで考えたことないし、考えると……頭がゆであがりそう。ただ、照れる状況ではない、と頭が冷静に判断した。藤本さんは真剣だ。本当に、心から私たちにそれを望んでいる。哀しげなその表情を見れば、一目瞭然。だから――


「約束します」言って、布団の上に置かれている藤本さんの手を取った。「必ず、幸せになります。ちゃんと子供も産んで、二人で守ります」


 藤本さんの手は……思ってた以上にか細かった。


「だから安心してください、お義父さま(・・・・・)


 冗談交じりにそう言って微笑むと、藤本さんもどこか照れくさそうに失笑した。


***


 それはカヤが藤本の手をそっと離したときだった。


「いやいや、これで安心して『勘当』できるというものです」

「かんどう?」


 照れ隠しのようにぽろりとこぼした藤本の言葉はカヤの心に見事にひっかかった。

 かんどう……思い当たる言葉といえば、感動か勘当だ。話の流れからいって、感動ではおかしい。それならば、勘当か。だが……と、カヤは眉をひそめる。


「勘当って、どういうことですか?」


 ずばりと尋ねると、藤本はきょとんとして目をぱちくりとさせた。


「和幸か、曽良から聞きませんでしたか?」

「いえ……何も」


 カヤの表情には困惑の色が見受けられる。まったく身に覚えのない話らしい。藤本は「参ったな」と苦笑した。カヤがこうして結婚の報告に来たのは『勘当』のことを聞いたからだと思っていた。礼儀正しいお嬢さんだ。最後に挨拶をせずにはいられなかったのだろう、と自然に納得していたのだ。だが、この様子だと『勘当』とは関係なしに話しに来たようだ。


「夕べ、和幸の卒業パーティをしたんですよね?」と藤本は遠慮がちに尋ねる。


 カヤは「あ」と顔をこわばらせ、そしてぎこちなく微笑んだ。


「いろいろあってしてないんです」


 していない? 藤本はぎょっとした。卒業パーティーのことは見舞いに来た曽良や砺波から聞いていた。二人とも、どうやって和幸を盛大におちょくろうかと張り切っていたものだ。それをしなかったとは何があったのだろうか。理由を尋ねようかとも思ったのだが、居心地悪そうなカヤの表情がそれを止めた。話したくないことだろう、と容易に想像がつく。

 藤本はやんわりと笑みを浮かべ、「なるほど」とつぶやいた。


「『勘当』の件は曽良がパーティーであなた方に話す予定でした。そのパーティーがキャンセルされたのなら、知らなくて当然ですね」


 そう話したところでカヤの不安が消えるわけはない。少女は依然として心配そうに柳眉を寄せていた。勘当……その言葉の意味を知らないわけはない。どういうことか予想はついているはずだ。知らなかったとはいえ、口を滑らせたことを藤本は後悔していた。いつか彼女はそれを聞くことになっていただろうが、誰の口からか、というのが重要だ。少なくとも、藤本が告げるべきことではなかった。


「すみません、神崎さん」と藤本は申し訳なさそうに眉間に皺を寄せる。「すぐにでも曽良か、もしくは和幸から話がいくでしょう。それまでは、聞かなかったことにしてください」


 カヤは「え」と戸惑いの声を漏らし、そして黙り込んだ。納得いかなくて当然だ、と藤本は思った。聞かなかったことにしろ、なんて無理な話だろう。だが、彼女なら……と考えてしまう自分がいる。ろくに知りも知ない――今となっては息子の婚約者だが――娘に、どうして自分はここまで期待してしまうのだろう。藤本はその得体の知れないカヤへの信頼感が不思議でならなかった。だが、悪い気はしない。見たことも無い神という存在を無条件に崇拝する信者はこんな気持ちなのかもしれない、と思った。


「分かりました」


 ややあってから、藤本の予想通り、カヤは屈託の無い笑みを浮かべてそう言った。藤本はほっと肩を撫で下ろす。ただ、予想外だったのはそのあとの言葉。


「その代わり、と言っては難なんですけど……」


 カヤは伏せ目がちにそうつぶやいた。意外な返しに藤本は目を瞬かせる。


「なんでしょうか?」と戸惑いつつも尋ねると、カヤはためらいがちに口を開いた。

「和幸くんと仲の良いカインの皆さんを紹介して頂きたいんです」

「……はい!?」


 カインを紹介する? これまた思ってもいなかったお願いだ。藤本が仰天して厚い瞼を目一杯持ち上げると、カヤは慌てた様子でとっさに補足する。


「紹介といっても、連絡先とか、どうやったら会えるかだけ教えていただければいいんです」


 付け足された説明を聞いても、カヤの狙いがさっぱり分からない。藤本は混乱するだけだった。いぶかしげな表情を浮かべて「とは言われましても」とくぐもった声で言う。するとカヤは懇願するような瞳を浮かべて、早口で訴えはじめた。


「私、いつも和幸くんに守られてばかりなんです。いつもいつも、彼に迷惑かけて苦労をさせて……だから、私も彼のために何かしたいんです! 何かしなくちゃいけないんです!」


 やはり話が見えない。藤本は何も言わずに眉をひそめた。つい先刻、にこやかに婚約発表をした少女とは思えない取り乱しようだ。


「それで」とカヤは身を乗り出してベッドに手をつく。「夕べ失敗した卒業パーティーを出来たらな、て思ったんです。今度は、ちゃんとカインの皆さんにも来てもらって」


 その瞬間、藤本の表情が強張った。卒業パーティーをもう一度開くというのは一向に構わない。だが、カインを呼ぶ、ということに問題があった。そうか、それも曽良たちからは聞いてはいないか。いや、聞くはずもないか。藤本は重いため息をつくと、言いにくそうに顔をゆがめた。


「カインの兄弟は、おそらくパーティーには……」

「参加したくないんですよね。私と会うのが嫌だから」

「!」


 少女はさらりと藤本のセリフを奪い取った。しかも、それが何でもないかのような口ぶりで。そこまで平気な顔で言える内容ではないはずなのだが。藤本はぎょっとして固まっていた。どう反応していいか分からなかった。

 カヤは変わらず落ち着いた様子を維持して、冷たくも思えるくらいの凛とした口調で続ける。


「全部聞いています。カインの皆さんが私のことを嫌っていること。その理由も」

「知っているなら」と藤本はおずおずとつぶやいた。彼らとの接触は控えるべきだ、と言おうとしたが、カヤはそれを許さなかった。


「だからこそ、私が直接会って話したいんです」


 鬼気迫る勢いで言われ、藤本は気圧された。カヤの目は真剣そのもの。もうただの純粋なお嬢様ではないのか、と藤本はのんきに思った。果たしてそれが和幸の影響なのか、他の要因があるのか。いずれにしろ、つい一週間前の彼女とはどこか変わっていた。


「このままじゃ……和幸くんの家族に嫌われたままじゃ、結婚なんてできません。和幸くんだって、皆から祝福されたいはずなんです。

 それに、家族はその人の一部だってある人(・・・)に教えてもらったんです。だから、私も和幸くんの家族を知りたい。その一部になりたい。ならなきゃいけないんです」


 そこまで言うと、カヤは藤本を睨みつけるように見つめ、張り詰めた表情を浮かべて言った。


「今度ばかりは、何もせずに嫌われたまま引き下がれないんです!」


 藤本は呆気に取られた。一体、何が彼女をここまで熱くさせているのか。『ある人』がどうやら何かを吹き込んだようだが……分かることといえばそれくらいだ。とりあえず、彼女がどれだけ本気かは十分伝わってきた。思いつめた表情や射るような眼差し、熱のこもった口調から明らかだ。それに、引き下がれないと言うからには、カインを紹介しない限り帰らないのだろう。

 曇りの無い澄んだ瞳でしばらくじっと見つめられてから、藤本は観念してため息混じりに笑みをこぼす。


「そこまで言うのでしたら」そう言って深くうなずいた。「教えましょう」


 カヤの表情は一瞬にして晴れやかなものに変わった。「ありがとうございます」と言おうと口を開けたが、藤本の「ただし!」という力強い声に遮られる。


「曽良を連れて行くことが条件です」

「え」


 これっぽっちも予想していなかったのだろう。カヤは間の抜けた声を漏らした。

 藤本はどこか困ったような顔で鼻をかいて、カヤにある確認をする。


「カインの中で会ったことがあるのは和幸、曽良、砺波の三人ですよね」

「はい、そうです」


 それがなにか? と言いたげな表情でカヤは小首を傾げた。一方で藤本は、そうだろうな、と心の中でつぶやく。そして言いにくそうに口を開いた。


「カインの『子供』たちはいい子ばかりです。皆、自慢の『子供』たちだ。ただ、ちょっと変わった『子供』もいる。初めて会ってまともに話すことすら難しい場合もあるでしょう」

「そんなに、変わってるんですか?」


 みるみるうちにカヤの表情が曇っていくのが見てとれた。

 だが、これでも藤本は事実をやんわりとオブラートに包んで話しているほうだ。本当は、カヤの知っているカイン――特に和幸がカインの中で特殊であって、ほかのカインは皆、相当(・・)の変り者だ。偶然カヤが、和幸繋がりでまともなカインとしか出会っていないだけ。

 しかも、皆、カヤを嫌っている。暴力的な『子供』もいるのだ。カヤが一人で会いに行って無事に済むとも限らない。それに、藤本は知っていた――和幸をカヤの監視につけた頃から、「神崎カヤは黒幕の娘だ」という噂がカインノイエで広まり、未だにその悪い印象が消えていないことを。中には、今もその噂を信じて彼女に不信感を抱いている『子供』もいるだろう。だから余計に不安なのだ。

 そこで曽良の出番だ。顔も広く、リーダー代理である彼なら、カヤをうまくサポートしてくれるはず。というより、カヤを護ってくれるはず。藤本はそう考えていた。

 藤本は真剣なまなざしでカヤを見据えると、語調を強めて念を押す。


「いいですね? 曽良を必ず連れて行ってください」


 カヤは妙な間をとりはしたが、にこりと微笑み「はい」と元気よく返事をした。

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